2011年1月アーカイブ

トップページへ

見終えてから、ジワーッと静かな余韻に包まれてくる映画だ。そして酷寒の風土と、風雪を越えてそこに生きる人々の呼吸が確かなものとして迫るのである。
中国東北部の北西側、ロシアと国境を接する内モンゴル自治区のマンチョウリー(満洲里)市の炭鉱の町ジャライノールが舞台である。急激な経済的変貌期にある中国では、東北部の辺境の地においても炭鉱は掘りつくされ、近く廃鉱にされる運命にあり、蒸気機関車も役割を終えて消えていかざるを得ない。
「時代との別れ」を描きたかったという監督、趙曄(チャオ・イエ)は30歳前後の若手ながら、風土と人間の関係を深い視野に納める練達の技を見せ、中国映画の底力を示している。
広大な露天鉱と石炭を運び出す蒸気機関車の一体となった風景の美しさは格別で、白黒映画を思わせる陰影豊かな映像は美術的ですらある。チャン・イーモウのデビュー作「紅いコーリャン」をはじめてみたときにも感じたが、中国映画人は荒漠とした大地や酷寒の極限の風土を表現するのが実にうまい。
露天鉱から採掘される石炭を運び出す蒸気機関車の機関手ジュー・ヨウシアンとその助手リー・ジーチョンが主人公の一種のロードムービーである。
定年を1ヶ月残して老機関手は退職することになり、娘夫婦のもとに帰ることになる。老機関手を慕う助手リー・ジーチョンは見送りながら、別れられずにジュー・ヨウシアンの後を追い続ける。老機関手は戻ることを幾度か説得するが、そのたび助手はすり抜けて追うのをやめない。次第に老機関手にも別れがたい感情が湧き出してくる。途中、路上カラオケで2人が歌謡曲を歌うシーンは人の思いの切なさがひしひしと伝わり胸にくる。そして必然的に別れはやってくる。
シンプルなストーリーながら、ふたりのあいだで交わされる一言二言が情感をにじませ、凍てつく風土とそこで働く人々の心模様が冷気を越えて伝わるのである。
俳優はすべて素人というが、老機関手と助手の存在感は体温が伝わるほどで、特に老機関手役はただタバコを吸い続け、セリフも極端に少ないながら、かつてのフランスの名優ジャン・ギャバンを彷彿させる味がある。
トップページへ

知る人ぞ知る存在の歌手、友川カズキを追った刺激的ながら、覚醒した視線が貫かれているドキュメンタリーである。1974年シングル「上京の状況」でデビュー以来60歳を越える現在まで歌手,詩人、画家、俳優などで多彩で独特の世界を発信し続けている生きた伝説の歌手ともいえる。
その歌は圧倒的な迫力に満ち、秋田の方言を駆使して機関銃のように言葉を連射するステージには誰しも息を呑む。詞(詩)は攻撃的であり、破壊的でありながら、人生の真実を突き、時代につばを吐き、時代を撃ちまくる。強烈な秋田なまりの歌は地を這うように響き、時にははっとする抒情を垣間見せ聞く人の心のひだにしみわたるのである。友川の歌には、他のどんな歌手たちの歌とも決定的に異なる激しい魂の噴出が見られ、それは常軌を逸していると言ってもいいほどだ。
映画は友川や友人たちへのインタビューとステージ、スタジオ演奏で構成されている。 中原中也の詩「骨」から受けた衝撃、弟の自殺による喪失感そして3年ぶりで会う息子との会話、競輪への愛着、都会の町を彷徨する友川の姿などなど。
これらは説明的ではなく、映画全体のリズム感のなかで処理されているので、友川ファンには自明のことながら、一般的には人物関係はわかりにくい。しかしながら歌人 福島泰樹の友川に捧げる詩の朗誦は抒情が横溢する名場面だ。昔見た「短歌絶叫コンサート」の感動がよみがえる。
友川の歌の本質は東北の青森、秋田の文学者、芸能者の血筋を正統に継承するものだ。秋田出身の舞踊家・土方巽、青森出身の太宰治、寺山修司、高橋竹山などに連なる土俗性、無頼性、革新性、漂泊芸などが友川の体内に脈々と流れている。この東北人の地から湧き出でるような表現への希求は東北の土壌を抜きには考えられない。
インタビューで友川は、今の許しがたい時代につばをはき続ける強い意志を示しながら、こうした時代だからこそ、己の歌がありえるという逆説を語るのである。
このことは芸能の本質を示している。時代に祝福される芸能はホンモノではない。時代を撃ちつづける芸能がホンモノだ。こうした意味では友川カズキは中世以来日本列島を闊歩してきた放浪・門付けの芸能者の血脈を正しく継承しながら、埋もれた荒ぶる魂を掘り起こし、現代の闇を逆照射する栄光ある存在なのかもしれない。
トップページへ

