ビョーク、上海コンサートで「チベット独立」を叫ぶ

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■2008.3.06  ビョーク、上海コンサートで「チベット独立」を叫ぶ
○6日付けの朝日新聞の国際面囲みで、2日に上海で開いたコンサートで「ディクレア・インディペンデンス」の最後に「チベット独立!」と叫んだという記事が掲載されている。中国のアキレス腱ともいえるチベット問題を中心地・上海で突きつけたわけで、中国当局は苦虫をかみつぶしていることだろう。観客の反応は載ってないが、おそらく本音の部分では喝采をするものから、不快感をもったものまで様々だったと思われる。北京オリンピックなどという一時的なイベントを迎える中国の思惑をはるかにこえて、少数民族問題を提起したビョークの行為は中国のわかもののこころにどの程度届いたのか。そして、コソボを連呼された日本のわかものにはどのように届いたのか。ビョークはいろんな意味でおもしろく、気になる存在である。
○1990年代に中国の辺境地域を巡った経験からいえば、環境・人権・自由などのすべての中国的矛盾は領土が広大すぎ、人口が多い(13-4億!)ところから起きている。共産党独裁で指令を地方末端までいきわたらない不徹底。だからといって民主主義国家になったら、地方地方で勝手にやりだして、その時点で国家は空中分解するのは明白だ。ゆるくも、きつくも統治するには中国は規模が大きすぎるのだ。その有効な解決策の一つはチベットとウィグルを自治区として「解放」することだろうと思う。チベットに行ってみて、漢民族の支配・浸透が広く、深く進んでいるのに暗澹たる気持ちになり、チベットの人の心中を思った。インドに生まれた仏教が本家インドでは衰退したが、チベットと日本列島において踏みとどまり、それぞれ文化的独自性をはぐくんだという意味でも対岸視し得ない地域だ。

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このページは、gypsy-trailsが2009年7月26日 14:12に書いたブログ記事です。

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