ジプシー(ロマ)事情の最近のブログ記事

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<デンマーク出身の写真家ヨアキム・エスキルセンが妻で作家のツィア・リンネとともに、ロマの人々の暮らしを記録しようとハンガリー行きを決心したのが9年前。ここでの4ヶ月間の滞在が7年に及ぶ長いプロジェクトの始まりとなった。ロマの人々のことについて知れば知るほど彼らのことが気に入り興味も深まった。そして、その後インド、ギリシア、ルーマニア、フランス、ロシア、フィンランドと撮影の旅を続け、2008年に写真集を出版した。時に何ヶ月もロマの人々と生活をともにしたが、プライバシーが全く無く気が狂いそうになったこともあるそうだ。町のはずれで、通りで、そして森の中で、ゴミ捨て場で、小屋やテントの中で、エスキルセンが写真を撮り、リンネが文章を書いた。写真集はヨーロッパでいくつかの賞を受賞。写真展が今もドイツで開かれるなど反響を呼んでいる先月11月ドイツ・シュピーゲル紙オンライン版が、この写真展に触れてエスキルセン氏のインタビューを掲載している。「写真を見ると、従来イメージされているいわゆるジプシーの生活を伝えているものが多いが・・・」という記者の問いに対し、写真家は次のように答えている。「私の写真が、今世の中に流布するロマに対する固定した考えを取り除き、より細部を写し取った写真を提供することに役立てればうれしい。私の写真には、民族差別やその他様々な困難にもかかわらず生きることの喜びに満ちた人々が映っています。ぼろぼろの服を着て腕にぐずる赤ん坊を抱えていたとしても、被害者として描かれているのではないという事実への彼らの誇りが感じられます。彼らはまるで王様や女王様のように(堂々と)カメラを見つめています。たとえ、もっともみすぼらしい背景を前に立っているとしても、です。」(エスキルセン氏のウェブサイトでは写真集に掲載されている写真を一部見ることができる。現在ドイツでは14000人(そのうち10000人がロマ人)のコソボ難民の送還が議論を呼んでいる。独立を果たして平和な状態にあるコソボ地域に自発的な帰還を推奨する国連に対して、ドイツ政府はコソボ当局と協定を結び強制的に送還することを計画しているという。ドイツで生まれ育った子供たちはコソボ地域の言語であるアルバニア語が話せない上に、ロマの人々には雇用もない。このような状態で帰還させることは新たな緊張を生むとの懸念が広がっている。(市橋雄二)

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■アウシュビッツを生き延びたロマの少女が大人になって誰に教わるでもなく絵を描き始めた。足を高く蹴り上げて踊る男とロングスカートの女、画面いっぱいのひまわり、雪の中の幌馬車、そしてアウシュビッツで辱めを受ける全裸の女性たち・・・。絵には明るくて力強く、どこか暖かみのある、あらゆる人を包み込むような優しさが漂っているサンフランシスコの北部にあるソノマ州立大学の図書館で9月17日から一ヶ月間、ロマの画家による絵画展が開催されるというニュースを見て、大学のホームページにアクセスしてみた。ホームページ では、数点の絵が画集のページをめくる様に見られるようになっていて、居ながらにして絵画展(あくまでも一部だが)を楽しむことができる。そして、初めて目にした数点の絵にとても心を動かされたのだった。ツェイヤ・ストイカさんは1933年オーストリア生まれの76才。ナチ時代に多くのロマが虐殺の犠牲になったことがほとんど知られていないとの思いから、1988年には自らの体験をつづった手記も出版している。今回の絵画展は、ソノマ州立大学のドイツ語教授グロッベルさんが、3年前にマイノリティーに関するセミナーでウィーンを訪れた際に、ストイカさんに初めて出会い、ストイカさんのアパートに招かれてたくさんの絵のストックを見たときの「衝撃的な体験」から始まったという。今年2009年の春にオレゴンのパシフィック大学、そしてソノマ大学のあとはヴァーモント州ストウのギャラリーに巡回することになっている。ストイカさんの絵が海を渡るのは初めてだそうで、自分の絵がアメリカで公開されることを涙を流して喜んだという。1999年にはストイカさんのドキュメンタリー映画も作られていて、展覧会に合わせて上映されるそうだ。 前述の電子画集はホームページに載っている男女の踊りの絵をクリックすると見ることができる。もっとも心を打たれる絵はやはり、アウシュビッツの女たちを描いた一枚だ。絵の横にはストイカさんによるコメントが次のように付されている。「彼女たちはとても恥ずかしいのです。しかし、手は二本しかありませんので、恥部を隠すか両目を覆うか、どちらかになってしまいます。だから、彼女たちの顔には目がないか、あってもとても薄いのです。この絵は「アウュヴィッツの美人たち」といいます。オーストリアでは美しい女性についていろんなことが言われますが、これこそが本物、本当の美人です。」(市橋雄二)

