2016年9月アーカイブ

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    パキスタン東部ラホールに生まれた「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」という音楽集団の思いや苦悩をドキュメントした記録である。
    1980年代の軍事独裁下で歌や映画などの芸術・芸能活動への締め付けが強まり、00年代に入ると「音楽はイスラムに反する」と主張する過激派が台頭し、ますます音楽家などは生活すらも困難な状況に追い込まれていった。過激派などのテロも横行していた。パキスタンに脈々と伝わってきた伝統音楽が失われようとしていた。
    こうした閉塞状況を打破すべく結成されたのが「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」である。メンバーたちはイスラム社会に宿る、芸能者への賤視・差別に苦しみながらも世襲する音楽家としての喜びや誇りを捨てられずにいたのだった。
    そんな時に、あるジャズ愛好家の呼びかけで、彼らはジャズとの融合を目指す大胆な試みに挑戦した。彼らが肉体化してきた伝統音楽に新たな命を注入して今に生きる芸能に変貌するために、即興演奏という音楽的本質を共有するジャズとの共生・融合を目指したのだ。
    メンバーたちの音楽的熟練は高く、彼らのリハーサル風景のカットが積み重ねられるが、何気なく奏される超絶的技巧のオンパレードに舌をまく。世襲されたプロ集団の凄さを実感するシーンが楽しい。特に、竹の笛バーンスリーを奏するバーキル・アッバースの至芸には刮目。
    ジャズの名曲、デイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」をタブラ、バーンスリー、ハルモニウム、ドーラクなどの伝統楽器が奏でるシーンでは、音楽の無限の可能性を暗示させ感動が漂う。思わず、50年近く前にジャズ喫茶に入り浸っていた時代が蘇る。
    そして、ついに彼らはリンカーンセンターでウィントン・マルサリス&ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラとの共演が実現する。
    映画的にはハイライトであり、事実、大きな成功を収めたが、これからが彼らの真の挑戦だろう。海外での成功をバックに、逆輸入的にラホールでのコンサートがラストシーンだが、過激派や、保守層の政治家や宗教者たちの厳しい視線の中で、楽観は許されない。ただ、このドキュメンタリーで証明されたパキスタンの伝統音楽家たちのしたたかなまでの柔軟性や優れた適応能力が今の時代の閉塞性を打破してくれることを祈りたい。
    監督はパキスタン人のシャルミーン・ウベート・チナーイ。女性への暴力や差別などを短編でアカデミー賞を2度受賞した経歴を持つ。
    「蛇足」
    1990年代に中国少数民族の民間芸能を現地で撮影する仕事をしていた時、あるイスラム系の村を訪ね、村に伝わる歌などを記録していた時に、歌の上手い女性がいるとのことで、自宅を訪ねて歌を歌ってほしい旨伝えたが、強く断られたことがある。人前で歌を歌ったことが、夫に知られたら、即、離婚されてしまうというのだった。結局、村の物分かりのいい幹部の計らいで、村から離れた山の斜面で撮影できたのだが、イスラムの世界の芸能のあり方についての貴重な体験だった。イスラムと音楽芸能の複雑な関係は、この映画の底流を流れるメインテーマであり、容易には解けない難問が横たわっている。
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    1962年(昭和37年)〜63年9月の『中央公論』に」連載。1964年中央公論社刊。
    関白太政大臣豊臣秀吉と、その茶道の指南役、茶頭として仕えながらも、秀吉の政治顧問的な存在でもあった千利休という二人の緊張に満ちた人間関係を中心に当時の京都、堺などに生きた大名、茶人、能役者などとりわけ古渓、石田三成、秀吉の弟、秀長、などなど実在の人物から架空の人物まで登場させ、縦横無尽に桃山時代の空気そして日本人の心性を描写し尽くした歴史小説である。
    秀吉と利休の虚々実々の心理的な緊迫度は読むものの胸を締め付けるような切迫感があり、ついには利休の切腹という悲劇的結末を迎えるのである。描かれた時代は天正16年(  1588)晩春から19年2月まで、利休晩年の3年間に焦点を絞り、作者の歴史観、哲学、美意識の全てを投入した野上文学の頂上に位置する傑作である。
    利休は1522年に堺の魚問屋の長男として出生。少年時代から茶道に精進し、16歳でひとかどの茶人となり、やがて宗易と号し、また利休の居士号を得る。信長が堺を制圧すると、利休は信長の茶頭になり、本能寺で信長が横死した後、天下を掌握した秀吉の茶頭として仕えた。
