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    <title>ジプシーのうたを求めて～gypsy trails</title>
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    <subtitle>ジプシーの出自(ルーツ)と地球上への拡散</subtitle>
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り31》～ロマ、スィンティ、カロ：ブラジルの現実（その２）</title>
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（編集部）黒人の日（11月20日。黒人奴隷制度の抵抗運動のリーダー、ズンビの命日にちなんで制定されたブラジルの祝日）を祝う上院の特別集会でロマ・コミュニティ代表のM.ケイロス女史がブラジルには800のロマの居住区があり、そこでは出生証明書すらもらえないことから、＜隠れブラジル人＞となっている現状を声高に訴えました。様々な民族集団や人種の人々が人権を求めて闘っている現状からすると、原住民、黒人、あるいは他の民族運動と連携することはないのですか。<br>

（ゲルパ）私はいつもブラジルには60万人のロマがいると言っていますが、推測の域を出ません。ブラジル政府はわたしたちがどういう民族でどのくらいの人口があり、どこに住んでいるかを把握していないのが現状です。ケイロス女史は確かにいくつかの居住地を訪れていますが、全体像を詳しく語れるほどではありません。実際政府がソウザの町を訪れたとき、その周辺にロマが住む場所がたくさんあることを誰も言わなかったため、そこまで足を伸ばさずに終わりました。マリスポリス、オレベ、サン・ジョアン・ド・リオ・ド・ペイシェ、パトス、パウ・デ・フェホなどです。先ほど言った通り、政府はわたしたちがどこに住んでいるかを知らないばかりか、さらに悪いことに、知らないふりをしています。<br>
もっと言えば、ブラジルのロマたちの所在が特定されることは今後もないと断言できます。それは多くのロマが自分たちの素性を明かしていないためです。ロマの文化は何世紀もの間排斥、不寛容、不公平、偏見にさらされてきました。ブラジルにおいても同様です。ブラジルのロマは身分証明書が手に入れられないほか、健康保険、義務教育、成人教育も受けられず、都市部でのキャンプ用スペースなど社会的・文化的に受け入れられることもありません。そして何よりも、伝統文化の継承に対する保障がありません。1562年（1574年という説も）以来ブラジルに住む人々の習慣と文化遺産であるにも関わらずです。<br>
ということで、他のコミュニティと連携できるのはそこで論じられるテーマが共通する場合です。しかし、実際にはそうはいきません。みな独自の習慣を持っているからです。それぞれが直面している問題は無数にありますが、それらすべてを取り上げるわけにはいきません。理想ではありますが...。<br>

（ラマヌーシュ）さきほどお話した通り、＜ブラジル・ジプシー大使館＞の活動はその90％が文化的なものです。政治的に活動する場合もこの文脈においておこないます。確かなことはブラジルにはロマの人口の規模に関する信頼できる統計がないことです。あるロマの活動家は自分のコミュニティの人口を質問されると、数を増やして答えます。（そこには注意を喚起し、＜隠れた＞存在であることに対抗するための戦略があるのですが。）一方、政府の方は、ブラジル国家統計局による技術的に正確な国勢調査ができていない。さらに悪いことに、ロマを統合するための政策を俎上にあげなくて済むように、その数を少なく発表する傾向があります。ロマの権利に関して言えば、ロマと呼ばれる人々も他の人々と同じくブラジル国民であることを忘れてはなりません。<br>
ブラジルのロマ、特にカロン・コミュニティに属する人々は、下層市民として扱われています。近年、ロマは人種平等政治評議会(CNPIR)や伝統的民族およびコミュニティの持続的発展に関する国家委員会(CNPCT)といった機関に代表者を送り込んでいます。しかし、これら二つの機関は諮問機関に過ぎません。直面する問題のひとつは、教育機会の損失です。<br>

（ゲルパ）ジプシー文化支援研究センターは2007年2月に設立されました。私はCNPIRやCNPCTがロマの教育のためにおこなってきたことは知りませんが、ロマの教育について語る前にまずブラジルそのものの教育問題を議論すべきだと思っています。ロマの女性は手相から将来を読み取りますが、ロマの人々の将来は行政機関の手に委ねられています。そこでは認められることを待っている人々の社会参加を促し、基本的権利を行使できるよう努力をすべきです。いずれにしても時間がかかります。<br>

（ラマヌーシュ）＜ブラジル・ジプシー大使館＞は29年間活動を続けていますが、そのうち26年間は非公式に、残る3年間は政府系の人権団体と共に活動しています。これまでのところ成果としては次のようなものです。<br>
・	この13年間、サンパウロのいくつかの大学でロマ文化の歴史に関する公開講座と修士課程の講義をおこなっています。これはラテンアメリカにおいても先進的なプロジェクトです。<br>
・	ラテンアメリカで初めて自分たちの言語で本を出版しました。2009年にロマ単語集（ロマニ・スィンティ語の語彙と文法）、2011年にはスペインの国際ロマセミナーに参加した際にカロの言葉の演習本を出しました。<br>
・	スィンティ、カルデラシュ、カロンなどさまざまなメンバーを抱えているので、これらコミュニティ間の相違点について講演しています。<br>
・	差別や偏見を少なくするために文化の分野で展開してきたプロジェクトについて国際的な認知を得ました。アフリカ、スロヴァキア、フランス、スペインでおこなったロマニ・ロタ（「ロマの来た道」）という音楽と踊りのパフォーマンスプロジェクトでは、政府の支援がなくわたしたちの財源に頼るのみでしたので国の数はこれ以上を増えませんでした。<br>
・	2011年にはサンパウロ州の公認を得て、SESCという文化芸術機関の活動の一環としてロマニ・ロタの公演を行いました。これは2012年も続ける予定です。<br>
（市橋雄二/2012.5.18）
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り30》～ロマ、スィンティ、カロン：ブラジルの現実</title>
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    <published>2012-04-23T11:15:59Z</published>
    <updated>2012-04-23T12:07:39Z</updated>

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移民問題を専門とするドイツのオンライン雑誌が、ブラジルのロマ社会を代表する二人にインタビューをおこなった。一人はジプシー文化支援研究センターの代表マルシア・ヤスカラ・ゲルパ氏、もう一人はNPO団体ブラジル・ジプシー大使館＜フラリペン・ロマニ＞の代表ニコラス・ラマヌーシュである。 <br>

（編集部）ブラジルにあるロマの三つのコミュニティ、すなわちロム（旧ユーゴスラビア、セルビア及び東欧諸国出身）、カロン（スペイン、ポルトガル出身）、スィンティ（ドイツ、イタリア、フランス出身）について、共通点、相違点は何ですか。<br>


（ゲルパ）ロマ社会の構成員は同質ではなく、言語、生業、文化、社会の面で違いがあります。インターネット上にはロマに関する情報が数え切れないほど上がっていますが、すべてが真実ではありません。多くは様々に説明しようと試みているのですが、根拠に乏しく、ロマに関するイメージは15世紀以降ステレオタイプや民間伝承の形で定着しました。あるときは情緒的な、あるときは注意を喚起するような語り口で、現実と空想が入り混じっています。<br>