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■2009.7.04  オーストラリアのロマ・コミュニティ《ジェレム・ジェレム便り⑦》
●オーストラリア大陸の西の端に位置するパースのロマ・コミュニティが比較的頻繁にニュースを発信しているので気になっていた。オーストラリアは1980年代以降白人を優遇する「白豪主義」から、世界中から広く移民を受け入れ、それぞれの文化的背景を尊重する「多文化主義」へと大きく舵を切った。そして早くから行政上ロマを他のヨーロッパ系、アジア系移民と同様エスニック・グループの一つとして認定し、教育や住宅、医療などの住民サービスを充実させてきたこともあり、ロマ移民にとって比較的住みやすい土地になっていることが背景としてありそうだ。<br>
このパースのロマ・コミュニティで30年以上活動してきたのがRomani Australian United Perth W.A.(RAUPWA)という団体で、現在地元のFMラジオ局で週一時間のロマ語番組の放送枠を持っている。毎週木曜日の午後8時から、ロマ音楽、ニュース、地域情報告知、ロマに関する話題などがロマ語、マケドニア語、英語で流されている。放送しているのは6EBAという多言語FM局で各移民コミュニティ向けに約80の言語の番組があり、インターネットを通じてもリアルタイムで聴くことができる。ロマ語放送はこちらへ。http://www.mrtawa.org.au/1/romany.php
かつては世界のローカル言語の番組を聴こうとすれば、短波ラジオにかじりつき、微妙な指の感覚を頼りにダイヤルを回して雑音の中から探し当てたものだが、インターネットラジオの出現により状況は一変し、実にクリアな音でいとも簡単に世界中のラジオ番組にアクセスすることができるようになった!)RAUPWAは、そのほかロマの文化や歴史をテーマにしたイベントの開催、来年はロマ語学校の設立と活動範囲を広げつつある。<br>
また、RAUPWAが発行するニュースレターによると、ロマがオーストラリアに初めて到着したのは1788年のことだった。幌馬車で国中を移動し、果実の収穫やさとうきびの刈り取りなどの季節労働や鍛冶、皮革加工、金属加工、材木伐採、肉屋、貸し馬業などを生業としていたという。当初はアメリカに代わる流刑植民地としてイギリスからの移民が多かったが、その後はセルビアなどの東欧からの移民も多く、近年はロマ語のFM局の使用言語からもわかるようにマケドニアからの移民が多いようだ。そういえば、2006年にマケドニアのロマ居住区シュト・オリザリを訪問した際、夏の結婚シーズンにオーストラリアから帰ってきたという話を何度か耳にしたことを思い出す。(市橋雄二)

