2014年1月アーカイブ

素の表情の品性:映画「鉄くず拾いの物語」

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    旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナのボーリャ村に暮らすロマ(ジプシー)の一家を記録した本人出演による再現ドラマである。
    ナジフは一家を鉄くず拾いで養い、妻、セナダとの間には二人の女の子がいる。ある日、セナダが腹が痛いと苦しみだし、病院に行く。診断は、流産して、5ヶ月の胎児はすでに死んでおり、手術しなければ危険だと言われる。が、保険証がないため、980マルク(500ユーロ)もの高額な手術代を請求され、泣く泣く諦めて戻るしかなかった。ナジフは治療費を稼ぐため、鉄くず拾いの精を出し、懸命に働く。
    物語は大きな起伏がある訳でもなく、あるロマの集落の日常を描いた一コマのスケッチだ。この映画の成立のきっかけは、この事実を地元の新聞で知った監督のダニス・タノヴィッチが義憤に駆られて、村の二人を訪ねたことから始まった。当時のことをナジフとセナダに再現してもらい、村人たちも本人が出演し、手術を拒んだ医者などは友人に依頼したという。そして1万3000ユーロの資金で、わずか9日間で撮りあげたと言う。
    再現ドラマで素人の本人たちが演じているので、演技以前の生身の人間の表情が不思議な感覚を呼び起こす。感情の爆発もなく、むしろ淡々と物事が進み、カメラの視線も冷静である。ことさらにロマ集落の貧困や荒涼とした風景に焦点を当てることなく、あくまで二人の夫婦に寄り添う。日常性に存在する生の重みや安らぎ、家族の実感などが画面に漂う。
    監督は二人がロマであることからの差別という視点はとらずに、むしろこの夫婦と子供たちに好感以上の感情が湧いて撮らざるを得なかったというスタンスが好ましい。特にナジフとセナダの素の表情には人間の性善説を信じたくなるような品性が垣間見えて清々しい。
    観ているうちにナジフの冷静な態度や演技を超えた柔和なまなざしに、彼の人柄に好感を抱いていき、セナダのたまに見せる恥じらいを含んだ笑みにほっとさせられる。
    ロマの主たる生業である鉄くず拾いを丹念に記録していることや、助け合う縁者間の絆の強さをさりげなく描いたショットに監督の視線の低さを感じるのである。
    もともとロマに関する知識や関心はなかったと、インタビューで答えている監督はユーゴスラビア解体にいたる激烈な民族間の憎悪などを体験しているはずで、今なお存在する多くの民族間の差別構造は体感しており、そうした体験がこの映画を生む潜在的な動機になったことは間違いないと思われる。
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    敗戦から15年間の日本の復興期に生きた青年が国家や社会、家族そして人間の希望などについて考え、悩み、行動する青春小説だが、今の我々にも通じる重いテーマが語られており、深くうなずき、しみじみと来し方を思い返してしまう作品だ。読後感もすこぶる良い。
    物語の骨子は、敗戦により上海から復員してきた矢田部信幸が、故郷、福島へ向かう列車のなかで、具合が悪くなり、居合わせた同じ復員兵の小椋(おぐら)耕造に世話になる。 生活のめどが立ち、小椋耕造を訪ねる旅に出る中で、彼が木地師であることを知り、木地師の存在や歴史に強い関心を抱いていく。というような流れだが、内容は国家、社会のあり方にまで踏み込んだ奥行きがあり、しかもおもしろい。
    苛酷な戦争をへて、信幸はこれからの人生を
    「戦争では勝ち取れないもの、日本人が日本人として誇れるもの、平穏から平穏を生み出し人に喜ばれるもの、誰もが美しいと思うもの、そういうものに関わってゆきたい」
    と思う。 木地師の生活や歴史を調べていくうちに、その出自は古代律令国家の成立に深く関わった渡来人の水脈と重なり、渡来人の血筋が列島全土に染み渡っていることを実感する。近江の小椋谷 から漂泊の旅を 始めた木地師たちが脊梁山脈を越えて各地に拡散していった名残りの道を自分の足で探索する信幸の思いは己の生の実感をつかむ旅でもあった。
    木地師への様々な考察に加えて、信幸と2名の女性、佳子と多希子を巡るロマンも豊穣で哀切な味わいに溢れており、木地師探求のロマンと対をなす旋律を奏でる。
    戦後のどさくさの中からたくましく酒場を経営しながら、画家の道を目指す佳子の自立した精神の闊達さと、木地師の家に生まれ、芸者として生きる多希子の儚さが対照的である。それぞれの間を揺れながら行き来する信幸と女性との会話が息をのむほど切実感があり、恋愛小説としても忘れがたい余韻を残してくれる。
    戦後の混乱していた日本の15年間に列島各地で人々がそれぞれの人生を必死に生きていたことが愛おしく、身近に感じられ、昔の話ではなく、現在の日本のあり方を考える際にも、喪失したものの大きさを味わうと同時に、強い内省の念が湧いてくるのである。
    作者は時代物の作家として不動の地位を保持しているが、60歳にして現代小説をものにした。なみなみならない力量を感じさせる傑作だろう。2013年第40回大佛次郎賞。新潮社刊。
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