2019年7月アーカイブ

映画「天気の子」〜生の実感を掴み取る

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    前作「君の名は」から3年、期待される中での登場は作者にとっても相当のプレッシャーだったろうが、伸びやかで、奔放なイメージの飛躍は相変わらず切れ味よく飛翔し、新海世界の新たな地平を拓く代表作となった。
    高一の夏、離島から飛び出してきた帆高。生活は困窮し、孤独な日々は続く。心象風景のように東京は連日、雨つづき。そんな中、短い時間だが、晴れ間をつくりだす能力をを持つ少女・陽菜と出会う。次々と奇跡のように晴れ間をつくりだす少女にも、体の変調が現れる。消えて行った少女を救い出す後半の展開は息もつかせぬ緊迫感に包まれると同時に、RADWIMPSの音楽とのコラボが画面に高いヴォルテージをもたらし、稀に見る劇的空間を展開した。
    東京周辺は3年間、降り注いだ雨により、ほとんどが水中に埋没する世界へと変貌する。この回復不能に思える世界にいながら二人の少年少女は、なぜか希望を失わないように思える。地球規模での気候変動は現実のものだが、それとてもざっくり考えれば、水没した東京周辺は数百年以前の関東平野の状態に戻っただけかもしれないのだ。
    歴史的な視座の中に現在の少年少女を生かして、過去と未来を自在に交錯させながら、生の実感を掴み取るという新海誠の試みは一つの到達点に至ったのであろう。
    表現的な成果としては雨の描写が素晴らしい。非常にリアルでたとえは妙だが、黒澤明の「七人の侍」のラストの壮絶な雨中の決戦シーンを思い浮かべてしまった。それほど、雨のひとしずく、ひとしずくが粒立っていたのだった。魂は細部に宿ったのであった。
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    『戦後の日本人は、なぜ先の大戦の死者をうまく弔えないのか。なにゆえ今も、アジアへの謝罪をきちんと済ませられないのか。なぜ私たちは、占領軍に押しつけられた憲法を「よい憲法」だと感じるのか。このような敗戦の「ねじれ」の前に、いま、立ちどまろう。そうでなければけっしてその先には行けないーー。』(「敗戦後論」カヴァー裏表紙より)
    第二次世界大戦の自国300万やアジア2000万の戦死者の弔いかた、憲法の「選び直し」などを問題提起して、大論争を巻き起こした本書は、著者死去(2019年5月16日)の現在においても、その検証の重要さはますます喫緊の課題になってきている。目下、泥沼化している日韓関係の要諦も加藤の提唱した課題が未解決のままであることに起因しているのではないか。
     本著の誕生は1994年、5回にわたり東京新聞に連載され、戦後の問題を整理して執筆する機会を与えられたのが契機である。その後1995〜97年の3回にわたり、さきの論点を足場にする形で、「敗戦後論」と「戦後後論」の二つの論考が立ち上がった。
    「敗戦後論」は政治篇、「戦後後論」は文学篇、これらをつなぐ蝶番の論が「語り口の問題」と整理された。
    「敗戦後論」は憲法の問題、天皇の責任問題、戦争の死者について論じられ、世の中に強く論争を喚起したのだった。
    加藤は、戦後日本の核心は「ねじれ」(戦争に対して自分たちに義がないという矛盾やジレンマ)であり、右派も左派もそこにゴマカシがあることを見抜いたのであった。「ねじれ」のままに生きるには、押しつけられた憲法を自ら国民投票で選び直し、天皇の戦争責任については認めるべきとし、対外的には、侵略戦争をした戦死者とのつながりを引き受けないと、アジア諸国にも謝罪できないとして、「300万の自国の死者への哀悼をつうじてアジアの2000万の死者への謝罪にいたる道」を編み出すべきだと主張した。この道が編み出されなければ「ねじれ」から回復する方途はないとした。
    そこには長年にわたる対立が横たわっていた。まず他国の2000万の死者への謝罪をという、旧護憲派の流れをくむ主張と、いや自国の為に死んだ300万の英霊の哀悼をという、旧靖国法案推進派の流れをくむ主張との対立である。
    加藤は「ねじれ」からの回復を図る手がかりとしたのが、作家の大岡昇平であり、戦後においては太宰治の生き方であった。
    大岡昇平が「レイテ戦記」で、自分がその一員であってもよかった「死んだ兵士たち」への哀悼からはじめることで、それがそのままフィリピンの死者への謝罪につながる道であることを証だてている。大岡と他の日本人との違いは、日本人の多くがいつか敗者であることを忘れた後でも、ひとり大岡が敗者の位置を動こうとしなかったことである。敗れた後、「敗者」として新しい現実、この戦後を生きた人間、そうすることで、また新たな地平にたどり着くことがあり得ることを示した文学者はたぶん大岡昇平ただ一人だったと加藤はいう。
    太宰治については中国文学者の竹内好が書いている。
    「太宰治の何にひかれたかというと、一口にいって、一種の芸術的抵抗の姿勢であった。この評価は今から見ると過大かもしれないが、少なくとも当時の私の目には、彼だけが滔々たる戦争便乗の大勢に隻手よく反逆しているように映り、同時代者として彼の活躍に拍手したい気持ちになったのである。(「太宰治のこと」1957年)
    いまだに日本の政治・言論・思想をめぐる論争・主張・言説には加藤のいう「ねじれ」が厳然と横たわっていると言わざるを得ない。「敗戦後論」には大小合わせて300ほどの批判や言及があったという。上野千鶴子が「あれだけ評がたくさん出た本はなかったけれども、あれだけ評判の悪い本もなかった。」と回顧しているほどだ。(「現代思想」2001年11月臨時増刊号)
    そのことは、いかに「敗戦後論」が日本社会の硬い岩盤に深く突き刺さったかを証明し、巻き起こった反発の大きさもそのことの裏返しなのだろう。
  • 映画「ゴールデン・リバー」〜極上の西部劇