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■2009.7.04  ウェールズの町から:《ジェレム・ジェレム便り⑥》
●ロンドンから西へ約250km、カーディフ(Cardiff)という町がある。ケルト海に通じるブリストル海峡に面した人口およそ30万人の港町で、1955年からはウェールズの首都となっている。今日はこの町から発信された「小さな情報」をご紹介しよう。
カーディフで、この6月30日<ジプシー、ロマおよびトラベラー歴史月間>という活動が始まった。元々イングランドで行われていたもので、今回ウェールズで初めて開かれるという。相互不信の壁を取り除き、ジプシーの若い世代によりよい生活の機会を提供するという目的で行われるもので、自身の多様な文化を知ると同時に定住者側にはイギリス国内で急速に増え続け、30万人にもおよぶマイノリティーについて理解を深めるよう呼びかける。
カーディフ市内には二ヶ所のジプシー、ロマ、トラベラー居住地区があり、およそ1500人が暮らしている。そして、その半数はキャラバン係留地が不足していることと子供たちの健康と福祉を理由に、定住の住まいに暮らしている、と記事は伝えている。(逆に言えば、半分は今でも移動生活を続けているということになる。)
初日に行われたイベントでは、ジプシー居住地区の子供たちによるサーカス、ストーリーテリング、ビデオショー、花細工、占い、アイルランドの伝統舞踊など様々なパフォーマンスが行われた。イングランドで活動を続け、今回カーディフでのイベントをサポートしているコーディネーター、パトリシアさんによれば、このような活動によって博物館や図書館との共同プロジェクトが増え、イングランドの学校カリキュラムにジプシーの歴史を取り込むことに成功するなどの成果があがっているという。そして記事からは、隣人としていかにジプシーの人々と付き合うかということが、今日のヨーロッパ社会において依然として大きな課題であることが伺える。
カーディフ生まれのジプシーで苦労の末ダンサー、振付師になったイサック・ブレイクさんは、現在ウェールズ国立音楽演劇大学で教師を務めているが、取材に答えて次のように語っている。「ジプシーの子ということが知れるだけで、のけものにされるのです。そして今、自分にできることとして子供たちに何かを伝えたいと思うようになりました。固定観念を取り払い、ロマの人々とロマでない人々がお互いに分かり合えるようになれるよう願っています。」
<ジェレム・ジェレム>のメールグループでは、このようなローカルな回覧板的情報が時折配信される。そのひとつひとつは小さな情報かも知れないが、ヨーロッパの至るところで行われているジプシーに関する様々な活動を見ていると、完全に分かり合えるということは容易ではないにしても、少なくともお互いが共存共生できる社会を実現しようというロマ側と非ロマ側の両方の意志は伝わってくる。(市橋雄二)

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■2009.2.4  パレスチナのジプシー<ドム>の惨状:《ジェレム・ジェレム便り⑤》
●イスラエル軍がアメリカ・オバマ新大統領の就任に合わせてパレスチナ自治区ガザへの攻撃を停止した。イスラエル軍は、ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスに対し、ガザからイスラエル領に発射されるロケット弾への報復として昨年末攻撃を開始し、空爆に続き地上部隊を侵攻させた。この間のパレスチナ側の死者は1300人、負傷者は5000人を超えた。報道によると死者のうち少なくとも半数は武装勢力に関与しない民間人だという。
実はこのパレスチナ側の被害者の中に西アジアで<ドム>と自称するジプシーの人々が含まれている。エルサレム・ドマリ協会(Domari Society of Jerusalem)の会長アモウン・スリームさんが2009年1月6日付けのメールニュースでこの事態を訴えている。調べたところパレスチナに暮らすジプシーの数はおよそ5000人で、うち2000人はエルサレムに住むとあるので、ガザ地区にも1000人を超える人々がいるものと思われる。
メールニュースのなかでは正確な数は述べられていないが、かなりの死者とそれを上回る負傷者が出ているようで、ただでさえ少数の彼らのコミュニティがまさに滅びようとしている。また、同胞に向かっては自分たちの文化を守り生き延びるためにお互いが団結して助け合わなければならないと呼びかけている。怪我をして頭から血を流す女性や腕と足が吹き飛ばされて横たわる男性など痛ましい写真も添えられている。最後に義捐金の送金先も書かれているが、とにかくまずこの悲惨な事実を多くの人々に知ってもらいたいという静かな叫びだ。
ドマリ協会はインターネットの公式サイトの情報によれば、現会長のスリームさんにより1999年にエルサレムで設立され、パレスチナ自治区に暮らすドマの女性と子供の支援を目的として活動している団体である。最近の活動としては女性の自立支援を促すためのアクセサリーや布製品など手工芸品の教室や子供向けのアラビア語識字教育、また就学児童への学用品の無料配布などを行っている。ドマによるドマのための自助組織と言えるだろう。
自らもドマのスリームさんの文章には、イスラエルやハマスといった固有名詞が一言も出てこない。戦争の理由が問題なのではなく戦争そのものが悲劇なのだ、というメッセージが伝わってくる。
(市橋雄二)

