2010年12月アーカイブ

映画「海炭市叙景」:底光りのする美しさ

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地方都市の愛しい佇まいとそこに生きる人びとの息吹をケレン味なく描き、見るものに様々な感懐を抱かせる佳作である。ひりひりするような矛盾に満ちた現実に遭遇しながら、その土地で生きていく人々を暗く、静かな情熱で寄り添う不思議なムードが横溢している。監督は「ノン子36歳(家事手伝い)」(「映画芸術」誌2008年度日本映画ベストワン)などの熊切和嘉。
90年に自殺した函館出身の小説家・佐藤泰志の未完の連作短編小説『海炭市叙景』が原作で、18の短編小説から5つを選び脚色した。(脚本:宇治川隆史)函館をモデルにした架空都市"海炭市"が舞台である。
造船所をリストラされる兄とその妹、地域開発のために立ち退きを迫られる猫と生活する老女、プラネタリウムで働く49歳の男と夜の仕事の妻のすれ違い、ガス店を営む男と連れ子につらく当たる妻の暴力の連鎖、路面電車の運転手と心が通わない息子の帰省などの5つの話がオムニバス風に描かれる。
どこにでもあるような暗く、救いがない話の連鎖でありながら、終始2時間半見入ってしまった。北海道の港町の冬の風景が寒々しくも、底光りして美しい。しかもカメラの眼が、そのなかからも微温を感じ取る感性を持っているのが救いだ。特に路面電車のシーンの美しさは忘れがたい。寒地の冷気をも温める地熱が漂うかのような町の風情がこの作品を奥行きのあるものにしている。誰しも自分の故郷の風景を思い起こし、思いにとらわれてしまうような気持ちにさせる画面だ。音楽(ジム・オルーク)も抑制をたたえた抒情がある。
俳優も実力派、素人が交じり合い、不思議な調和と実在感を浮かび上がらせている。特に加瀬亮がいい。存在感があるような、ないような不思議な役者だ。内に秘めたマグマを垣間見せる雰囲気がいい。猫好きの老女、中里あきもいい味だ。
日本の地方都市の現況を描いた「海炭市叙景」は「ヘブンズストーリー」と並んで確実に日本列島の今を鮮烈に描出した。

新装版刊行「中国55の少数民族を訪ねて」

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hakusuisya .jpg 1998年に刊行されてから、12年が過ぎたが、このたび新装版発売ということになった。この間、2007年と2009年の2度にわたり雲南地方に旅する機会があった。雲南省西北部を中心として居住するヌー族、リス族、ナシ族、ペー族、プミ族、チンポー族などの村々を巡ってきた。(これらはhp上にアップしてきた。)
その後の彼ら少数民族の状況を肌で感じることができた旅であったが、この際の感想などを新装版のあとがきに加えた。2度の旅は当hpの同人、市橋雄二氏、中国取材時のスタッフ唐大堤氏が同行してくれたこともあり、1990年代前半の6年に及ぶ長い中国行脚を回想しながらの感傷旅行の趣も帯びたものになった。
今改めて思うことは、1990年代前半にこの記録がなされたことの意義深さであり、時が過ぎるにつれて、その意味が明らかになっていくのではないかという予感である。 (市川捷護・市橋雄二 著 白水社 )
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インドの元首相インディラ・ガンディーの生まれた11月19日に、コソボのロマ出身のジャーナリストで詩人としても評価の高いバイラム・ハリティ氏がインド国民会議総裁ソニア・ガンディーに宛てた公開書簡を発表した。
ソニア・ガンディーは、インディラ・ガンディーの息子ラジーブ・ガンディーの妻であり、夫の死後1997年政界入りした。イタリア人でイギリス留学時代にラジーブと知り合い結婚。数奇な運命をたどった人物として知られ、その美貌もあってか、今もインドでの人気は高い。なお、名前が同じなので混乱しがちだが、インディラ・ガンディーはインド独立の父マハトマ・ガンディーとは血縁はなく、インドの初代首相ジャワハルラール・ネルーの娘である。
『ロマ報道情報局の代表として、哀悼の意とともに今は亡きインディラ・ガンディー女史の誕生日のお祝いを申し上げます。私には、ヨーロッパにいる1200万人とも1500万人とも言われるロマ・コミュニティー出身のロマとして、インドの元首相インディラ・ガンディー女史の誕生日を祝う理由があります。そしてこの機にあなた様に是非思い出していただきたいことがあります。女史は1978年にチャンディガルで開催された第一回ロマ・フェスティバルでこうおっしゃいました。
「 あなたがたを母国にお迎えすることができたことを、そしてあなたがたが世界でもっとも偉大なインドのディアスポラ(離散民)であることをうれしく思います。」
1983年に開かれた二回目のロマ・フェスティバルでも、女史はロマを言語的、歴史的、文化的、民族的に見てインドの少数民族であることを正式に認定する用意がある、と述べたのです。しかしながら、女史の死によってインド離散民に対するこの重大な責務の実現は不可能になってしまいました。さらに不運にもあなたの夫であるラジーブ・ガンディー氏の死によって、ロマ民族がヨーロッパや世界各地に離散したインドのディアスポラであるとして認定される機会を逸してしまいました。
是非ともお知らせしたいことは、インディラとラジーブの亡き後、ロマ・コミュニティーが世界に離散したインド人であると認定する事案を取り上げる政治家がいないということです。
インディラ・ガンディーは今も多くのロマの心の中に生き続けています。この先もずっとそうです。女史に栄光あれ。 バイラム・ハリティ』
  ロマのインド起源については、特にヨーロッパにおいて、地元での排斥を恐れて声高に主張するロマは少ないという説もあるが、このような記事からはインドとの絆を胸に抱いているロマが多いことがうかがえる。(市橋雄二 2010.11.27)

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