（ラマヌーシュ）ロム、カロン、スンティは一様に＜ロマ＞を自称します。一方で、これらのコミュニティに属する個人は、それぞれ自分たちこそが本当のロマだと言います。他のコミュニティがロマであることを認めないのです。このことはロムであっても、カロンであっても、スィンティであっても、個人レベルではコミュニティの中でロマとしての意識を持っていることを物語っています。違いは様々で、ロマニ語の方言の違い、インドを出たあとに住みついた場所で後から身につけた文化的価値観の違い、インドを出る以前から有していたそれぞれのコミュニティの文化的特性の違いなどです。それではこれらの違いをひとつずつ見てみましょう。<br>

・	方言の違いが大きくロマニ語はいまだ標準化されていません。（ただし、1978年の国際会議でその必要性が議決されて以来、標準化の作業が続けられています。）<br>

・	定住地で獲得された文化的価値観は大きな違いを生みました。宗教を例にとれば、トルコのロマは多くがイスラム教に改宗しました。ギリシアに住みついた人々はカトリックやギリシア正教に、そしてアメリカ大陸に到達した人々はプロテスタントに、という具合です。ユダヤ人ならユダヤ教を信仰するというのとは異なり、コミュニティ毎に信仰する宗教が決まっているわけではありません。<br>

・	インド時代に元来有していたコミュニティ独自の文化要素は、インド社会を身分階層に分けるカースト制から発しています。たとえば、結婚や葬送、寡婦の儀礼があります。主にカロンのコミュニティでは千年前のインドのカースト内でおこなわれていたものとほぼ同じ習慣がみられます。結婚は相互の両親の間で契約として取り交わされる、葬儀では故人の持ち物はすべて燃やされる、寡婦は生涯喪に服さなければならない、などです。<br>


（編集部）ブラジルに住むようになって以来、ロマの人々は彼らのコミュニティ間においてさえ差別されてきました。言葉も差別の要素のひとつです。ロマとスィンティはロマニ語を話す一方で、カロンはシブ・カレというロマニ語にスペイン語とポルトガル語が混ざった言葉を話しているといわれますが。<br>


（ゲルパ）ロマニ語はロマのオリジナルな言語ですが、インド起源の言語であると同時にペルシア語、トルコ語、ギリシア語、アルメニア語、クルド語などロマが通過した国の語彙がたくさんロマニ語に加えられていることを知る必要があります。その証拠に、ヨーロッパだけでもおよそ６０の方言が話されていると言われています。私は、ブラジルでは、ロム・コミュニティのロマだけがいわゆるロマニ語を話しているとみています。その他のコミュニティの多くはカロを話しています。イベリア半島で話されている方言です。しかし、北部や北東部のカロは、ブラジルの南部や東南部で話されているものとは大きく異なります。ブラジルではロマニ語の語彙は保たれているが、会話ベースでは様々な変化が見られるということです。言語が失われつつあるということは残念なことです。<br>


（ラマヌーシュ）言語に違いがあり偏見が生まれるということは自然なことで、人間が本来持っているものと言っていいでしょう。たとえば、その人口が2億に達するブラジルのような国では、方言の違い（北東方言と南部方言）が偏見を生み出します。南部で話されるポルトガル語は北東部で話されているより正確なポルトガル語である、というような言い方がそれです。実際の会話は文法で評価することはできないのですが、その事実を知らないことが人々を偏見へと向かわせるのです。<br>
私の父親はフランス南部のサント・マリー・ド・ラ・メールで生まれました。父は第一次世界大戦の際の難民としてブラジルにやってきました。教養のある人でしたが、読み書きができませんでした。実際は四つの言語を話すことができたのですが、自分の名前のサインの仕方だけしか知りませんでした。しかし、私は父のことを教養のある人だと思っています。なぜなら、読み書きはできませんでしたが、自分の属するヴァルシュティケというスィンティの習慣や価値観を私に伝える術を知っていたからです。父にとっては伝統を伝えることこそが大事なことでした。<br>
ゆりかごのなかで身につけた伝統が、＜ジプシー大使館＞を設立する動機となりました。団体の定款で最大の目的はわれわれの伝統的価値観の支援、維持、普及であることを謳っています。そして、ブラジル政府のサポートがなくとも、社会の底辺に生き、なかなか差別から抜け出せないカロンのコミュニティに対する社会福祉サービスを提供してきました。※次号へつづく。<br>（市橋雄二/2012.4.22）<br>

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    <title>イラク戦争の実態を暴く・・・「ルート・アイリッシュ」</title>
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    <published>2012-04-06T00:14:24Z</published>
    <updated>2012-04-06T00:27:39Z</updated>

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「エリックを探して」で中年男の哀歓をコメディタッチも交えつつで鮮やかに描いたイギリス映画界の名匠ケン・ローチ監督がイラク戦争に対して痛烈な内省と批判を込めた作品を提示した。これまでも一貫して社会の底辺に生きる人間に共鳴し、テーマとしてきた制作姿勢はここではさらに深化し、より熟成を増したように感じられる。商業主義に左右される映画界にありながら、終始一貫,低い視線から人間を見つめ続ける姿勢を貫く精神に脱帽。 <br>
ルート・アイリッシュとは、イラクのバクダッド空港と市内の米軍管理区域（グリーンゾーン）を結ぶ１２キロの道路で米軍によるイラク侵攻以降、米軍や政府の要人を襲撃するテロが頻発したことから「世界一危険な道路」と呼ばれる道路である。<br>


主人公ファーガスは多額の報酬にひかれて民間警備兵として親友のフランキーを誘ってイラクにやってくるが、ファーガスの帰国中にルート・アイリッシュで親友のフランキーが無残な死を遂げる。その死因について当局の発表に納得がいかずに真相究明に乗り出す。
<br>
　
その過程からイラク戦争の実態である戦争請負業の存在があぶりだされてくる。それは軍から委託された民間軍事会社、「民間兵（コントラクター）」をはじめて描いた映画としても興味深い。この軍事会社は戦後の復興事業による特需までも視野にいれるハイエナ的企業である。軍需産業とともに現代国家が抱える深い闇だろう。<br>


イラクに派遣された民間兵がテロの恐怖に過度におびえ、ふとしたことから民間イラク人を次々と殺戮していくアリ地獄のような世界を当時の生々しい実写を交えながら、戦争の不条理を浮かび上がらせる。現在と回想を鮮やかに交えながら、ケン・ローチ監督は無二の親友を失った喪失感に苦しむファーガスの内面も描くことを忘れない。ファーガスの切迫感にあふれた表情と野卑な言葉使いが一層、彼の内面の焦燥感を際立たせる。演出の冴えとこれが映画初出演のテレビ俳優マーク・ウォーマックの好演が光る。<br>

戦争の暗黒と人間の内面を分かちがたく描きつつ、映像表現は誠実でてらいがない。そこではイラクの人々への視座も届いている。サスペンス風な展開から現実世界の闇に切り込み、悲劇的な結末に至る展開には現実世界の揺るがない暗黒に抗するケン・ローチ監督の痛切な思いが宿る。<br>

