2010年4月アーカイブ

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韓国からまた素晴らしい才能が噴出した。エリートコース出身の映画青年では表現できない八方破れのエネルギーに満ちた映画作家、ヤン・イクチュンの鮮烈な出現である。
『息もできない』の主人公サンフン(ヤン・イクチュン)は借金の取り立て屋。 幼い頃、父親のDVが原因で妹と母親を失っているサンフンにとっては、気に触るものがあれば殴り、聞くに堪えない罵声を浴びせ、つばを吐き始終タバコをすい続ける。めっぽう喧嘩が強く、どこから見ても最悪のワルである。刑務所から出所してきた父親を毎晩、殴り、蹴飛ばすのが日常化しているようだ。
一方、サンフンから通りすがりにつばを吐きかけられた縁で彼と付き合い始めた女子高生ヨニ(キム・コッピ)も家庭崩壊の真っ只中にいる。
彼女の父親はベトナム戦争(65~75年)に従軍し、その苛酷な体験からか記憶障害で廃人同様になり家にこもる。死んでいる妻のことをまだ生きていると思いこみ、口癖のように娘に無理難題を吐き出す。
ベトナム戦争後、ソウル五輪(88年)を経て、表面的にはこぎれいな町に変貌した"タルトンネ(月の街)"と呼ばれるソウルの丘陵地帯に広がる元貧民街の住民たちの家庭が抱える家庭崩壊の現実を背景にバイオレンスに満ちた物語はいつしか青春映画の抒情性をおび始めるのだ。
サンフンは自殺を図った父親を病院に運び、自分の血を全部輸血してでも、生きさせると叫ぶ。自分の感情の噴出に戸惑いながらも、必死の出口を求め、その晩にヨニを漢江に呼び出し、ビールを飲む。ヨニに膝枕しながら、いつしか嗚咽がサンフンから漏れ出し、ヨニもその切なさにしのび泣く。抑制された抒情が端然と湧き上がる。韓国映画史上に残る一種のラブシーンになるだろう。
映画は最後に救いのない結末を用意しているが、暗然とした表情のなかにもきりりとしたヨニのまなざしから希望を感じ取れないこともない。
手持ちカメラを駆使しながら、極力、リハーサルなし、リテイクなしの撮影がぎりぎりの緊迫感を生み、暗い現実に向き合いながらも魂を浄化してくれる傑作である。
監督・脚本・製作:ヤン・イクチュン  編集:イ・ヨンジュン、ヤン・イクチュン  撮影:ユン・チョンホ  美術:ホン・ジ 録音:ヤン・ヒョンチョル 音楽:インビジブル・フィッシュ
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン
第10回東京フィルメックス 最優秀作品賞&観客賞ダブル受賞。

