2010年3月アーカイブ

単細胞戦争映画「ハートロッカー」

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「ハートロッカー」が今年のアカデミー賞を取ったと言うので見に行った。イラク、バグダッドでの爆薬処理を任務とする部隊をドキュメンタリー風に描いている。スリルとサスペンスだけは十分だが、この映画はひど過ぎる。この中には、戦争というもの、イラク戦争というものへの見方が一切ない。批評眼とは言わないまでも、なぜ、イラクを舞台にしたのかその理由が分からない。単なるスリル満点映画をめざすのだったら、架空の舞台でも設定すればいいのだ。アメリカ兵の悩みらしきものを、殊勝に描きながら、登場するイラク人は単なる悪役、気味悪いイスラム人として描かれる。この映画を、イラクの人々が見たら、なんというか。 これでは、昔の西部劇と同じだ。ネイティブアメリカンをインディアンとして悪役に仕立て上げ、それを征伐するガンアクションと同線上にある。こんな単細胞映画がアカデミー賞とはあきれてものも言えない。病んでいるとしかいえないアメリカ映画産業である。

 100年前に生まれたジプシー・スイングの創始者ジャンゴ・ラインハルトは今でも最高のギタリストと評される。フランスでは、この偉大なるミュージシャンの生誕100年にちなんでCDの特別記念盤が発売され、テレビの特集番組が組まれている。
 ベルギーやフランスを放浪するジプシー(マヌーシュ)の野営地に生まれ、パリ郊外で育ったジャンゴは、小さい頃からバンジョーやギター、バイオリンを弾いていたが、18才のときに幌馬車の火事で右足に麻痺が残るほどの重傷を負い、左手の薬指と小指が自由に動かせなくなった。しかし、リハビリを経て奇跡的に杖の助けを借りて歩けるようになった。周囲からはもうギターの演奏などできないと言われたが、左手のハンディキャップが全く新しい音楽テクニックを生み出すこととなった。 彼は、ソロを演奏する際には無傷の2本の指と親指を使い、コードを刻むときだけ負傷した2本の指を添えた。
ジャンゴの独自性は1920年代のニューオリンズ・ジャズとフレンチ・ワルツ(アコーディオン伴奏による3拍子のダンス音楽)そしてジプシー音楽の融合にあった。そして、それはやがて「ジプシー・スイング」と呼ばれるようになった。1934年、パリのバイオリン奏者ステファン・グラッペリらとフランス・ホット・クラブ・クインテットを結成。この弦楽器のみによるユニークなジャズ・アンサンブルによってヨーロッパが一躍ジャズの一拠点に躍り出ることになった。そして、コールマン・ホーキンス、ルイ・アームストロング、ディジー・ガレスピーらと共演し、多くのミュージシャンがジャンゴから大きな影響を受けたことを明らかにしている。
 ロマ・スィンティ(ドイツのジプシー)の多くがナチの迫害に遭っていたとき、ジャンゴはパリにいて第二次世界大戦を生き延びた。伝えられるところによると、彼の音楽の才能を買っていたドイツ空軍の将校に庇護されていたという。
 生誕から100年、43才の若さで死去してから50年以上が経つ今日でも、ジャンゴの音楽は生き続けている。フランスで人気ジャズ奏者のリストには必ずクリスチャン・エスクードやビレリ・ラグレーンのようなジャンゴの流れをくむマヌーシュのギタリストの名前が入る。ジプシー・ジャズは常にフランスのラジオから流れているし、マヌーシュ・ジャズを聴かせるクラブはパリ中のいたるところにある。
 ジャンゴの名は日本においてもジャズファンには馴染み深い。今回の記事に触れてネットで調べてみると、誕生月の1月には東京で生誕100年の記念ライブイベントが開かれ、NHK-FMのジャズ番組で特集が組まれていた。さらに、日本ジャンゴ・ラインハルト研究会という団体もあって、かなり熱心なフォロワーがいる。ジャズもポピュラー音楽の発展の一つの原動力だとするならば、その貢献はビートルズやマイケル・ジャクソンに比肩しうると言っても過言ではない。(市橋雄二)

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両国にあるシアターX(かい)で芝居を2本見た。室生犀星作「茶の間」田口竹男作「囲まれた女」という短編劇である。日本近・現代秀作短編劇100本シリーズの61,62本目の公演である。 それぞれおもしろく見たが、「囲まれた女」は作者のことは全く知らなかったが、全編京都弁の家庭劇はなかなか見ごたえがあった。だらしない京男たちに囲まれる、見かけは「はんなり」でも芯の強い京女の話である。戦後の混乱期に、闇屋まがいの酒場が舞台であり、駄目な父親、弟、元の亭主たちが繰り広げるやりきれないと同時に思わず笑ってしまう人間悲喜劇を見ながら、昔見た森繁久弥、淡島千影主演の名作「夫婦ぜんざい」(監督:豊田四郎)を思い起こしてしまった。登場人物が皆、いとおしくなってくるのは人間の弱さをあっケラカーンと披瀝しているからだろう。田口竹男は1948年38歳で逝去した作家で今回が初演という。 一方の「茶の間」は30代半ばに書かれた多くの戯曲のなかの一編で、夫婦間の微妙な心理のあやを犀星の実体験を交えて、淡々と描いた小品。大正末期の日本の家庭の描写が懐かしく思い起こされる。 シアターXは商業演劇とは真反対の志のある小劇場だが、知る人ぞ知る珠玉の演劇・芸術空間である。 いまどきこれだけ背筋のまっすぐ通った姿勢で運営する劇場が存在していける裏には尋常でない情熱があるはずだ。すべてはプロデューサーの上田美佐子さんの不屈の精神の反映であろう。HPを見ると、上田さんの考えていることがよく分かる。

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