同じくイラクの戦闘を描いたアメリカ映画「ハートロッカー」がイラク（人）をただの背景大道具のように「処理」したのに比してケン・ローチのまなざしのなんと苦悩に満ちたものであることよ。
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    <title>情熱と狂気～作家の業の深さ：「表裏井上ひさし協奏曲」――西舘好子　</title>
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    <published>2012-03-27T23:27:15Z</published>
    <updated>2012-04-20T05:09:04Z</updated>

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<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html"><em>トップページへ</em></a><br>

井上ひさし前夫人、西舘好子による井上ひさしとの２５年に及ぶ壮絶な生活回想記。とにかく一気に読ませる筆力はたいしたものだ。手馴れたプロの文筆家では出せない直裁な表現と鋭敏な直感力で、複雑に屈折している作家の心の内側を鮮明に浮かび上がらせた。 <br>
元妻という視線で書き上げられた文章は好子氏側からの一方的な見解で、そうしたバイアスがかなりかかったものとして、割り引きながら読んでもやはり相当屈折したこころ模様である。しかしながら、ひさし氏が生きており、反論を書けば、１８０度違った様相を見せるかもしれない。<br>

井上ひさしは東北生まれ、強烈な個性を持つ母親マスから生まれ、孤児院へ入る複雑な出自を背景に抱き、好子は東京下町のかもじ職人の娘で、チャキチャキの江戸っ子というそれぞれが両極端のバックグラウンドを持つことから生じる亀裂は次第に修復不可能になっていく。<br>

井上ワールドは湿気のある情緒、義理人情を拒否する乾ききった笑いが底流にあり、好子が育った江戸情緒を伝える人情、抒情で繋がる人間関係を否定し、認めないところが出発点みたいなものだ。出会い当初からしばらくは互いにないものをもった相手に新鮮なものを感じながら、次第に相容れない互いの本質がぶつかり合う。<br>

　　別れる直接の原因と思われるひさし氏の好子氏への壮絶なＤＶ行為は人間の業の深さを思わせ、暗澹とするし、そうしたデモーニッシュなものを抱えた内面のみが生み出すことが可能な作品群なのかと思うと文学とは何なのかと思う。一将功なりて万骨枯。<br>

しかしながら、読後は後味が悪くないのは何故なのか。好子氏のひさし氏を見る目は澄んでおり、雑念や不純な思いで曇っていないのが救いだ。どろどろした怨念のようなものが感じられない。<br>

芸術至上主義を貫くひさし氏と彼の遅筆から起こる経済的、道義的、世俗的な深刻な影響は各方面に及んでいる。(私も)仕事の中で、接点をもった人々も数人おり、当時を思い出しながらの感慨にもふけったのである。
<br>
まず、五月舎の本田延三郎氏。
「井上さんの演劇界での恩人を挙げるとすれば、一も二もなく本田延三郎さんだ。彼の制作による演劇が、井上ひさしの演劇界での地位を決定付けたといっていい。」（２３５Ｐ）
本田氏が渋谷に創設される西武劇場（現パルコ劇場）のこけら落としの芝居に井上を起用しようとしたのだ。そして名作「藪原検校」が生まれた。このとき経緯は忘れたが、当時レコード会社のディレクターだった私にレコード化の話があり、本田さんにお会いした。本田さん直接から話があったのか、人を介してかは思い出せないが、本田さんの奥行きのある人柄はすぐに伝わった。当時の演劇界の巨人だった本田さんだが、そんなそぶりは少しも見せなかった。高橋長英、太地喜和子、財津一郎、演出が木村光一という目も眩むスタッフだった。そして音楽は井上さんの実兄、滋氏がギターの生演奏出演。<br>

その本田さんが痛烈に打撃を受けたのが、本著にも出てくる遅筆による「パズル」の上演中止事件。（１９８３年）これにより多大の負債を背負ったようである。<br>

人気作家、井上ひさしの芝居は、プロモーターや観賞団体などからはドル箱扱いで、日程が決まれば、公演依頼が殺到する。なんども初日の幕が開かない事件を起こしながらも、上演に至れば、圧倒的な動員を実現し、劇評も好評だ。幕が上がらない事件を何度も起こすひさし氏に、脚本がすべて出来上がってから、日程などを決めればいいと他人は思うが、彼はテーマを決めた脚本依頼があり、芝居の日程が決まらないと書く気が起こらないという癖をもつ。絶望的な状況に追い込まれないと、書けないという生癖は、人から見れば笑ってしまうが、当事者たちは地獄を見る。初日が数日後に迫っても、台本ができず、俳優たちは急に膨大なセリフが回ってきても、覚え切れなく、舞台上でさらしものになるのではないかという恐怖感に襲われ、降板を申し出るものも出る。<br>

小沢昭一さんもひさし氏とは浅からぬ縁があり、主謀劇団、芸能座で井上書き下ろし作品「浅草キヨシ伝」「しみじみ日本・乃木大将」「芭蕉通夜舟」を上演したが、どれも締め切りに間に合ってない。このときは小沢さんとの「日本の放浪芸シリーズ」直後のことでもあり、芸能座の芝居をレコード化する作業を通じて、井上さんの遅筆に翻弄される小沢さんはじめ芸能座スタッフの困惑振りを見ている。
読み物としても面白いが、直木賞受賞や大手出版社や文壇世界の不可思議な閉鎖世界は側面史として、文学界、演劇界、新劇界の裏面史としても貴重な資料である。（出版：牧野出版）
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り29》～スウェーデン・ロマの少女の物語</title>
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    <published>2012-03-19T01:12:32Z</published>
    <updated>2012-03-22T09:33:29Z</updated>

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スウェーデン・ロマの作家カタリナ・＜カティツィ＞・タイコンの作品は時を経てもなおヨーロッパの多くの人々の心に残っている。タイコンの最も有名な作品である半自伝的な『カティツィ』は1940年代のスウェーデンを生きたロマの少女の物語を描いたもので、もともと子供向けに書かれ1979年にはテレビドラマ化されたが、偏見の現実を描いて大人にとっても示唆に富んだ著作である。 <br>
主人公＜カティツィ＞は9歳のときに養護施設から家に連れ戻されるのだが、施設での彼女はその無邪気さによって当時のスウェーデンでロマが直面していた偏見をさらに際立たせている。この本は異なる文化の理解を助けたばかりでなく、スウェーデンやその周辺国が抱える政治や社会の問題を大人の読者に気付かせることになった。彼女の著作は他の言語にも翻訳出版されており、その影響はさらに広がっている。<br>

カタリナは1932年スウェーデンのエレブルーという町で生まれた。正規の教育を受けずに育ったが、女優としての才能を見出され、1948年には10代の少女の役で映画デビューした。カタリナはロマが平等に扱われることを信念とし、文学の領域のみならずその大義のために闘った。勇敢にも、新聞社や政府、議会、政党に働きかけロマの声を聞くように訴えた。また、スウェーデンのロマに関して大学で講義をおこなったりもした。スウェーデンにおけるロマの歴史は長いが、カタリナはロマについて公に発言する数少ない人間の一人だった。<br>

