2014年4月アーカイブ

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    本ブログの2010年12月28日の映画評に「海炭市叙景」という映画を取り上げているが、この映画も同じ原作者の今は亡き小説家佐藤泰志の唯一の長篇小説の映画化である。やはり函館を舞台にしており、函館の街の表情が生々しく、息苦しいほど現実感に富んでいる。前作について
    「地方都市の愛しい佇まいとそこに生きる人びとの息吹をケレン味なく描き、見るものに様々な感懐を抱かせる佳作である。ひりひりするような矛盾に満ちた現実に遭遇しながら、その土地で生きていく人々を暗く、静かな情熱で寄り添う不思議なムードが横溢している。」
    と書いたが、「そこのみにて光輝く」はそれに加えて、溢れるような抒情に彩られた恋愛映画としてまれに見る成功作だろう。
    採石場で働いていた達夫(綾野剛)は自分のミスで同僚を死亡させる発破事故をおこし、仕事を辞めてぶらぶら日々を過ごす。達夫はパチンコ店で仮釈放中の拓児(菅田将てる)と知り合い、彼の家に誘われ両親と姉、千夏(池脇千鶴)を知る。千夏は身体を売って家計を助ける一方、託児の保証人の植木農園を営む中島と不倫関係にある。或る夜、達夫はバーで働く千夏と再会し意識しあう。達夫は事故のトラウマに悩み、千夏は家庭のために身を捧げて、希望を持てない日々を送る。次第に達夫は千夏の存在に救いを感じ、託児とともに仕事に戻ることを決意するのだが・・・。
    まず何よりも俳優たちが素晴らしい。綾野剛、池脇千鶴はこの映画に出会ったことを感謝するだろう。それくらいのはまり役で一生に何度もない適役だ。伊佐山ひろ子、火野正平などみな存在感が見事である。
    監督、呉美保監督は「酒井家のしあわせ」「オカンの嫁入り」につぐ3作目だが、ここに才能が開花したようだ。なんといっても演出が正攻法で、変なてらいがない。人物像の造形が奥行きがあり、説得力に富んでいる。次第に引かれていく男女の思いが徐々に盛り上がってくるところなど、情感に溢れた描写だ。音楽の使い方も上手い。
    撮影がまた素晴らしい。陰影に富んだ画面構成。室内描写はもちろん函館の街の様子なども人々の吐息が聞こえるような湿気と匂いが充満する。撮影監督 近藤龍人の作品は「海炭市叙景」、「横道世之介」の2本を見ているが、今後も彼の撮るものを注意しようと思う。
    なんの希望も見いだせないかのような二人だが寄り添って生きていこうと決意する海辺のラストシーンは忘れらないほど美しかった。
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    ワイダ監督が撮ったワレサの映画と知り、公開初日に東京神保町の岩波ホールに足を運んだ。劇場はほぼ満員で中高年層の観客が目立つ。東欧革命の象徴でもあるベルリンの壁が崩壊したのが25年前、日本では昭和が終わった年である。遠い国での出来事とは言え時代の変革を肌で感じていたあの頃からすでに四半世紀が経つのかと思うと感慨深い。
    本作はその少し前1970年代から1980年代初頭のポーランドを舞台に、一電気技師から労働者のリーダー、そして大統領になり、ノーベル平和賞に選ばれるなど世界史に名を残す活躍をした男の物語を、家族を起点に描き出す。
    当時の白黒のニュース映像や80年代のポーランド・ロックの印象的なフレーズと歌詞を織り交ぜながら2時間4分はあっという間に過ぎて行く。ワイダ監督の手腕を今ここで持ち出すまでもないが、スクリーンを通して伝わってくる熱には何度となく心を揺さぶられた。
     本作の内容や論評はすでに新聞紙上などで映画評も公開されているので、そちらを見ていただくとして、ここでは物語の背景として描かれるシーンの中で個人的に気になった見どころ(視点)を取り上げてみたい。
    まず、1981年に戒厳令の布告に伴ってワレサが身柄を拘束され、およそ一年間人里離れた郊外の屋敷に軟禁状態に置かれているときに、性能のよくない古いラジオを見つけると、電気工としての技能を発揮してナイフでふたをあけフォークで調整(あるいは細工)して海外放送を聞くシーン。ここでワレサがチューニングを合わせるのが、ラジオ・フリー・ヨーロッパ(自由欧州放送/RFE)のポーランド語によるニュースだ。
    RFEというのは現在でも存在するが、アメリカがかつて報道の自由のない東欧の社会主義国に向けてドイツのミュンヘンから送信していた一種のプロパガンダ放送で、ポーランド語以外にブルガリア語、チェコ語・スロバキア語、ハンガリー語、ルーマニア語で朝から夜まで中波と短波の10以上の周波数を使ってほぼ終日ニュースのほか解説番組や娯楽番組を放送していた。当局は西側の謀略放送ということで妨害電波を出すなどの対抗手段を講じたため、RFE側も周波数を頻繁に変えるなどしてまさに冷戦状態にあった。
    当時東側の人々はこうしたちょっとした隙間から漏れ伝わってくる情報をもとに実際に自分の国で起きていることを知ろうとしていたのである。なお、現在のRFEはその主力を中東、中央アジア、バルカ半島の諸国やアフガニスタンなどに向けている。
     もう一点は、ポーランドが熱心なカトリック教徒の国だということである。非合法の活動ビラを隠し持っていたワレサが警察に捕まり、公安局員がワレサの家に捜査に来るシーンで、応対した妻が見つかってはまずい書類を、捜査員の目を盗んで煮物をしている鍋に押し込んで隠した。台所に入ってきた捜査員が押し込んだ鍋と違う鍋のふたを開けて中を確かめる。そのとき機転をきかせた妻は、中継の始まる時間だと言ってテレビをつける。すると「教皇万歳」と叫ぶ群衆の中をパレードするキリスト教聖職者の姿が映し出される。捜査員は思わず見入ってしまい、それ以上詮索をせずに立ち去って行く。ここで重要なのは、この聖職者がこのシーンで描かれる事件の前年の1978年10月にローマ教皇に選出されたポーランド出身のヨハネ・パウロ2世で、教皇就任後初めて故国を訪問するという歴史的な一日であったことだ。映画では直接語られることはないが、教皇の言動はポーランドの民主化運動を後押ししたと言われている。
     映画館では上映前に支配人の岩波律子さんがあいさつをされた。それは岩波ホールとワイダ監督との長年の関係があってのことなのだが、その中で「この映画は中高年層にはたいへんアピールするが、残念ながら若い人たちへは十分伝わっていない。是非伝えてほしい。」とのメッセージを述べられた。細部に様々な歴史的な事実が織り込まれた映画である。あの時代に同時代体験のない今の20代の人たちには、独立自主管理労組「連帯」を率い、東欧の民主化への道を切り開いた偉大なる人物の「大きな物語」という視点からだけではなく、細部にこだわって当時の時代状況を掘り下げてみることで、この映画がより一層楽しめるのではないだろうか。妻や家族を中心に据えて本作のような等身大のワレサを描くことができるのはワイダ監督をおいていないことだけは確かだ。
    (市橋雄二/2014.4.6)
    (参考資料)
    "WORLD RADIO TV HANDBOOK 1981"(Billboard)
    『DX年鑑1981』(日本BCL連盟)
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