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■2008.12.30  仏教徒になったジプシー:ハンガリーのジプシーとユーロブディズム(ヨーロッパ仏教)《ジェレム・ジェレム便り④》
○今回は、ハンガリーで仏教に入信するジプシーが増えているというニュースを紹介しよう。
ニュースの発信源はFriends of Western Buddhist Order(FWBO)(西洋仏教僧団友の会)というイギリス発祥の仏教徒組織である。まず、この団体は1967年イギリス人僧侶サンガラクシタ、本名デニス・フィリップ・エドワード・イングウッドによって始められ、宗派にとらわれず、現代に適した形で仏教の教えを実践することを旨とする。現在インドを含む20ヶ国以上に活動拠点を持ち、ユーロ・ブディズム(ヨーロッパ仏教)の中心的存在となっている。
FWBOを日本で最初に紹介されたのは筆者も知己であった故島岩(しまいわお)氏である。興味のある方は『聖者たちのインド』島岩、坂田貞二編(2000,春秋社)の第6章「サンガラクシタとユーロブディズムの成立」を参照されたい。また、同組織のインターネット上の公式サイト」では、日々の活動の最新情報を見ることができる。
もうひとつ背景として、インドの不可触民解放運動の指導者アンベードカル(1891-1956)に触れなければならない。アンベードカルは不可触民の出身ながら弁護士として活躍する一方反カースト運動に身を挺し、インド独立後はネルー内閣の法務大臣に就きインド憲法の草案を作成したほか、仏教に改宗して新仏教を説き、近代インドにおける仏教革新運動の元となったことで知られる。(詳しくは『アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール著、山際素男訳(2005,光文社新書)を参照されたい。)
さて、ニュースの伝えるところによると、4年ほど前にハンガリーのジプシーのグループがFWBOに連絡をしてきたという。彼らはアンベードカルのことを知りとても感銘を受けるとともにインドの不可触民とのつながりを感じ、アンベードカルの社会改革へのメッセージはそのまま自分たちに当てはまると感じたという。
そこから交流が始まり、FWBOスタッフはハンガリーを訪れ、仏教徒となったジプシーのグループはイギリスとインドを訪問した。ハンガリーのジプシーはFWBOの活動を理解するのに時間がかかったとも述べている。なぜならヨーロッパの仏教といえば白人の知識人たちのものという先入観があったためだ。ところがFWBOの人々はこれまでのハンガリーの仏教徒とは違い、ジプシーの人々が直面している社会問題に真剣に向き合ってくれたのだという。
ジプシーが出立したあと13世紀初頭にインドで仏教が滅びてから約750年。不可触民と外国人の再解釈を通して現代性、普遍性を獲得した新しい仏教の姿は、日本にいるとなかなか見えてこない。
(市橋雄二)

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■2008.11.16  マケドニアのローカルな音楽フェスティバル《ジェレム・ジェレム便り③》