今日スウェーデンに暮らすロマの人口は4万から5万と推定され、いくつかのサブグループに分かれる。最大のグループはトラベラーズと呼ばれるグループで、14世紀にはこの国に住み始めたとされる。ほかに、フィンランドから移ってきたカーレや1990年代に内戦下のユーゴスラビア、特にボスニア・ヘルツェゴビナから来たおよそ5千人のロマ難民などがいる。<br>
2006年、スウェーデン政府はロマの問題に関する特別委員会を立ち上げ、異なるロマのサブグループから専門家を招聘した。同委員会にはロマの生活水準の改善について提言をまとめることが求められた。<br>
しかし、4年後に50人のEU市民であるロマが突然国外退去にされると、スウェーデン当局は厳しい批判にさらされた。欧州評議会の人権委員を務めるスウェーデン出身のトマス・ハマーベリ氏は、自分の国の人間はロマの差別に力を貸しているとして次のように述べている。「ロマの人々は政治家にとっては社会に対する脅威だと映っているのです。逮捕や集団退去の危険にさらされています。」<br>
そういう意味では、カタリナの妹のローサがユネスコの刊行物に、大人の心から偏見をなくすことは難しいと書いた1980年代から、事態はあまり変わっていないのかも知れない。カタリナはそれをわかっていて、カティツィの物語を書いて子供たちに少数民族のことをもっと知ってほしいと願ったのだ。<br>

　ローサは20世紀を生きたロマとしてその経験を語り続けている。そして、何よりもロマの教育には特に関心を寄せている。彼女は言う。「私はスウェーデンで生まれたスウェーデン国民でありながら、33歳になるまで学校に行ったことがなかったのです。」1982年カタリナは心臓病を患い寝たきりになった。それ以来起き上がることなく、1995年63歳で亡くなった。しかし、スウェーデンにおけるロマの子供の教育に対する思いはヨーロッパのすべての年代のロマの間に響き渡っている。（市橋雄二/2012.3.18）
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    <title>トリアー監督の最新作～「メランコリア」</title>
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    <published>2012-03-10T02:16:48Z</published>
    <updated>2012-03-21T10:47:27Z</updated>

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<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/2011/03/post-106.html">「アンチクライスト」</a>に続くラース・フォン・トリアーの最新作である。まず導入からワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の壮麗な調べにのって、宇宙映像詩が奏でられ、あたかもオペラ・楽劇の序曲のごときである。官能的、神話的なワーグナーの調べで見る者を一気に劇的世界に引きずりこむ力技である。下手すると下心が透けてあざとさに陥るが、トリアーは正攻法で押し切る。 <br>
第一部ジャスティン<br>

主人公ジャスティン（キルスティン・ダンスト）が新郎マイケルとともに結婚パーティーに2時間遅れで到着するという導入から、ただならぬ展開を予想させる。パーティーでの数々の異様な光景や振る舞いが次々に起こる。母親による異様なスピーチ、度々、ジャスティンはパーティーを抜けだして豪華なゴルフ場の芝で星座を見ながら放尿し、他人とセックスし、風呂に入る、居眠りをする。ひいては上司にむかって罵詈雑言を浴びせ、その場で首になり、新郎も精魂尽き果てて会場を去っていく。<br>

明らかに精神を病んでいるジャスティンの奇行の積み重ねはそのまま常識社会への反逆性を内包した時限爆弾みたいなものだろう。<br>

第二部クレア<br>

姉クレア（シャルロット・ゲンズブール）は廃人のようになったジャスティンを引き取り、療養させる。クレアはアンタレスをさえぎり、地球に異常接近してくる惑星メランコリアが地球に衝突するのではないかとおびえている。夫は不安から自殺する。一方、病んだジャスティンは「終末」が近づいてくるにつれ、「地球は邪悪だわ」と言いつつ表情が安らぎ、心の平安を得る。ジャスティンは森で拾った木々で「シェルター」を作り始める。<br>

既成の概念や常識がまかり通る世界へのアンチテーゼとしてジャスティンは存在し、病んだ者だけが見える真実を提示する。異常にも思える鋭敏な感覚は地球上の人間社会が長年かかって失ってきた大切なものかも知れない。<br>

心地よい肌触りのいい映画があふれるなかで、トリアー監督のように時には危険な毒を含みながらも常識の欺瞞性を暴き続ける反逆性は貴重な存在だ。己も鬱だとするトリアー監督の次回作を期待する。<br>

映画全体としては構成的に冗漫であり、やや長すぎるシーンも目に付き好き嫌いが別れる作品だろうが、見てから時間がたつにつれ印象度が増してくるのは間違いない。
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    <title>一輪の花の力～苦海からの語り部（石牟礼道子）</title>
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    <published>2012-02-27T03:27:14Z</published>
    <updated>2012-03-21T10:48:58Z</updated>

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２月２６日夜のＮＨＫＥＴＶ特集「花を奉る　石牟礼道子の世界」はひとりの人間の持続する想念がいかに世の中の不条理を撃つ力があるかを証明するような番組だった。水俣育ちの石牟礼道子が水俣病を文明の病として、半世紀にわたり書き続けてきた「苦海浄土」を頂点とする一連の作品群は現代文学の世界において、その深さ、普遍性、訴求性において圧倒的に屹立する存在である。 <br>
ＴＶで特に胸にきたのは発せられる水俣の方言のたぐい稀な美しさだ。浄瑠璃を聞くときの陶酔感すら覚えたのだった。不知火の海の漁を食した人々はチッソ工場の垂れ流し続けてきた水銀に犯され水俣病を発症した。<br>
その人々を訪ね歩いた詳細な聞き書きからは水俣病患者のほとばしるような情念が立ち上がり、それは水俣病患者の思いが石牟礼道子の肉体を通じて語られるかのような文体である。<br>
ここから受ける感覚は、民俗学者宮本常一の聞き書き「忘れられた日本人」に収められている「土佐源氏」で味わった感銘にも通じるものがある。<br>
水俣という土地で育まれた言葉で語られる方言や言い伝え・伝承のいかに神話的な色彩を帯びていることか。そうした神話的な世界に生きてきた水俣の人々の苦界を声高に告発するのではなく、人々のこころの奥深くのヒダに分け入り、鋭く優しくその思いをおのれの筆に乗せる。そこには取材者としての姿勢はなく、水俣病を患う人々の思いをすべて己の体内にためこみ、ついにはとうとうとあふれ出してくるかのような語り口であり、語り部なのだ。<br>
当時，１０代だった水俣病の患者は施設にはいり今は、５０代半ば。風雪の残酷さが画面を覆う。彼を訪問し、「苦海浄土」に書きとめた亡き祖父の言葉を石牟礼道子が（孫である男に）読んで聞かせるシーンは美しく心を打つ。身内は逝き、言葉も発することができない車椅子の患者の表情が微妙に笑み、ゆがむ。石牟礼道子が「これを書くのに４０年かかったよ」と男に語りかけるのだ。２人の間に流れる万感の思いが、痛いほど伝わってくるシーンだった。また、車椅子に乗る石牟礼道子を同じ施設の女性患者がやってきて「がんばって」と石牟礼道子を励ますのである。思いもしない励ましに泣くしかない石牟礼道子。
半世紀に及ぶ水俣の人々の「苦海浄土」がつむぎだした奇跡的な浄土か。<br>
３・１１大震災の世界についての石牟礼道子の詩。<br>
花を奉る<br>