「七人の侍」~映像ダイナミズムの極致

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黒沢明の生誕100周年記念と銘打ち、3月末から3週間にわたり、30作品が日比谷シャンテで上映された。黒澤作品のほとんどは、数回以上見ているが、「七人の侍」は中でも突出した回数で、学生時代以降、今日に至るまで、節目節目でその奇跡のような完成度を目の当たりにしてきた。これまで見てきたおびただしい古今東西の名作映画のなかから1作だけを選ぶとしたら「七人の侍」をあげざるを得ない。未見の若い人々には是非みて欲しい。必ず、自信が生まれ、何故か崇高な気分になる-――そうした映画である。
   戦国時代の野武士の跋扈に悩むある農村の村人たちが侍を雇い、野武士集団と死闘のすえ勝利するまでの物語である。野武士の騎馬団が山の稜線に登場するシーンからカメラがパンして村の全景のロングショットに至る導入部から一気に劇的世界に引きずり込まれていく。
村の苦悩・困惑、浪人侍探し、7人の侍たちの集結、決戦に向けての村人たちの訓練風景、村の要塞化、若侍、岡本勝四郎(木村功)と村の女,志乃(津島恵子)との恋、農民、利吉(土屋嘉雄)の妻(島崎雪子)を野武士に奪われた恨み等々のエピソードが織り込まれながら、物語は進行する。
7人の侍の造形がくっきりと切り立ち、黒沢明が思う男の理想像がそれぞれに振り分けられている。
・戦略家の島田勘兵衛(志村喬)の統率力・洞察力。
・参謀役の片山五郎兵衛(稲葉義男)の物静かで茫漠とした風格。
・七郎次(加藤大介)の忠誠心。
・林田平八(千秋実)の明るさ、軽妙さ。
・久蔵(宮口精二)の無口、練達、孤独。
・岡本勝四郎(木村功)の若々しい憧れのこころ。
・菊千代(三船敏郎)の野生、豪胆。
これらの人間像の要素を巧みに血肉化した七人の侍役の俳優陣がなんといってもこの映画の魅力だ。志村喬は存在感・信頼感が圧倒的であり、セリフが素晴らしい。久蔵役の宮口精二は最高のはまり役で、役者冥利に尽きる役どころ。菊千代の三船敏郎の破天荒でエクセントリックな演技とその野生美は黒沢の想定を越えるものだったろう。
印象的なシーン。子供を人質にとり立てこもった男(東野英治郎)を島田勘兵衛(志村喬)が討ち取るシーン。討たれて小屋からでてきた男が倒れるまでをスローモーション処理し、見守る村人たちの唖然とするリアクションの対比の妙。黒沢独特の手法。 こうした緊迫シーンにおけるスローモーションと見る側のリアクション(望遠レンズ)の対比が最も成功したシーンが久蔵(宮口精二)の空き地での真剣の決闘シーンで、勘兵衛と勝四郎などが見守るなかで急蔵の凄腕を強く印象つける。この手法は後年、「椿三十郎」の壮絶なラストシーンでも再現され、血潮の噴出という要素が加わりより衝撃度を増している。
さらに特筆すべきは馬の登場であり、これほど馬を集団で上手く使った日本映画はない。馬の登場で画面のダイナムズムが一気に増幅する。
  そしてラストの伝説的な雨中の決戦。40名の野武士たちを少しずつ討ち取りながら、最後に13人の野武士騎馬集団を村にいれての雨中の死闘、激闘。竹やりの農民たち、侍たちと野武士騎馬団の凄絶な決闘シーン。馬のひずめの音と、農民たちの叫び声。落馬する野武士たち。黒沢映画のモンタージュの精華であり、勝利である。息をするのが苦しくなるほどの迫真のシーンの連続。
忘れなれないメインテーマをはじめとする各シーンのテーマ音楽。男声合唱による農民の苦悩、フルートとハープによる勝四郎と志乃の登場、侍たち、農民の疾走シーンにはトランペットのメインターマ―――早坂文雄の仕事は不滅だ。
脚本(黒沢明、橋本忍、小国英雄)の完成度。撮影(中井朝一)のマルチカメラ撮影による決戦シーンをはじめとする映像ダイナミズムの成果、勝四郎と志乃がはじめて出会うシーンで一面に生える野花の描写から漂う抒情。
今回、劇場でみたかったのも、この映画は観客とともに感情を共有しうる稀有の作品だからである。1954年に公開されてから50年余、未だにこれを越える映画作りは想像できない。それほど、苦難にみちた撮影だったらしい。黒沢の体中にたぎっていた情熱がほとばしるように噴出した「七人の侍」は2010年の今も新しい驚きである。 ラストシーンのメインテーマが流れ「終」のエンドタイトルがでると、さざなみのように拍手が徐々に場内を満たしていったのであった。
時空を越えた至高の地点に立つべき名編である。  

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ポーランドの映画監督の巨匠アンジェイ・ワイダの「カチンの森」を見たのは昨年秋ころの試写だった。ワイダの「灰とダイヤモンド」(1958)に衝撃を受けた世代として、ワイダを黒澤明、ベルイマン、フェリーニらと並ぶ巨人として評価してきたものには「カチンの森」は映画的興奮に富んだものではなく、見るのがつらい映画だった。むしろ、史実としてカチンの虐殺の真相を知りたいという気持ちのほうが勝ってしまい、映画としての判断をしにくい内容だった。
 第2次世界大戦中の1940年、数万人のポーランド将校ら2万人余の捕虜がソ連軍によって銃殺され埋められるという悲劇は長年、歴史の表面から埋もれてきたが、ゴルバチョフ時代になって、1990年にソ連が公式に認めた事件である。
ワイダ監督も父親がその犠牲者だったことを近年になって知り,映画化を目指したという。 映画「カチンの森」は抑制のきいた演出でありながら、この歴史的虐殺事件を検証するように展開するが、全体として陰鬱なトーンが支配し、見ていてつらくなる。ワイダ監督がこの映画を撮ろうとする使命感が感じられ、映画的な興奮や感動に浸るのではなく、ひたすら悲劇的な結末に向かっていくのを見届けるつらい作業を体験することになる。
「灰とダイヤモンド」に見られた、時代の波と苦闘する主人公のテロリスト、マーチェクをはじめとする登場人物の生生しい存在感が「カチンの森」からは消えている。何故か。将来に不安を抱えていたであろう、30歳そこそこのワイダのまなざしと80歳を越え、巨匠として功なり名を遂げたワイダのまなざしは確実に変貌した。このことはワイダの責任ではなく、芸術家の必然である。映画的(芸術)成熟は必ずしも映画的(芸術)感動とは連動しないパラドックスが存在するのである。
今回起きたポーランド大統領専用機墜落事件を聞いたとき、もしかしてワイダ監督が同乗してるのかと懸念した。以前の新聞で慰霊式に招待されているという記事を読んだ記憶があったからだ。しかし、ロシア主催での慰霊式がプーチン首相、ポーランド、トゥスク首相出席で4月7日に行われており、今回、カチンスキー大統領はポーランド主催の犠牲者追悼式が10日に行われる予定だったようだ。ワイダ監督は多分7日に出席しているのか。「カチンの森」はまたしてもポーランド国民に苛酷な記憶を刻みつけた。カチンの犠牲者の霊魂は歴史的事実の忘却を許さないというメッセージか。

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