○ジプシー・ブラスバンドといえば日本では映画にもなったルーマニアの<ファンファーレ・チョカルリア>や来日公演も多いマケドニアの<コチャニ・オルケスター>などが有名だが、彼らは氷山の一角にすぎず、現地には数多くのブラスバンドが存在する。
メールニュースによると、この10月13日、マケドニアの地方都市クマノヴォ市で "ROMA TRUBA FEST 2008"という音楽フェスティバルが開催された。クマノヴォは首都スコピエの北東に位置するロマ人口の多い町だ。私たちも2006年にスコピエから陸路夜行バスでイスタンブールに移動した際にブルガリア国境に向かう途中立ち寄ったが、石造りの家屋が立ち並ぶこじんまりした中世ヨーロッパ的な趣の町だった。
TRUBAとは、マケドニア語でトランペット系楽器を、広くは象徴的に金管楽器(ブラス)を指すものと思われる。したがって、イベント自体はロマ・ブラス音楽祭とでも訳すとわかりやすいかも知れない。ジプシー・ブラスバンドはチューバや各種ホルンも編成されるが、花形はソロで活躍するトランペッターで、そのトランペットもピストンバルブやロータリーバルブという構造上の違いによってバリエーションがある。いずれにしてもオスマン帝国時代の軍楽隊の放出楽器が起源だろう。それはちょうどジャズ・バンドがアメリカ南北戦争後に払い下げ楽器を使うところから始まったように。
今回のメールニュースを発信しているのは、このフェスティバルを主催したルスィト・シャキール・アンサンブルの団長サメット・サリエフスキー氏。この日はマケドニアのスコピエ、シュティプ、ストゥルミッツァなど4つの都市から集まった5つのブラスバンドが参加し、ゲストとしてグチャ・フェスティバル(セルビアの有名なブラス音楽祭)で優勝したセルビアのボヤン・リスティッチ楽団が招かれた。ソロ部門ではジャンボ・アグシェフが優勝し、オーケストラ部門ではスコピエの<ピチカート・オルケスター>が一等賞を獲得した。最優秀ソリストには金の冠が授与された。調べてみると、アグシェフ(ジャンボはあだ名)は、ヨーロッパでは名前の知られたミュージシャンのようだ。
町の広場で行われるローカル色たっぷりのフェスティバルは毎年行われているらしいが、きちんと審査をして賞を決め、金冠やトロフィーを授与するというこの催し。本当に音楽と踊り、そしてお祭りが好きな人々だ。そして思い出すのが、マケドニアの地元のロマテレビ局が運営するロマ映画祭やミス・ロマ・コンテストだ。賞を競うことも彼らの楽しみの一つに違いない。
(市橋雄二)

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■2008.10.11  欧州ロマ・サミットの成果とは《ジェレム・ジェレム便り②》
○今回の<欧州ロマ・サミット>に関しては、日本のメディアでもネットニュースなどで短く報じられた。そこでは、バローゾ欧州委員長が「あらゆる手段を尽くす」と述べたくだりを紹介し、教育や就職、住宅などに関する支援を約束した(9月17日付産経ニュース)として好意的に伝えている。一方、9月16日付け国際版ヘラルド・トリビューン紙がAP電として伝えた記事は「EU、初めての欧州ロマ・サミットで非難される」という見出しでロマ側の反応を中心に違った見方を示している。
ロマの代表は、イタリア政府が今年6月に発表したロマ人の指紋採取政策(イタリア国内のロマ人集落で暮らすロマ人とその子どもたちから指紋を強制採取するという治安強化のための移民規制の一環)をEUの行政機関として批判声明を出さなかったことに怒りを露にし、強く非難したという。一方で、Open Society Instituteなどの財団を通じて慈善活動を行い、長くロマの人権擁護のためにも闘っている米投資家ジョージ・ソロスが演壇に立ち、イタリア政府への法的措置の必要性を訴えると、ロマ団体から拍手を浴びたという。
今回の会議の目的のひとつは、各国政府関係者、ロマの代表、非政府組織を集めて27カ国のEU加盟国に暮らす約1千万のロマが直面している様々な問題への関心を高めるということだった。この点では一定の成果があったものと思われるが、総論ではなく各論を求め、差別政策への迅速かつ徹底した対応を求めたロマの人々の切実な思いとの間には今なお隔たりがあることを浮き彫りにしたともいえる。
(市橋雄二)