（略）<br>

現世はいよいよ地獄とや云わん<br>

虚無とや云わん<br>

ただ滅亡の世迫るを待つのみか<br>

こゝに於いて<br>

われらなお<br>

地上にひらく一輪の花の力を念じて合掌す<br>


2011年　　大震災の翌月に<br>

番組中で３・１１の震災の体験の意味を「全感覚で生まれ直す体験をした」と。<br>
さて、水俣には石牟礼道子という稀有な語り部が存在しているが、福島には存在するか。それは「放射能が降っています。静かな静かな夜です。」（『詩の礫』）と書いた詩人和合亮一なのだろうか。

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    <title>《ジェレム・ジェレム便り28》～ナチスと戦った悲劇のボクサー、ヨハン・トロルマン</title>
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    <published>2012-02-17T00:10:13Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:17:56Z</updated>

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ボクシングについては意見が分かれることが少なくない。すなわち、それを力と技の発揮による一種のスポーツ芸術だとする見方と単なる残忍な見世物だとする見方である。どのような見方をするにせよ、ヨハン・トロルマンの人生は悲劇としか言いようがない。 <br>
トロルマンは1907年、北ドイツのハノーファーに生まれ、旧市街に住むスィンティ（広義のロマのうち中世後期から中欧に住む民族集団）の家の11人兄弟の一人として育てられた。8歳のときにリング上での才能を開花させ、ハノーファーのボクシングクラブに入って練習をするようになった10代のころには評判はますます上がっていった。スピード、軽快さと驚くべき破壊力が持ち味のトロルマンは、ロマの言葉で「木」を意味する＜ルク＞からとった＜ルケリ＞の名で知られるようになった。<br>

アマチュア時代のルケリは無敵で、4度の地区大会と北ドイツ大会で優勝した。1928年、トロルマンはストックホルム・オリンピックのドイツ代表に選ばれるものと思われていたが、選考委員たちは「黄色人種でボクシングスタイルもドイツ式ではない」としてその参加を拒否した。これが人種差別に晒された最初の体験だったが、決してこれで終わりではなかった。<br>

不屈の精神を持つトロルマンは2年後ベルリンでボクシング協会の承認を得てプロに転向する。するとその卓越した技でたちまち多くのファンを獲得した。その多くは女性だった。1932年には年間32試合を戦うものの、観客動員が増えるに従いファシスト政権寄りのメディアから「リングの上のジプシー」というレッテルを貼られるようになる。ユダヤ人がスポーツの世界から排除されるようになると、それまでユダヤ人ボクサーのエリック・ゼーリッヒが占めていたライトヘビー級チャンピオンの座が空席となった。悲しむべき状況ではあったが、こうしてトロルマンは1933年6月9日チャンピオンベルトを賭けてアドルフ・ヴィットと対戦した。<br>
その試合は政治的に利用されていた。ヴィットは、「スィンティ出身の対戦相手を簡単に打ち負かすアーリア人」という役割を負っていたのだ。しかし、ルケリは簡単にはダウンしなかった。それどころか、ボクシング協会の会長の前でおこなわれた6ラウンドは、トロルマンが優勢だった。そのときだった。ヒトラーの党の一員が審判に判定を無効にするよう命じたのだ。ボクシングのことをわかっているファンによって埋め尽くされた観客席は大騒ぎとなり、協会は命令を退けトロルマンの勝利を宣言せざるを得なかった。<br>
この劇的な勝利にトロルマンはリングの上で歓喜と悲しみの涙を流した。勝利を喜んだ一方でその年のはじめ重い病気で父親のウィリアムを亡くしていたのだ。<br>

ヒトラーは熱心なボクシングファンだったことで知られている。支配人種が他のすべての人種、特にユダヤ人、ロマそしてスィンティの人々に優るという自らの理論を示そうとするときに、トロルマンの成功はこのドイツのリーダーを動揺させた。大方の予想通り、トロルマンの王座は長くは続かなかった。一週間後、ボクシング協会が「風変わりな動き」で「ボクシングらしくない」と主張したことが理由でチャンピオンベルトを剥奪されると告げられたのだ。<br>

翌月、異彩を放つボクシングスタイルを変えるよう忠告され、ジプシーのように踊ることを禁じられたトロルマンは、髪をブロンドに染め、小麦粉で体を白く塗ってリングに上がった。そしてグスタフ・エダーの前に敗れた。それはトロルマンにとって最後のプロボクシングの試合となるだろうという覚悟で望んだナチ政権に対する勇気ある抵抗だった。<br>

ナチ政権がさらに権勢をふるうようになるとスィンティの人々はユダヤ人と同じ扱いを受けるようになり、1938年には断種手術が強制収容所行きを免れる唯一の手段となった。命の危険を感じたトロルマンは断種手術を選び、スィンティの出身ではない妻と離婚することによって妻と娘を守った。<br>
労働キャンプにいた1939年ドイツ国防軍に召集され、1942年人種を理由に除隊になるまで各国で従軍した。その年の夏、トロルマンは故郷のハノーファーで逮捕され、ハンブルクにあるノイエンガンメ強制収容所に送られた。<br>
ここではすぐにナチ親衛隊のボクシングレフリーの目に留まり、一日の重労働のあとに兵士に対してトレーニングするよう命じられた。死んだことにして助けようという同志の企てが発覚すると、トロルマンは1943年ヴィッテンベルゲに移送された。ここでもボクサーとしての名声が災いをもたらすことになる。<br>

今度は収容所の監督官エミル・コーネリアスと試合するよう命じられた。ナチスの下、長期間の残忍な扱いを受けていたにもかかわらずトロルマンが勝利した。ボクシング選手としてルケリの最後の舞台になるはずだったが、トロルマンは卑劣な復讐を企てたコーネリアスによって強制労働中に収監者たちの目の前で殺されてしまう。ヨハン＜ルケリ＞トロルマンは1944年3月9日、わずか36歳でこの世を去った。<br>
弟のひとりヘンリーもその4ヶ月前にアウシュビッツで虐殺されている。悲しみに暮れた母親はその後1946年ハノーファーで亡くなった。やはり熱心なボクサーとなりヨハンから多くを学んだ弟のアルバート＜ベニー＞トロルマンは、ハノーファーで78歳まで生き、1991年病死した。<br>

試合に勝ってから70年後、娘のリタとヨハンが大叔父にあたるマニュエル・トロルマンら遺族に対してチャンピオンベルトが贈られ、ライトヘビー級のドイツ人チャンピオンとして公式に記録されることになった。<br>
2011年の夏、ハノーファーとベルリンにボクシングリングをモチーフにした仮設のモニュメントが建てられ、ノイエンガンメ収容所での収監者番号にちなんで＜9841＞と名付けられた。制作した芸術家二人によれば、リングを斜めに傾けたのは、偉大なボクサーが選手人生を通じて堂々と向き合った試合という戦いと晩年に被った差別そしてナチス時代の恐怖との戦いを表しているのだという。<br>
（市橋雄二2012/2/12）<br>
参考URL:<a href="http://www.johann-trollmann.de"> http://www.johann-trollmann.de</a></body>]]>
        