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    思いもよらない展開と人間彫琢の深さにおいて極上の西部劇である。
    黄金を見分ける化学式を見つけた化学者、一帯を支配する権力者の依頼で、それを奪おうとする殺し屋兄弟と連絡係の4人が中心人物。特にシスターズ・ブラザーズという殺し屋兄弟を軸に予測不能の物語が展開する。
    黄金に魅せられた4人は立場を超えて手を結ぶあたりから、人間ドラマとしての色彩を増し、人間の業や家族・兄弟とはという本質的な命題を問いかける重層的なドラマ展開になる。それでいながら、テンポ感は軽妙で、シニカルな味も忘れない。
    圧倒的なのは兄弟の兄役のジョン・C・ライリーの存在感溢れる快演だ。無敵の強さを誇るが、見た目に反してロマンチスト、西部男の体臭を撒き散らしながら、歯磨きにこだわり、並外れた女性崇拝者などの多面的な人物像を立ち上げた。
     監督は、原作に惚れ込んだライリー自らが映画化権を獲得し、依頼したジャック・オーディアール。フランスを代表する名匠だが、初めてハリウッド俳優を指揮し、ウェスタンという新分野においても無限の才能を示した。
    原作はパトリック・デウィットの「シスターズ・ブラザーズ」。ヴェネチア映画祭を始め数々の映画祭で受賞を重ね、世界各国のメディアから全く新しい傑作との呼び声が高い。
  • 映画「新聞記者」〜緊迫のラストシーン

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    昨今のメディアと権力機構との不可思議な関係を不安な気分で眺めてきたものにとっては、久しぶりに胸の支えがおりた気分にさせられる映画の登場である。海外の映画ではウォーターゲート事件などを暴くジャーナリストの映画など枚挙にいとまがないのにである。東京新聞の望月衣塑子貴社の原作を原案にしている。望月記者は官房長官の記者会見で執拗に質問を重ね、官房長官からあからさまな反発と無視を受けながらも、退却することなく、記者としての矜持を保持し続けているつわもの記者である。
    東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに大学新設計画に関する極秘情報が匿名ファクスで届き、調査をはじめる。一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃季)は、現政権に不都合、不利益なニュースのコントロールという任務と己の信念との葛藤に悩んでいた。その後、尊敬する昔の上司・神崎と再会するが、その上司は数日後ビル屋上から身を投げる。
    吉岡は日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、記者になったという設定である。取材する側とされる側の二人が交差することにより、ダイナミックな展開を示す。そして緊迫のラストシーンの意味は?
    この映画の特質はシム・ウンギョンの特段の存在感だろう。訛りのある日本語ながら、微妙に変貌する眼差しと身に纏う屹立感が際立っている。さらに杉原役の松坂桃季も素晴らしい。抑制された表情の裏側に垣間見える真情をうかがわせ、権力機構の中の人間の苦悩を表出した。
    こうした作品がこれからも作られることを切望する。 ここからは想像の範囲だが、吉岡の役は日本人の女優で考えられていただろう。適役な女優はいくらでも思い浮かぶが、映画の内容から、辞退者が出たのだろう。いわゆる時の権力に対する忖度が十二分に働いたのであろう。そうしたことを考えると、映画館には私の予想を超えた観客がいたことは、救いでもあった。監督は藤井道人。製作は「かぞくのくに」(11)「あゝ荒野」(16)「愛しのアイリーン」(18)などに携わった河村光庸。
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