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■2008.9.14  ロマ・コミュニティー向けのメールグループ《ジェレム・ジェレム便り①》 EUロマ・サミット開催
○この9月16日、ベルギーのブリュッセルでEU(欧州連合)欧州委員会が主催する初めてのロマ・サミット(会議)が開催される。EU関係部局や各国政府、市民団体から400名を超える代表者が一堂に会しEU内のロマ・コミュニティーがおかれている現状を確認しつつ、いわゆるロマ問題(根強い差別とステレオタイプ、そしてそれらに起因する様々な社会問題)解決のための具体的な政策を討議するという。
チェコやルーマニアなど東欧諸国へと加盟国を拡大させてきたEU域内には今日約1200万人のロマの人々が暮らし、最も大きなマイノリティー集団のひとつに数えられるようになった。ロマ問題は各国に共通する要素が多く、今まさに国の垣根を越えて解決しなければならない重要かつ深刻な社会テーマなのである。
日本のメディアではほとんど取り上げられることのないロマの今の状況について、ヨーロッパでは日常的に様々なニュースが報じられている。わたしが参加している世界のロマ・コミュニティー向けのメールグループ《ジェレム・ジェレム》に投稿される記事はこうした日々の動きや世界中のロマの動向を伝えていて興味深い。くだんのロマ・サミットのこともこのメールグループの記事で知った。ただし、あくまでも回覧機能がメインであるためひとつひとつの話題について詳しい背景が語られるわけではなく、ネット検索などを利用して必要に応じて知りえた情報を補強しなければならない。ロマ・サミットに関していえば、EUのポータルサイト内に掲載されているプレスリリースが詳しく会議の内容と経緯を伝えている。
今回の会議に出席する欧州議会のロマ出身議員Livia Jarokaさん(ハンガリー市民連盟、ヨーロッパ人民党・民主グループ所属)はヨーロッパのニュースサイトの取材に対して「ある調査によるとヨーロッパ人の70~80%はロマに対して反感を抱いている」といい、「このことが最大の問題だ」と述べている。学校における隔離教室や雇用差別、居住地のインフラ未整備など具体的な問題の根源にあるのは、こうした人々の感情にあるという指摘である。(ちなみに欧州議会議員785名中、ロマ系議員はJaroka氏を含め2名が在任中)ロマの人々がヨーロッパに住むようになって約500年。長い歴史の中で蓄積されてきた根深い問題にEUとしてどのように取り組むのか。単なる政治ショーに終わらせることはよもやないと思うが、その具体的な施策に注目していきたい。(今後もメールグループ《ジェレム・ジェレム》の記事の中から「これは」という話題を取り上げて報告していきます。)
(市橋雄二)