  イスタンブールのタルラバシュ地区では、ロマ人、クルド人、トルコ人、ラズ人(トルコ東部の黒海沿岸、グルジアとの国境をまたぐ地域に住み、グルジア語と同系統の言語を話す少数民族で、イスラム教徒が多い。この記事にあるようにイスタンブールなど大都市に出て暮らすラズ人もいる:訳注)、そしてアフリカ人のコミュニティが隣り合って暮らしている。
住民たちは市の中心部(イスタンブールの銀座とも言うべき繁華街イスティクラール通り:訳注)に隣接した地域に住んでいながら貧困状態におかれている。  この地区の豊かさはその民族文化の多様性にある。ここでは様々な文化背景をもった人々が共に暮らしているが、共通しているのは貧困の中にあってもたくましく生きようと前向きであることだ。
 2006年、イスタンブール・ビルギ大学の関連機関である移民センターが、タルラバシュ・コミュニティ・センターを開設した。センターは異なる民族文化を持った子供とその親たちを一体感のあるコミュニティにまとめていくという難しい課題に取り組んでいる。タルラバシュ子供オーケストラはそうした活動の成功例である。
 オーケストラのメンバーの一人、ラマザン・ギュミュシュ(16才)は、このオーケストラのおかげで生活が一変したという。「僕たちが演奏すると、人々が興味をもって見てくれる。そして演奏に訪れた大学で見た光景が僕を変えたんだ。そこにいた学生たちのように僕も勉強したいと思うようになったんだ。」
 ギターとダルブカ(砂時計型の片面太鼓:訳注)を演奏するのが好きなエレン・クシュ(9才)は週のうち三日はセンターで過ごすという。「学校が終わるとすぐにここへ来るんだ。ギターが大好き。将来はギタリストになりたい。」
 8才のヘリン・スコルクートは家に帰って着替える時間を惜しんでセンターに急ぐ。オーケストラの最年少メンバーは6ヶ月前にセンターに通い始めたばかりだ。
 センターの活動は貧しい子供や女性のほか、地域に移ってきたばかりで社会に溶け込めない人々を対象にしている。センターの社会福祉専門家セレン・スンテキンは、それまでお互いに敬遠し合っていた子供たちが今では一緒にバイオリンやギターのレッスンを受けていると話す。スンテキンさんは、<タルラバシュのギターの響き>と名付けられた子供オーケストラ・プロジェクトに参加している子供たちへの好ましい効果を強調した。この活動はイスタンブール2010ヨーロッパ文化基金によってサポートされている。また、ストリートは子供が安全に時間を過ごせる所ではないことから家庭の協力も欠かせない。当初市の役人たちはわれわれのことを批判し、多くの人々が同じ目的でやってきたがうまくいった試しがないと言った。それがのちに警察官さえもがこのように言うようになったという。「もし彼らがあなたがたのことを好きでないとしたら、とっくに建物や窓に石を投げていますよ。」スンテキンさんはそう説明した。(2011年1月2日付、トルコの英字紙Today's Zamanの記事より)(市橋雄二 2011.1.4)

このアーカイブについて

このページには、2011年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年12月です。

次のアーカイブは2011年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261