2017年9月アーカイブ

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    世界の映画作家の中でも特異な位置にいるジャームッシュの新作だが、彼独特の映画文法はさらに練達の度を増し、ある種の孤高の境地に達したかに思える傑作だ。
    世界中に溢れかえる、あざといまでの手練手管を駆使しまくり、見るものの感性には無頓着な感動の押し売り満載の「大作」「問題作」「異色作」が氾濫する映画界の中では、内から湧き出る心性が掴み取る人生の一片こそが、人間の真実だという永遠のテーマを訴えつづけてきたジャームッシュの作品は映画の世界の絶滅危惧種と言いたいほど貴重だ。
    その表現は控えめで、含羞漂う静謐な空気感、そこはかと滲み出るユーモア、洗練され尽くした音楽の効能、練りこまれた会話などはジャームッシュ映画の本質を形成する要素だ。
    ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)と妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)の1週間の日常生活を描いたもので、特に大きな事件が起きるわけでもない淡々とした日常で、犬との夜の散歩、行きつけのバーでの一杯を繰り返す程度。
    日常性の繰り返しとその日常の中から紡ぎ出すように浮かび上がってくる日常の匂いみたいなものが曰く言い難いムードを醸し出す。それに上書きするように詩人でもあるパターソンの自作詩の文字と朗読の声が全編に通奏低音のごとく流れる。
    この映画の無調にも思える画面にかすかなさざ波を立てるのはバーで会う離婚話に悩む男と街の道で出会うシーンの会話と偶然出会う日本人の詩人(永瀬正敏)との会話である。この2つのシーンには人のふれあいによる魂の発熱のような暖かいものが伝わりジャームッシュの志向するものが垣間見える。
    誰でも感じることだろうが、全編に小津安二郎的なものが流れている。静かなカメラの動き、画面の構図、そして普通の日常に対する異常なこだわりなどが基調音として流れている。
    不思議なことだが、この映画をみて、日本の詩人、杉谷昭人の詩集「宮崎の地名」を思い出した。彼の言葉「私たちは自分たちの足元を毎日ゆっくりと耕しつづけていく以外に、自分の世界を手にする方法はないのだ。世界を我が物にしえたのは、毎日を平凡に、しかし誠実に生きている無名の人びとだった。・・」
    ジャームッシュの世界には、人間の日常性の中から掬い取るものの中にのみ、物事の本質を掴み、現実を我が物にする手がかりがあるのだというメッセージが力強く流れている。       
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     クストリッツァ監督の作品は音楽もまた楽しみの一つだ。1954年生まれのクストリッツァ監督は旧ユーゴスラビアのサラエヴォで60〜70年代のロック音楽の洗礼を受けて育ち、その後映画の道に進んだが1994年以来<エミール・クストリッツァ&ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ(TNSO)>のメンバーとして精力的にワールドツアーをおこなう現役ミュージシャンでもある。
    そんな監督の音楽スタイルを決定づけたのは、1989年のカンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した『ジプシーのとき』で、70年代ユーゴ・ロックの旗手であり作曲家としても活躍するゴラン・ブレゴヴィッチを音楽監督に起用したことだった。
    ブレゴヴィッチはバルカン地方の民謡の旋律や民族舞踊のリズムにジプシー音楽やラテン音楽の要素を取り入れた独特のサウンドを生み出し、その後の『アリゾナ・ドリーム』(1993年)と『アンダーグランド』(1995年)でその音楽世界を確たるものにした
    1997年の映画『黒猫・白猫』(日本公開は1999年)ではTNSOのリーダー "ドクトル"ネレ・カライリチが音楽を担当し、テーマ曲「ジンジ・リンジ・ブバマラ」を作曲、TNSOが演奏した。
    彼ら独自の音楽スタイルはこの曲で一つの到達点に達し、アルバム『ウンザ・ウンザ・タイム』(2000年)に収録されると楽曲として一人歩きし始め、コンサートのクライマックスに演奏される定番のダンス・チューンとして観客を熱狂させるに至っている。
     最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』では監督の実子でTNSOのドラマーを務めるストリボール・クストリッツァが音楽を担当している。自らのバンドで活動するかたわら、2007年の『ウェディング・ベルを鳴らせ』以降、父親の作品に音楽担当として参加している。セルビア地方の「コロ」と呼ばれる2/4拍子の舞踊音楽とルンバをミックスした独特の高速ビートを「ウンザ・ウンザ」と称してTNSOのコンセプトにしたのはストリボールだとも言われている。本作で流れる音楽には既存曲も一部に使われているがオリジナル・サウンドトラックも実に多様で素晴らしく、「ウンザ・ウンザ」以降のストリボールの成長を感じさせるエモーショナルな楽曲を含めて音楽だけでも十分楽しむことができる。
    なんとかCDで聴けないものかと思いサウンドトラック盤を探してみたが日本盤はおろかインターナショナル盤も発売もされていない。世界最大と言われる音楽専門のマーケットプレイスサイトでようやくセルビア盤を見つけ注文した。送られてきた紙ジャケットのCDを見ると発売元はRasta Internationalと表記されている。これはクストリッツァがセルビアのベオグラードに設立した映画制作会社だ。つまり、制作会社自らの自主制作盤ということになる。CDには箱型の打弦楽器ツィンバロム(セルビア語でツィンバロ)の静かなソロ曲、ブルガリアン・ボイスとして世界に知られる女声合唱曲、打楽器奏者としてのストリボールの本領発揮の大小のパーカッションを現代音楽風にアレンジした曲、セルビアのお隣のダンサブルなルーマニア民謡、ラテンの王様ティト・プエンテの演奏で有名なサルサの名曲、そしてウンザ・ウンザのノリのいい曲、哀愁漂うワルツ曲など実に多彩な全16曲が収められている。セルビア語(ロシアのキリル文字を使用)で書かれたクレジットを読み解くと、演奏しているのはTNSOのメンバーとストリボールのバンドメンバーのほかルーマニア民謡ではルーマニア人のミュージシャンを起用しているのもわかる. また、本CDでは各曲フル尺で収録されており、テーマに続いて各楽器のソロを回すジャズの流儀なども聴いていて楽しめるものになっている。自主制作盤にしておくには惜しい1枚だ。
     映画では白黒のテレビ画面からユーゴスラビア時代の懐メロが流れるシーンがある。映画パンフレットからSilvana Armenulicの "Sta Ce mi Zivot"という曲だとわかったので、今度はiTunesで単曲購入してみる。オリジナル発売は1966年。ジャケットにはユーゴ版いしだあゆみといった風情の女性歌手が写っている。この地の民族楽器タンブリッツァと思しき弦楽器のイントロから始まるマイナーコードの気だるい歌声が実に心にしみる。充実したオリジナル・サウンドトラック群の中でキラリと光るこの1曲がさらにドラマに奥行きを与える効果をあげている。
    (市橋雄二/2017.9.10)
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