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    <title>デビッド・フィンチャーの「ドラゴン・タトゥーの女」</title>
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    <published>2012-02-10T23:42:44Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:20:25Z</updated>

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スティーグ・ラーソンの世界的ベストセラーを映画化したスウェーデン映画「ミレニアム　ドラゴン・タトゥーの女」（2009）を、「セブン」「ソーシャル・ネットワーク」のデビッド・フィンチャー監督がハリウッドリメイクしたミステリーサスペンス。 <br>

以前、<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/2010/10/post-95.html">スウェーデン映画ミレニアム３部作</a>については触れており、それを見て欲しいが、このハリウッド版を注目するのはデビッド・フィンチャーが監督だからだ。きびきびとテンポ良く展開する流れは鮮やかで編集技術の冴えはさすがである。しかしながら,
多くの複雑な登場人物の関係性がわずらわしく、原作を読んでいないものには筋立てを追うのに苦労するのではないか。読んでいた私でも細部を思い出しながら、やっとの思いで筋立てを追えたほどである。 <br>
とはいえ、寒気が伝わってくるようなスウェーデンロケの効果は素晴らしく、短いカットの積み重ねによる映像は美しく、カメラワークではスウェーデン版を凌ぐかもしれない。 <br>
さらに、この原作が造型した異形のヒロイン、リスベット（ルーニー・マーラ）はスウェーデン版のリスベット役（ノオミ・ラパス）に劣らぬほど魅力的である。このあたりは好みの問題だろう。この映画はリスベットの人物造型で成否が決まるほど、リスベットの比重が大きい。その意味では、映画は成功である。<br>
ラストの処理も続編を意識させるかのようなつくりだが、商業主義の権化、ハリウッドでは当たれば、作るという姿勢だろう。 <br>
リスベットの過去が作品全体の大きなテーマになっているので、この「ドラゴン・タトゥ＾ー」だけでは、そこまで描かれないのでやや食い足りない感が残るのである。 <br>
スウェーデンのミステリー、警察小説といえば〈マルティン・ベック〉シリーズを連想する。マイ・シューヴァル＆ペール・ヴァールー夫妻が1965年から1975年にかけて10作を発表した同シリーズは、スウェーデンの社会を背景にした警察小説として多くのファンを獲得している。その後。ヘニング・マンケルの〈ヴァランダー〉シリーズはその現代版と言えるだろう。そしてスティーグ・ラーソンのミレニアムである。 <br>
いずれも主人公は若干、世の荒波に翻弄され、少々疲れ気味の中年が主人公である。彼らが、スウェーデンの風土のなかで人生の哀歓を感じながら、しぶとく生きていく姿勢が読者の共感を呼んできた。ヨーロッパの匂いとも微妙に違う匂い、どこか乾いて、冷気を帯び、それでいて熱い内面、こうした北欧の香りがスウェーデン小説の魅力だ。 <br>
　昔、イングマル・ベルイマンの「処女の泉」「野いちご」などを見て、フェリーニなどのヨーロッパ映画人のテイストと違う透明感や土着性、神話性にひきつけられたが、このあたりがスウェーデンのミステリーの底辺に流れているものの古層にあるのかもしれない。

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    <title>「哀しき獣」～循環する差別構造のなかのバイオレンス映画</title>
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    <published>2012-01-29T03:25:36Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:24:39Z</updated>

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<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html"><em>トップページへ</em></a><br>

 韓国映画の持つ底知れぬパワー全開の快作であることは間違いない。『チェイサー』のナ・ホンジン監督とハ・ジョンウ、キム・ユンソクのコンビが再び組んだ体臭むんむんの暗黒映画である。 <br>
グナム（ハ・ジョンウ）は中国の延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族のタクシー運転手。多額の借金を背負った上、妻は韓国に出稼ぎに行ったきり音信不通。生活苦にあえぐ日々を送る。そんな時、犬の売買市場で会ったミョン（キム・ユンソク）が、10日間の間に、ソウルにいる大学教授を殺害し、その親指を切り取って持ち帰れば、借金を帳消しにするとの取引を持ちかける。妻と娘との暮らしを取り戻したいグナムは悩んだ末に代理殺人を請け負い、ソウルで消息を絶った妻を追い韓国に密入国する。<br>

ここでいう犬とは食用に飼育された犬のこと。朝鮮半島と中国南部の貴州省などでは犬は食料であり、日本でも上野近辺の朝鮮料理店ではメニューにのっている。以前、貴州省を取材した１９９０年代には街中に犬の肉専門店を見聞している。犬市場の描写などは、その意味が日本人にはよく伝わらないかもしれないが、こうした描写が画面に厚みを加えている。<br>

代理殺人と妻探しでソウルに入ったグナムが想像もしなかった事態がソウルで巻き起こる。そこからの４章仕立てのストーリーは筋を追うのがしんどくなるような複雑さである。
血まみれのバイオレンスシーンの執拗なまでの描写が続く。徹底的にナイフ，斧による殺戮シーンのオンパレード。そして無鉄砲なカーチェイス。圧倒的な疾走感を伴いながら
救いがたいラストへとなだれ込む。演出はテンポ良く、カメラも躍動する。筋立ての難解さを越えて迫るものがある。韓国映画の底力か。<br>


この映画では日本人には理解しがたい民族問題が背景にある。主人公が中国に居住する（少数民族）朝鮮族であるという背負だ。こうした背景をもつ人物を主人公にした韓国映画は始めてかもしれない。<br>

　中国には人種的偏見に基づく差別意識というよりも、むしろ歴史的な漢民族支配の構造が地理的、政治的、経済的に堅固に存在しており、朝鮮族をはじめ５５の少数民族にたいする実質的な差別構造が確立している。チベット族、ウィグル族などによる抵抗運動はあるが、多くの少数民族は漢民族の慰撫政策、漢化同化政策に飲み込まれている現状だ。<br>

北に住む朝鮮人は国境を接する延辺朝鮮族自治州に脱北するが、漢民族、朝鮮族支配には抗しえない。朝鮮族のグナムは韓国に密入国するが韓国人からの蔑視に遭遇する。差別構造が朝鮮半島と中国の朝鮮自治州のあいだで循環しているのである。出口なしのように見える状況のなかでの壮絶なバイオレンスドラマである。<br>

