2015年2月アーカイブ

映画『パプーシャの黒い瞳』の中のジプシー

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     東欧はジプシーの本場と言われながら、ことポーランドのジプシーに関してはナチス・ドイツ占領期のホロコーストの文脈で語られることはあっても実際の暮らしがどうであったかについてはあまり情報がない。音楽グループや舞踊団を数多く輩出しているハンガリーやルーマニア、あるいはバルカン諸国のジプシーとは対照的である。その意味で、本作に描かれるジプシーの暮らしぶりは興味深い。そのような気づきのいくつかを取り上げてみたい。
     まず、本編の大半がロマ語で撮られた映画ということで、言葉に注目してみると、簡単な日常語の中に現在のインドの言葉と共通するものがいくつか聞き取れる。「ディク」(見ろ)、「スン」(聞け)、「パーニー」(水)、そして、こんなシーンもあった。
    ジプシーの一族に身を隠すポーランド人の作家で活動家のフィツォフスキが主人公パプーシャの息子に「詩とは何?」と聞かれて、「昨日感じたことを明日思い出させてくれるもの。」と答える。すると、それを聞いたパプーシャがこう切り返す。「ジプシーの言葉では明日も昨日も"タイシャ"よ。」字幕を追っていると一瞬どういうことか戸惑うが、「タイシャ」という語が明日と昨日の両方の意味を表すということを言っているのである。(したがってこの会話では「明日」と「昨日」を区別して言うためにポーランド語が使われている。)
    実は、北インド諸語の「カル」という語も昨日と明日の両方の意味で使われる。日本語の感覚からすると混乱しそうに思えるが、述部の時制によって意味が区別されるためきちんと機能する。昨日と明日を同じ語で言い表す言語が世界中にどのくらいあるかわからないが、興味深い一致だと言える。
     また、音楽に目を転じてみると、「1925年」というテロップとともに描かれるシーンで、パプーシャの一族の楽団がガジョの金持ちの邸宅に呼ばれてパーティーのダンス音楽を演奏しているのだが、この編成が豪華だ。バイオリン5人、ギター3人、ハープ2人、そしてアコーディオン、コントラバス、クラリネット、ウォッシュボード、シンバルが各1人。ハンガリーやルーマニアでは打弦楽器のツィンバロンを使うところを、ポーランドではハープを使っているところが面白い。大型の移動用木箱も画面に映っていて、たびたび演奏旅行にも行っていたことをうかがわせる。そして、かつてジプシーはただ差別されるだけの存在ではなく、このように主流社会と接点を持ちながら、自らの職能を活かして社会の中で一定の役割を負っていたことがわかる。
    もう一点、ジプシー社会の裁判官的役割を果たす長老の存在も見逃せない。ジプシー(ロマ)の社会には「クリス」と呼ばれる長老会議によって部族内の犯罪や揉め事の裁定を図る仕組みがあることが知られているが、まさにそのリアルな会議場面が描かれる。
    インドにも古くから「パンチャーヤト」と呼ばれる長老会議があった。パンチャーヤトは、村内あるいはカースト内の人間関係の調停や財産争い、犯罪の処理や裁定を担っていた。ジプシーにとっての長老の存在についていくつかの文献を調べていたら、次のような興味深い記述があった。
    「ポーランドでは(中略)1948年に、裁き役であり、精神的指導者でもあるゾーガという名前の老人の「大頭目」が存在している。」(ジュール・ブロック『ジプシー』木内信敬訳、1973年、白水社文庫クセジュ)本作で描かれるのが1949年前後であることから、もしかすると映画に登場する長老のことかもしれない。
     最後に、映画の後半に何度か挿入されるワルシャワの街の風景が印象的である。1949年、戦争終結から4年も経つというのに、街は廃墟のままだ。ワルシャワ蜂起の弾圧のためナチス・ドイツ軍がおこなった攻撃がいかに激しかったかを時代考証として描いたということか。そして、1952年のエピソードでは、フィツォフスキの住むアパートの窓から建築中の文化科学宮殿が覗いている。ソ連のスターリンの肝いりで建設が始まったこの威圧的な高層建築物の姿を見るにつけ、ポーランドという国自体が歩んだ苦難の歴史にも思いを馳せずにはいられない。
     映画は4月4日(土)より岩波ホールにてロードショー<5/22(金)まで>ほか全国順次公開される。
    (市橋雄二/2015.2.25)
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    「イスラーム国」という現象に現在、最も肉薄した書と言えるだろう。それほどタイムリーでありながら、問題の核心を抽出した論点の明晰さは驚くほどの精妙さに溢れている。急遽、出版されたにもかかわらず、著者の学問的な蓄積の豊かさが全編に溢れ、説得力に富み、論点にゆるみや粗雑さが見られない。
    イスラーム国の衝撃」は著者が長年取り組んできた2つの専門分野、
    ①イスラーム政治思想史、特にジハード論の展開
      ②中東の比較政治学と国際関係論、
    これら2つの研究の手法・視点を併用して、まさに両者の相互関連性を体現している「イスラーム国」の実像に迫った書である。著者は「二つの研究分野が一つに融合していく稀な瞬間を目撃することになった。」と感慨を記している。
    著者の書を初めて読んだのは大学院生時代の処女作「現代アラブの社会思想」(講談社現代新書2002年、大佛次郎論壇賞)だったが、学術書からイスラム社会のヒットソング、大衆が読む雑誌類までを渉猟した研究方法に従来に無い新鮮さを感じたのだった。イスラム社会の大衆の心のひだに密着した内容だった。