    二人の間柄は、君臣であると同時に師弟であったが、秀吉の利休に対する信任と傾倒は篤く、政治の分野までも、秀吉の相談に乗り、奉仕した。それが、天正19年2月28日、秀吉の命によって利休は自刃し、一条戻橋のたもとで獄門にかけられる。
     たまに見るNHKの大河ドラマ「真田丸」に秀吉と利休が出ていたが、秀吉の描き方は少なくとも野上の描いた秀吉像が出発点だったと分かるのだ。それほど秀吉の人となりは感情の起伏の激しさ、生まれに対する負い目とひがみ、利休に対する憧れと反発など、野上の秀吉像の影響度の大きさを実感する。
    利休の心理面に対する洞察と推理はその深さ、幅の大きさにおいて驚きの認識力を示し、茶道とその周辺の描写は一点の狂いも見せず、すべての叙述が利休の人物像の内面に深く届く美的感性に満ちている。
    加えるに、庭の四季に応じたみずみずしい木々の描写、山々の姿、小鳥の声、物売りの声、堺の街に流れる商人たちの体臭までが細密画のように、周到に全編に散りばめられる。
    『‥・・宇野千代も円地文子も瀬戸内寂聴も、この人の慎ましさにはまったく頭が上がらなかった。上がらなかっただけでなく、慎ましいにもかかわらず、その教養の深さと広さと速さの相手をつとめる者なんて、もう誰もいなかった。たとえば能や謡曲については、白州正子ですらお孫さんのような者だった。・・・』(『松岡正剛の千夜千冊』)
    古今、幾多の学者たちが、利休研究の最大のテーマの死因にかなり迫りながらも、学問としての史料探索の限界などから生じる、真相を覆う深い霧を払拭できない歯がゆさを、この小説は虚構ゆえに生み出す強靭な説得力と明晰な知性で歴史的真実に限りなく近づき得たのではないか。それほど、この小説を読んでいる最中は、利休は実在し、秀吉も実在していたのである。
    新潮文庫版の解説者の水尾比呂志がこの小説について作者に直に話を聞いたところ、最も苦心したことは、当時の生活風俗の具体的な細部の描写だったという。確かに膨大で周到な資料調査がなされ、さらに虚実皮膜の撒餌が散りばめられて、初めて成立した歴史小説であり、日本文学が到達した至高の峰であろう。
  • 「シン・ゴジラ」〜日本列島の現実を反映

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    1954年に映画化され、誕生したゴジラは当時のアメリカによる太平洋上のビキニ環礁の水素爆弾実験によって生み出された怪獣であり、シン・ゴジラは厖大な放射能廃棄物の海中投棄による影響で生み出されたとされている。
    もちろん、日本列島を襲った東日本震災の未曾有の体験もこの映画には明らかに影を落としている。津波と原発のメルトダウンが引き起こした列島の混乱と絶望。
    ゴジラの最初の登場には不意打ちを食らったような戸惑いが生じた。丸いガラス玉のような眼と赤色の体がユーモラスな印象さえ与えるほど。間も無く進化したゴジラは2倍の体となり、体から放射能の熱を赤々と発し、ゴジラそのものの造形であり、その佇まいには様式美のようなものさえ感じてしまうほどだった。
    ゴジラの出現で右往左往する日本国家の権力機構が割合、冷静に表現され、首相以下、皆等身大の人間として描かれ、特別、超人的、スーパーヒーローが登場するのでもない。そしてアメリカに対するイメージも、首相のセリフに象徴されるほろ苦い現実を映し出す。 唯一、主人公格の若手政治家がこれからの日本はゴジラと共存していかなければ・・・というセリフが今の日本列島の現実を反映する言葉として、妙にリアルだった。
    ゴジラはメルトダウンした福島の第一原子力発電所そのものであり、10万年単位で放射能廃棄物の管理をしなければならないという、超歴史的命題に直面する日本を象徴する存在になってしまった。ゴジラ映画として面白く見ることもできるが、相当に深刻な問題点が内在する怖くて恐ろしい映画である。
    ゴジラが東京の中心部を次々に破壊していく様は、なぜかカタルシスを覚えるほどの快感体験だ。高層ビル群にジャンプするようになぎ倒していくシーンは、人間の破壊願望がかくも根深いのかと思わせるものがある。このくらい徹底的に破壊尽くさなければ、次の日本列島再建はありえないくらい日本人の抱える宿弊は深いのか。それにしても破壊マシーン化したゴジラの姿に漂い始める憂鬱そうなイメージはなんだろう。観客の思いがゴジラに感情移入されたのか。
    ゴジラは時限ある凍結状態になり、一応の決着を見るが、本質的な解決と思える駆除ではない。 そこには次回作への強い暗示がある。
    この映画の最大の見ものはゴジラの圧倒的な造形美の見事さ。そしてラストのエンドクレジットに流れる伊福部昭のあのゴジラのテーマ音楽。この作品が海外に出て行った時の評価を聞いてみたい。
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