2016年3月アーカイブ

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     本作は、イスタンブールの魅惑的な音楽シーンを描いた映画『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール』(2005年作品。日本公開2007年)を撮ったファティ・アキン監督による最新作である。<クロッシング>は都会のそこかしこに聞こえる新旧文化の入り混じった音楽とそのプレイヤーを丹念に追い、小品ではあるがフィールドレコーディングのドキュメンタリーの域を超えた音楽映画として楽しめた。
     本作は、アルメニア人ジェノサイド(集団虐殺)という歴史上の事件を題材に1915年から8年にわたる父親による娘探しの物語を、トルコからシリア、レバノン、キューバ、アメリカと大陸を跨ぐ5つの場所を舞台に描く、まさに大作である。資金面を含め完成まで7年を要したのも理解できる。何と言っても映像が素晴らしく圧倒的なスケールに打ちのめされた。そこには軍服のボタンの有る無しを調べ上げるという精緻な時代考証にもとづくプロダクションにこだわったアキン監督の完全主義者ぶりが遺憾無く発揮されている。主演のタハール・ラヒムも自然体の演技で映画の成功に大きく貢献している。
    日本での公開はミニシアターが中心であるが、このような映画こそ大きなスクリーンで観てみたいものだと思う。しかし、映画の中には斬首による処刑シーンがあり、ここは主人公ナザレットが奇跡的に一命を取り留めることになる重要な場面で、その映像は決して残忍さを強調するものではないのだが、日本人ジャーナリストがまさに同じ方法で犠牲になった直後とあっては、いかに作品に力があったとしても大規模な公開は今の日本では困難だろう。
    この映画が描いているのは、危害を加える側の人間にも他人を思いやる気持ちがあり、普段は善良な人間であっても状況によって加害者になってしまうという人間が抱える善悪の二面性である。このテーマは全編にわたって様々な出会いの場面で描かれる。
    本作はまたトルコ系ドイツ人の監督が初めてアルメニア人ジェノサイドを取り上げたことでも話題となった。アルメニア共和国政府が犠牲者150万人と主張しているのに対して、オスマン帝国の後を継ぐ現在のトルコ共和国政府は集団虐殺を公式に認めておらず、両国が対立している背景があるためだ。
     最後に、音楽を担当したアレクサンダー・ハッケについても触れておきたい。ドイツのインダストリアル・ロック・バンド<アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン>のメンバーで、世界的に活躍をしているミュージシャン、ヴォーカリスト、プロデューサーである。<クロッシング>にもイスタンブールの音楽を録音して歩く本人役で主演しており、アキン監督とは強い信頼関係で結ばれているようだ。劇中何度も重厚なギターのディストーション・サウンド(歪んだ音)が使われるが、映像と見事にシンクロをして画面の力強さを生んでいる。
    それとは対照的に、主人公の妻が口ずさむアルメニアの伝統的な歌「ジャノイ(愛するあなた)」が、叙情的なシーンで効果的に挿入される。調べてみると、もともと結婚式で親族が半円形に並んで踊りながら歌う歌で、詩の英訳からは、嫁がんとする花嫁が空を飛ぶ鶴に呼びかけて幸せを祈る歌であると読める。そういえば劇中に空を飛ぶ鶴を主人公の娘が見上げるシーンがあった。その時はこんなところでなぜ鶴が、と思ったが、アキン監督の心憎いばかりの演出だったのかもしれない。エンディングに流れるハッケのアレンジによる長いイントロから始まるバージョンもいい。
    (市橋雄二/2016.3.5)
    渋谷アップリングにて 3月15日まで上映 (1日1回15時50分から)
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    謎解き風西部劇であり、徹底的にタランティーノ独特の映画作りにこだわった異色作だ。舞台設定は南北戦争直後のアメリカ・ワイオミング州。吹雪に立ち往生した8人の男女が荒野の一軒家でくり広がる惨劇が謎解き風に展開するが、前半は冗漫で、饒舌でこの辺りもタランティーノ風。懸賞金稼ぎ屋で捕らえた罪人は絞首台に送る心情を持つ男、彼に連行される女性凶悪犯、元北軍兵士の黒人賞金稼ぎ、絞首刑執行人、元南軍の老将軍・・・・。
    互いに因縁深い老将軍を黒人賞金稼ぎが射殺する事件に発展するが、その際、部屋に置かれたコーヒーポットに誰かが毒を盛る。この辺りからにわかに緊張感が高まりタランティーノの世界が次々に繰り広がられ、映画でしか表現できない不可解・不条理な血にまみれた殺戮シーンがこれでもかと続く。
    ここには、文学性、抒情性、情緒、美学などの概念を突き抜けた B級映画の到達点があり、それは通俗性とは別の超通俗性とでもいうべきものだ。超怪作「マッドマックス怒りのデス・ロード」に通底する無意味性を感じ取るものもいるのではないか。
    黒人賞金稼ぎの男が所持しているリンカーンからの手紙が小道具として生きているが、この設定に通俗性臭が匂うのがご愛敬か。それほど日常性から脱却させてくれる映像世界で、たっぷりとした満足感に浸れる3時間である。
    俳優陣は皆、とても良いがサミュエル・ジャクソンが存在感で圧倒的であり、紅一点ジェニファー・ジェイソン・リーが徹底した汚れ役で面白い。 音楽がエンニコ・モリコーネなのであり、この辺りのタランティーノのセンスが嬉しい。 美術監督・種田陽平が「キル・ビルVol.4」以来、久方にプロダクション・デザインを担当しているのも注目。
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