    さて、著者は20世紀初頭から現在までの1世紀を以下のように幾つかの分水嶺として提示する。
    ①1919年第一次世界大戦後の中東秩序の形成
    大戦中の1916年に英・仏にロシアも加わった秘密の「サイクス=ピコ協定」による一直線の国境設定など。「イスラーム国」はこの協定の結果の中東秩序打倒を掲げている。
    ②1952年 ナセルのクーデタと民族主義
    エジプトのナセル中佐によるクーデタによりアラブ世界に民族主義と反植民地主義の流れが伝播したが、成立した共和制諸国は独裁・長期政権化し、腐敗していった。シリア、リビア、エジプト、イエメンなどである。2011年の「アラブの春」でチュニジア、エジプト、リビア、イエメンで政権が退場。
    ③1979年イラン革命とイスラーム主義
    2月にイランで、イスラーム革命により王制が打倒される。79年ソ連がアフガニスタンに侵攻。ビン・ラーディンら義勇兵参加。この時期は近現代のジハード主義の最初の昂揚期。 1981年エジプト、サダト大統領がジハード団に暗殺される。そこに連座したアイマン・アル=ザワーヒリは出獄後アフガニスタンに渡り、ビン・ラーディンと同盟してアル=カーイダを結成した。「イスラーム国」はこの流れを汲む。アル=カーイダが果たせなかった領域支配を、イラクとシリアの周辺地域で確立しかけている。
    ④1991年 湾岸戦争と米国覇権
    米主導の多国籍軍が、イラクをクウェートから排除。米国一極支配による覇権秩序の定着が進む。
    ⑤2001年9・11事件と対テロ戦争
    ブッシュ政権はアル=カーイダに活動の場を与えていたアフガニスタンのターリバーン政権の打倒に続き、2003年にはグローバルジハード運動と直接関係のないイラクのフセイン政権の打倒に踏み切る。フセイン政権の崩壊後、再生したアル=カーイダは、2006年「イラク・イスラーム国」を名乗るようになり、イラクでの反米・反政府ジハードは「異教徒」や「不義の支配者」と闘う、という従来のジハード論に加えて、シーア派を背教者として断じてジハードの対象とする、宗派主義の要素を持ち込んだ。
    ⑥2011年「アラブの春」とイスラーム国の伸張
    各国政権の崩壊は「イスラーム国」の構想に威信と信憑性を帯びさせ、活動の場を開いた。 ⑦2014年「イスラーム国」の伸張
    新たな分水嶺。
    これにより、複雑な中東の近現代史の流れの中で「イスラーム国」の出現の歴史的意味合いがよく理解できるようになった。楽観的でもなく悲観的でもなく中東の現在を見つめていく手がかりになるだろう。
    「アッラーの道のための」という目的にかなった戦闘をジハードと捉え、それへの参加がイスラーム教徒一般に課された義務であるとするのは、イスラーム法学上の揺るぎない定説だという。近代のイスラーム諸国は、このジハードの義務の概念を、国家による統制下に置こうとしたが、自分たちが植民地支配や従属的な立場に置かれていると判断するものは統制を無視する。
    イラクとシリアに現れた「イスラーム国」という集団のジハード論、メディア戦略などの分析も鋭い指摘に満ちている。その主要な宣伝媒体雑誌『ダービク』で展開される彼等独自の論理はイスラーム啓典や教典から導きだされるが、現代の国際社会の規範を大きく逸脱する内容に付いて世界のイスラーム法学者の反応を著者は問いかけている。
    そして現在、行われている殺戮を「イスラーム国」が「正当化」する法学解釈の根拠や論理展開に正面から反論する学者が出てこなければ、過激思想を正当なものと見なす次世代が育ちかねないと危惧している。そしてイスラーム世界にも人間主義的な観点から宗教テキストを批判的に検討し、諸宗教間の平等や宗教規範を相対化する姿勢を取り入れたイスラム教の宗教改革が求められる時だとしている。
    今後、イスラーム法学者がどのような方向を導きだすのか注目したいし、著者がその周辺情報をもたらしてくれることを期待する。
    新書版でありながら、含まれている内容は重い。(文春文庫)
    追記:「イスラーム国」による人質問題がマスコミで連日取り上げられ、夥しい報道がなされた。2月1日の「週刊BS-TBS」(夜9:00ー10:54)には池内恵氏が出演して、様々な分析を述べたが、今までなされた多くの報道の枠を超える明晰さに満ちたものだった。
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    NPO ROMAFEST JAPAN主催:4回ロマ・ジプシーシンポジウムのお知らせ
    日 時 前期 2015年2月8日 (日)15:00~  NYC小 ホール 第4回 前期シンポジウム
        後期 3月6日(金)18:00~  NYC大 ホール 第4回 後期シンポジウム
                    *NYC: 国立オリンピック記念青少年センター
    インド、トルコ、マケドニ ア、ハンガリー、ルーマニアの5カ国よりジプシーアーティストを招聘し、ジプシーの芸術文化を展示紹 介、ジプシーダンスや音楽のワークショップに加えてROMAFEST活動報告会、そしてジプシーに関する研究 発表また、シンポジウムと並行して、ジプシーダンスフェスティバルも同時開催。
    当HP「ジプシーのうたを求めて」で好評を得ている連載コラム「ジェレム・ジェレム便り」コーナーの執筆者市橋雄二氏が2月8日のシンポジウムに出席します。詳細は ロマフェストジプシーフェスティバルコンサート
    を参照してください。
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