2015年1月アーカイブ

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    遠からず、日本列島から、かなりの市町村が消滅するという、いわゆる「増田レポート」が出されてから、その衝撃波は列島各地に及んでいるらしい。『中央公論』などで「消滅可能都市896」と題された特集では896の市町村名が明示され、その中から523市町村がリストアップされ「消滅する市町村」とされた。あからさまなまでの消滅論を聞く当の市町村に住む人々はいかなる思いに駆られるだろうか。
    この著は、そうした乱暴な消滅論に対する反論として書かれた注目すべき論考である。その反論は、声高なものではなく、列島各地を繰り返し訪ねるなかで、聞き取りを重ねながら、そこに暮らす住民の日常から発せられる言葉の重みを受け止め続けてきた重量感溢れるレポートで極めて実証的で説得力に富んだものになっている。
    農山村の「歩き屋」を自称する筆者が、足で集めた列島各地の様々な統計数字やそこから導きだされた仮説や提言は具体的で、詳細で示唆に富んでいる。
    特にいわゆる過疎地域がいち早く顕在化した島根などの中国地方の取り組みの例は、それぞれが興味深く、心打たれる事例が多い。行政から降りてきた方法ではなく、農山村の地域住民が内発的に、自分たちの頭で生み出した手段、方法こそが有効性を担保されるという仕組みづくりが地域再生の鍵のようだ。
    仕事が無いという地域の現状でも、小さな芽からなんとか収入を得ながら、それらを集合的に仕事化していく例などが語られる。そしてこれらの地域住民の行動の源泉は、ふるさとである農山村を残したい、子孫に伝えたいという人間本来の純粋な願いからでてくるものという。
    この著の最後の方で
    「高齢化をこれ以上進ませないために必要な人口流入の規模を算出すると極端に大きな数ではないことが分かる・・・・・全国の山間地域の平均的年齢構成を持つ1000人のモデル地区を仮想し、その後の人口変化を見たものである。これによれば、現状のままの人口構成で単純に延長をすれば、高齢化率はそのまま高まり、人口も激減する。それは、まさに増田レポートが予測する通りである。しかし、毎年4組の家族(30才代前半の子連れ夫婦・4才以下の子ども一人)が2組,(20歳代前半のカップルが2組)、合計10人の地域外からの流入が生じると仮定すれば、事態はまったく異なる。その場合、高齢化率は10年後にピークとなり、それ以降はむしろ低下する。・・多くの地域にとっては、この毎年4組の参入という目標は、決して現実離れしたものではないであろう。・・・何組というリアルな絶対数を目標とすることにより、地域における展望が見えてくるのである。」
    と増田レポートのような人口動態を「率」に注目した推計ではなく、「何組というリアルな絶対数」で提示する方がより分かりやすく、血の通った提言になっている。
    国や行政側の官僚たちの頭から生み出される諸々の政策がいかに現状から浮いたものであるかが、逆に立証されている。本題の「農山村は消滅しない」というタイトルは一学者、小田切徳美だけでなく列島各地域で日夜奮闘している列島の自然を愛し、田園回帰を目指す人々が増田レポートに対して思わず発した心からの叫びであろう。全政治家・市町村の職員必読の書。(岩波新書)
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     著名な人類学者であり詩人にしてインド国民栄誉賞(パドマシュリー勲章)受賞者でもあるS.S.シャーシー博士は、このほど2015年1月10日に開催されたHuman Rights Defense International主催のニューデリーでの第5回国際会議に主賓として招かれ、「ロマ:インドの迷子たち」と題する基調演説をおこない、次のように述べた。
    インドでは知識人たちですらインド系市民であるロマについて詳しく知らない。ロマはインド政府(在外インド人担当省)が毎年おこなっている<在外インド人の日>顕彰行事にも招待されていない。かつてバジパイ元首相らが提起したように、ロマにもインド系市民としての地位が与えられるべきである。
    シャーシー博士は2001年にロマの代表者が当時バジパイ首相と面会したことに触れ、その際の元首相の談話を引用した。「ロマの人々がかつてインドの大地に暮らし、その風俗習慣においてインドおよびインド人の文化遺産とのさまざまな類似性を保ち続けているとする説は、人類の発展と移民の研究にとても興味深い可能性を提供するものだ。」
     シャーシー博士はまた、現在国際的な研究基金と国際ロマ文化大学(ベオグラートにある研究基金)によってロマの言語と文学に関する研究が進められていることを明らかにした。
    議長のゴーパル・アグラーワル氏、事務局長のラジェーシュ・ゴーグナー弁護士はあらゆる面からロマの人々を支援することを宣言した。その他出席者の中では、プニタ・スィンハ博士が写真とともに演説をおこない、ラヴィ博士がインド文化に関する自説を述べた。
    (市橋雄二/2015.1.12)
  • 安藤サクラという女優〜映画「百円の恋」

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    安藤サクラという女優を意識してみたのは2012年に公開されたヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」だった。北朝鮮で暮らす兄(井浦新)が一時帰国し、迎える家族たちと過ごす様子を描いたもので、妹役リエを演じた。久しぶりに会う兄を見つめるリエのまなざしに演技を越えたような実在感を覚えた。{本ブログで取り上げている。(凄い実在感ヤン・イクチュン~映画「 かぞくのくに」2012・8・16)}
    そして「0.5ミリ」。介護ヘルパーの山岸サワ役。見知らぬ土地でわけワケあり老人につけ込み押し掛けヘルパーになるという笑いも交えながら老人介護の現状をエンターテインメントとしてサクラの姉、安藤桃子監督作品。老人役の坂田利夫、津川雅彦などを相手役に天衣無縫、自由闊達な演技は圧倒的ですらあった。彼女のシーンを見ているだけで、次何が起きるか想像しワクワク感を覚えるほどだった。
    そして新作「百円の恋」。これも彼女なしでは映画化は考えられないほどの衝撃性を帯びた快作と言えよう。怪演と言う言葉が当てはまるかどうか自信は無いが、ぶっ飛んでいる演技であろう。天馬空を行く如し。
    実家に引きこもり荒れた生活を送る32才の一子が、折り合いが悪くなり一人暮らしをはじめ、百円ショップの深夜労働にありつく。身なりもかまわず、全身から臭気をまき散らす一子の様子が生々しいほど迫真的で、不思議なほど自然だ。これは本当にびっくりで、普通はどんなに上手い女優、例えば大竹しのぶが演じても、上手く演じれば、演じるほど上手さが目立ってきてリアルさから遠のくという自己矛盾に陥るのだろうが、安藤サクラはそこを軽々と突き抜けてしまっている。
    帰り道に覗き見するようになったボクサーに引かれはじめてから、彼女の中の何かが変わり始め、ついにはボクシングにのめり込んでいく。そこからは彼女の肉体から贅肉が削ぎ落とされ、シャドーボクシングのパンチスピードはみるみる早くなる。この辺りの安藤サクラの変貌ぶりも鮮やかだ。とにかく安藤サクラのような女優の出現は初めてだろう。普通の表情でもまなざしに不思議な情緒が漂う。世界的に見てもこれほど内発的な感情表現や瞬時の爆発的表現がナチュラルに可能な演技者を知らない。これからも見ていきたい俳優だ。
    映画は百円ショップ周辺の底辺で生きる人々のヴィヴィッドな生きる様子が描かれ、人間たちが生きているという真実味が浮かび上がってくる佳作となっている。
    「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督作品で、原作は第一回「松田優作賞」(2012年)でブランプリを得た、足立紳。
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