グナムが抱えた背景を知るとき、彼の様々な感情をたたえた表情がにわかに切実感を伴いながら、迫ってくる。<br>
俳優陣が素晴らしい。田中邦衛を２枚目にしたようなハ・ジョンウの表情が秀逸であり、
キム・ユンソク扮するミョンの不気味な不死身男の存在感が際立つ。<br>
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    <title>ハリウッド映画とロマ音楽の新たな関係～《ジェレム・ジェレム便り27》</title>
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    <published>2012-01-10T23:56:05Z</published>
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ドイツ出身の映画音楽の巨匠ハンス・ジマーがガイ・リッチー監督の『シャーロック・ホームズ』（２００９）の続編の音楽を引き受けることになったときは、１００本以上の映画音楽を手がけてきたキャリアにまた新たな一本が加わるだけかのように思われた。<br>しかし、仕事を進めるうちに、もともと政治的関心の高かったこのアカデミー賞作曲家は新しい音楽の方向性とひとつの志を見出した。ロマ（しばしばジプシーと呼ばれる）への関心がそこへ導いたのだ。<br>
ヨーロッパの各地で今も差別を受けるマイノリティーは、移動を続ける生活と風変わりな言葉や文化を理由に侮蔑の対象となり、かつてユダヤ人とともにナチスの犠牲となった。この夏ジマーはいつもの音楽メンバーに加えて民主活動団体のNational Democratic Instituteのメンバーらとともにヨーロッパの７か所のロマ居住区を訪れ、さまざまなミュージシャンの音楽を聴いた。<br>
「中欧の国に行ったのですが、このような貧困は見たことがありません。」ジマー（５４才）は言う。「あってはならないことです。」<br>

ロマの音楽に感銘を受けたジマーは、正当な２セッション分のギャラを約束して、出会ったミュージシャンの中から１３人をレコーディングに呼んだ。彼らはバイオリンとアコーディオンを携えてウイーンにある録音スタジオに出向いた。彼らの演奏は１２月１６日全米公開の『シャーロック・ホームズ』の続編"A Game of Shadow"*の映画音楽として収録された。サウンドトラックの収益の一部はロマの人々に寄付され水、暖房、学校へ行くためのバス代など生活費の一部に充てられることになっている。<br>

ジマーの娘でファッション写真家のゾーイ・ジマーも旅に同行し、ロマの人々をカメラに収めた。"Deserve Dignity"（「誇りをもって生きる人々」筆者試訳）と題する写真展がこの１月からウエスト・ハリウッド図書館で開催される。<br>

「私は政治家ではないので問題を解決することはできない。」と父ジマーは言う。「とても音楽的なジプシーの世界といういい意味でのステレオタイプを後押ししているわけですが、それが今の私にできる唯一のことです。少しでも彼らに仕事の場を提供すること、それによって彼らの生活が少しでも良くなることを願っています。」<br>
（市橋雄二/2012.1.9）<br>

＊日本では『シャーロック・ホームズ　シャドウゲーム』の邦題で、今年の３月１２日全国ロードショー公開（配給：ワーナーブラザーズ映画）の予定。出演はロバート・ダウニー・Jr.、ジュード・ロウほか。１２月１６日に公開されたアメリカでは１月１日までの累計興行収入が１００億円に達し、１位のトム・クルーズ主演『ミッション・インポッシブル　ゴースト・プロトコル』と僅差で２位につけ、大ヒットとなっている。<br>
（市橋雄二）<br>
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    <title>鉈（なた）で閉塞日本列島を切る～映画 「サウダーヂ」</title>
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    <published>2011-12-23T00:38:04Z</published>
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カミソリの切れ味ではなく、鉈で大魚をさばくごとく、ざっくりと袋小路にある日本列島の今を鮮やかに浮かび上がらせた異色作である。地方の苦悩を描くことで日本全体の矛盾を逆照射している。「サウダーヂ」とは郷愁、情景、憧れ、そして、追い求めても叶わぬものを意味するポルトガル語だという。<br>
舞台は不況と空洞化に悩む地方都市、甲府。この町に暮らすどん底景気に翻弄される土木建築業の人びと、日系ブラジル人,タイ人などのアジア人が中心の移民労働者――彼らが本音丸出しで、ぶつありあい、追い詰められながら苛烈な日本列島で生きていく様を描いた群像劇だ。<br>
話は２人の男を中心に進むが、とりたてて起伏あるストーリーがあるわけでもなく、街自体が主役のような映画であり、生きているかのような街の表情や工事現場が乾いた抒情を生んでいる。
 "派遣"で土方として働き始める猛はHIPHOPグループ「アーミービレッジ」のメンバー。両親は自己破産しパチンコに逃避、弟は精神に異常をきたしている。多くの移民達が働く建設現場。土方ひとすじに生きて来た精司は妻がありながら、タイ人ホステスのミャオとタイへの生活を夢想する。不況が深刻化し、真っ先に切られる外国人労働者たち。精司の働く土建業会社も当然のように倒産する。重い現実が展開する。<br>
移民問題はヨーロッパなどでも深刻な問題を起こしており、民族間の文化摩擦、差別意識、経済格差などから生じる対立、軋轢は容易には解けそうもない。日本列島においてもこの問題は内在化しているが、映画でとりあげたのは多分、この映画がはじめてではないか。<br>
出口なしかに見える状況を描きながら、映画は不思議なことに暗くない。むしろ居直ったかのような、不敵さ、ふてぶてしさ,が漂うのである。それがこの映画の最大の成果である。暗い状況を絶望をこめて描くより、底を突き抜けたかのようなアッケラカーンとした描写がより現実を撃つ力があり、伝わる場合がある。実際にそこで生活している人々をキャスティングしたということから生まれた臨場感やブラジルやタイの人々のもつ開放的な野生味、野放図さが画面に躍動感を生み、より効果を発揮する。<br>
そして特質すべきは全編に流れる音楽の洪水。ヒップホップを中心にラテン、歌謡曲、民謡などが効果的だ。<br>
監督　富田克也。第33回ナント三大陸映画祭のグランプリ「金の気球賞」を受賞。
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    <title>ラージャスターンの消え行く音楽～《ジェレム・ジェレム便り２６》</title>
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    <published>2011-12-12T23:24:39Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:27:36Z</updated>

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"Lost Music of Rajasthan"と題する65分のドキュメンタリー番組が、この12月６日にイギリスのBBC ONE（日本のNHK総合テレビに相当する）というチャンネルで放映された。この番組では、撮影隊がラージャスターンの沙漠地帯を旅しながら、インド独立以降その存続が危機に瀕している楽師たちを探訪する。<br>
ボーパと呼ばれる絵解き芸人が大きな布に描かれた絵巻を前に三日三晩物語を吟じる。そこにはサフラン色の衣装を身にまとい水キセルを吸う姉妹や女装の男たちが集まり、カルベリア・ジプシーの踊り子たちが後ろ向きに反り返ってルピー紙幣を口で銜える曲芸を見せたりしている。<br>
　生きていながらにして既に伝説化したバンワリー・デーヴィーがラージャスターンの田舎の村の実家でクリシュナ神への賛歌を歌っている。彼女の巧みな歌声がガラスのない窓と素朴なつくりの家の戸口から漏れ聞こえる。彼女はそこで7人の自分の子供を含む22人の扶養家族と暮らしている。9歳か10歳のころに結婚し、今は未亡人となっている。12歳のときに長男を出産した。この長男が弟とともにハルモニヤム（手こぎオルガン）と太鼓で伴奏をしている。音楽はあたりの畑や沙漠に響き渡る。歌いながら思い余って涙するデーヴィーを、伝統音楽を支援する基金(JVF)のディヴャ・バティアが慰めている...。<br>

