2018年2月アーカイブ

 
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    金子兜太さんが亡くなった。巨星墜つである。余人に計れないような広大な内面世界の所有者で表現世界の幅も深さも並外れていた。批判も、賛同もかかえ込む巨大な精神の所有者でもあった。 小沢昭一さんが亡くなったときに読んだ句に、小沢昭一氏他界と題して
        正月の昭一さんの無表情
    というのがあり、小沢さんの内面のある部分をさらりと深く表現した句だった。
    (2013 朝日俳壇選者《新春詠》より)
     金子さんの死から間を置かずに大杉蓮さんが亡くなった。北野監督作品以降の大杉蓮さんの活躍は連日、テレビなどで報じているが、私には忘れられない大杉蓮さんの舞台がある。
    3~40年近く前、場所は忘れたが、倉庫を舞台に臨時改造した空間で太田省吾が主宰する劇団「転形劇場」の「水の駅」を見たのだった。当時「水の駅」の評判は一部の演劇ファンの間では神格化に近いものもあったようで、切符を手に入れるのに苦労した。
    幕が上がると、舞台装置は中央に立水栓がポツンと立っているだけ、音楽はエリック・サティの「ジムノペディ」が流れているだけでセリフは一切なしの無言劇・沈黙劇だった。上手から巨大な袋を背負った男が異常な程の遅いスピードの動きで舞台を横切っていくだけ。顔面は目の動き、瞬きもなく、次第に眼球から涙が滂沱と流れ出す。眼球の渇きと瞬きのなさで自然現象ででたのであろうが、緊迫感に満ちた2時間だった。この袋を背負って舞台を横切った男が大杉蓮だった。見た後はただ呆然で感想も浮かんでこなかった。後になると、様々な解釈や意味ずけが溢れそうだったが、なぜかあの時の皮膚感覚として感じ取った劇場の空間を大事にしたくてあえて封印したような気がする。大杉蓮さんの思い出である。
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