　残念ながら番組自体を観ることはできないが、BBCのホームページにアップされたスチール写真とそこに添えられた上記の紹介文からおおよその内容を知ることができる。撮影地については詳しく書かれていないが、ジョードプルとジャイサルメールの周辺部ではないかと思われる。上記のJVFという団体は、調べてみるとラージャスターン州の州都ジャイプルにあるJaipur Virasat Foundation（ジャイプル文化遺産基金）であることがわかった。<br>
　この番組で紹介される楽師たちはかつて各地の藩王や貴族たちがパトロンとなり、代々芸能を生業としてきたのだが、第二次大戦後の共和国政府成立と共にそうした制度が解体され、その存続が危ぶまれるようになった。このことを指して「消え行く」音楽と題していると思われるが、実際に現地を訪ねてみると観光客をパトロンにしぶとく生き延びている楽師たちの姿を見ることができる。（この模様は本<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-2.html">ＨＰのビデオアーカイブ</a>や<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/post-8.html">ギャラリー</a>に収められている。）そのエキゾティックな音楽や踊りを携えて欧米諸国や日本に公演に行き稼ぐものもいる。また、今回の番組で取り上げられているような支援団体による援助もあるだろう。この番組がそうした彼らの今と未来をどう描いているか、チャンスがあれば是非観てみたいものだ。（市橋雄二/2011.12.11）
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    <title>イタリアの今、２０１１初冬～ボローニャ雑感</title>
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    <published>2011-11-29T23:46:57Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:29:12Z</updated>

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<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-1661.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-1661.html"><img class="mt-image-none" alt="bigboronya.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigboronya-thumb-250x166-1661.jpg" width="250" height="166" /></a></span>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html"></a></span>
<span style="DISPLAY: inline" class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html"></a></span>
<p>11月下旬の１週間ほどイタリアのボローニャ周辺を回った。ボローニャに滞在しながら、ちょくちょく周辺の町へ出かける旅だった。</p>
<p>映画に関心があるものには、ボローニャは映像の保存と修復の施設「チネテカ」のある町としても有名だ。ピエル・パオロ・パゾリーニの生まれた町でもある。パゾリーニは日本では映画監督として名高いが、イタリアでは、その死にさいして親友であったモラヴィアが「今世紀後半にイタリア語で書いた最大の詩人」と評したほど詩人として名高い存在である。<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/2011/03/post-107.html">その詩集</a>を日本語ではじめて翻訳した四方田犬彦氏が、研究のため滞在したのがボローニャである。</p>
<p>よく知られるように世界最初の大学であるボローニャ大学があり、パゾリーニもここの学生であった。古都であり、イタリア共産党の根拠地でもあり、質の高い工業都市でもある。文化的にも豊穣な土壌を持つ。</p>
<p>このようにイタリアでも質の高い都市基盤をもつボローニャで、最近のユーロ圏の金融危機がどの程度垣間見えるのかーーー単なる旅人にどのように写るのか。</p>
<p>長年にわたって蓄積されてきたインフラ資本はさすがに分厚く、その重厚な歴史的遺産をはじめとして町の景観は絵画的ですらある。そして学生の町であるせいか、若者の姿が多く、華やかで、活気に満ちているところが他の多くの古都と違った様相を呈している。</p>
<p>それでも名物のアーケード（ポルティコ）の壁や柱には落書きが多く、ちょっとすさんだ感じも漂う。街頭のデモにも数回出合った。これらの光景は経済的宿弊の表れなのだろうか。</p>
<p><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-1664.html"><img class="mt-image-none" alt="bigdemogakusei.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigdemogakusei-thumb-250x166-1664.jpg" width="250" height="166" /></a></p>
<p>眼にしたテレビジョンは新しい首相の動向を追い、ドイツやフランスの首脳たちの動向に神経を尖らせている内容が多いようだ。折りしもクリスマスシーズンに入り、町にはアシネッリ塔などのライトアップがはじまり、表面上は華やかな街中の飾りつけが目立つのである。</p>
<p><a onclick="window.open('http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html','popup','width=850,height=567,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-1667.html"><img class="mt-image-none" alt="bigyakei.jpg" src="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/assets_c/2011/11/bigyakei-thumb-250x166-1667.jpg" width="250" height="166" /></a></p>
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    <title>《ジェレム・ジェレム便り25》～アメリカの大学が試みる海外研修</title>
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    <published>2011-11-06T01:44:39Z</published>
    <updated>2012-03-22T04:33:01Z</updated>

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<a href="http://gypsy-trails.com/BLOG-NAME/gypsytrails.html"><em>トップページへ</em></a><br>
ピッツバーグ大学の音楽学部ロシア東欧研究センターと海外研修課は、来夏＜チェコ、ポーランド、スロヴァキアにおけるロマの音楽、文化、人権＞というテーマで海外研修プログラムを実施すると発表した。民族音楽を専攻する学部学生が対象で、3単位が与えられる。</br>
この海外研修は、ピッツバーグ大学の音楽学準教授アドリアーナ・ヘルビク博士とプラハのチャールズ大学人文学部の民族音楽学講座主任をつとめる準教授ズザーナ・ユルコーヴァ博士によって企画運営される。<br>
ロマの音楽と文化に特化したプログラムは、この種の海外研修としては初めてである。学生はロマのミュージシャンや活動家、住民との交流、調査、インタビューなどを実地におこなう。プラハでおこなわれる＜カモロ世界ロマフェスティバル＞に参加するほか、スロヴァキアのロマ居住地を訪ね日常生活の中のロマ文化に触れる。ポーランドではクラクフ周辺地域でロマのホロコースト（大虐殺）の歴史を学ぶ。学生はまた、チェコ、スロヴァキア、ポーランドの研究者や一般の人々との交流を通じて、欧州連合(EU)やその周辺で起こっているロマ問題の理解を深めることも求められる。<br>
ロマ（ジプシー）の音楽はここ20年の間にワールドミュージック分野の人気ジャンルの一つとして認知されるようになった。その背景には活動する政治団体が増え、ロマ差別への国際的な非難も高まったこと、また教育機会の増大やメディアの好意的な紹介などによってロマの少数民族としての地位向上の動きが強化されてきたことが密接に関連している。ヨーロッパで最も差別される少数民族にとっては社会経済状態の改善にまだまだ多くの余地が残されていることは言うまでもない。しかし、生来の音楽家である＜ジプシー＞という古くからのステレオタイプを作り出してきた音楽は同時にロマの権利保障を引き出すのに重要な役割を果たすものでもある。<br>
研修は2012年5月19日から6月5日までの期間おこなわれる。参加費用は、ペンシルバニア州内からの参加者が$3,850、州外からの参加者の場合$4,804で、航空券代、教材代は含まれない。別途手続き費用$300がかかる。学生は奨学金を申請することができる。<br>

以上がピッツバーグ大学が発表している研修の概要であるが、決して安くはない研修費を出して参加する学生がどのくらいいるのだろうか。見当もつかないが、これまでにない新しい試みであろうから、長い目で見る必要もあるだろう。経済格差や失業への不満を爆発させたニューヨーク市民によるデモの報道では、内向きになってしまった大国アメリカの姿ばかりが強調されるが、この国には今回の記事のようにマイノリティーの文化を認めて地道な交流を試みるグローバルな市民感覚が地下水脈のごとく流れていることも忘れてはならない。<br>（市橋雄二/2011.11.5）
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