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最近の欧州のジプシー(ロマ)の状況

■2008.6.03  最近の欧州のジプシー(ロマ)の状況
○最近の朝日新聞に2回ほどジプシー(ロマ)に関する記事が出た。こうしたジプシー(ロマ)関連の記事の内容は彼らが欧州において抑圧されている状況についてのものが多く、取り上げ方という面ではやや画一的である。とはいえ、内容はそれほど間違ったものではなく、むしろジプシー(ロマ)の立場に配慮したものであるが掘り下げ方がやや不満である。。
欧州では1989年のベルリンの壁、崩壊後に、旧東欧やバルカン半島から大量のジプシー(ロマ)が西欧に流入しはじめ、その後のユーゴスラビア解体もそれらの流れを加速させた。その後20年近く経過して旧東欧の多くの国々がEUに加盟し、旧ユーゴもそれなりに安定しはじめたとして、仏、伊、独などのEU諸国が東方へジプシー(ロマ)を送還させる動きが活発化してきた。EU各国も内部にそれぞれ格差・移民問題をかかえており、少しでも不法滞在者を帰還させたい本音をかくさない。受け入れる側からセルビアの事情、送り出す側としてフランス、サルコジ政権の不法移民の強制送還そしてイタリアのベルルスコーニ新政権の移民規制強化案などが骨子である。
大きな流れは分かるが、実際に不法滞在者とされるジプシー(ロマ)の人びとの生の声が聞こえてこない。かれらに直に取材することの困難さはあるが、記事にでる内容はだいたい行政サイドの意見、支援活動、人権擁護団体のひとびとの意見で構成されている。それぞれの見解が要領よくまとめられており、分かりやすいのだが、何となく物足りないのだ。記事から記者が人間としてなにを感じているのか伝わってこない。当事者であるジプシー(ロマ)の人びとに直接取材していないのだ。ロマ人のなかにも様々な階層・境遇・職業があるはずなのに、彼らの肉声が聞こえてこない。もどかしく感じる所以だ。
1989年の大量移住・流入以前のはるか昔、数百年にわたりジプシー(ロマ)の人びとは西欧・南欧・北欧・ロシアなどに分布してきた歴史がある。
西欧の音楽・舞踊などに分野に限っても、ジプシー(ロマ)の人びとが従来の西欧文化にもたらした豊穣な実りは明白であり、それらの影響がなかったならば、今の文化は貧弱なものになっていただろう。日常生活に深く浸透しているだけに、あらためて考えることをしないほどだ。
こうしたジプシー(ロマ)の人びとがはたしてきた積極的な実りの面にも目を配った報道がないと、これらの記事を読み続ける読者にはゆがんだイメージばかりが増幅されていく。
旧ユーゴのなかのマケドニアに行ったとき、これらの問題の一端をみたが、様々な矛盾を生きながらも、生きることの基本をきちんと見せてもらった思いが強い。差別、排斥、不法などだけでは語れないジプシー(ロマ)の多様で、したたかな生き方にふれた報道が増えて欲しい。

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■2007.8.15  アルメニアのこと
  ○ アルメニアのジプシー(ボーシャ)の存在を確認し、できれば彼らのうたなどを採録したいと思いながら、日本ではほとんど情報が取れないままぶっつけ本番覚悟で行ったアルメニア取材の映像・音の素材を整理・編集しながらDVDを製作中である。
アルメニアについての平均的日本人のイメージは希薄なものだろう。しかしながら、ジプシーが北西インドから出立し、ヨーロッパ大陸各地に拡散するジプシー・ロードとも言うべき経路を考えると、アルメニアは重要な地域であった。そこに何らかのジプシーの痕跡があるのではないかというのが訪問の理由であった。
○アルメニアはグルジア・アゼルバイジャンとともにカフカス3国に数えられ、地理的にはトルコ、イランのほぼ北に位置する。アルメニア民族の歴史は古く紀元前7~5世紀までさかのぼれるし、紀元4世紀には国としてキリスト教を最初に受け入れた国家である。9~11世紀には小アジア東部一帯に広がる大アルメニアを形成する一大王国であった。
アララト山(5165m))はアルメニア民族の心のよりどころとされており、ノアの箱舟が漂着したところとされているが、現在はトルコ領である。黒海とカスピ海の間に位置しながら、グルジア、アゼルバイジャンと違って、港湾を持たない地形状の弱みを抱えて、歴史のすべての時期にわたって領土の分割と植民地化の命運をたどってきた。特にロシア、トルコの両大陸との関係では常に圧迫を受けてきた。
アルメニア民族にとっての最大の惨事・悲劇は第一次世界大戦をきっかけに起こったトルコ領内でのアルメニア人虐殺であり、100万人を超える人びとが死亡し、国外脱出者は50万人に及んだという。この問題(ジェノサイド)は現在にまで深刻な国際問題になっており、虐殺の事実を認めるべきだとするトルコ人ジャーナリストが暗殺されるなどの事件は記憶に新しい。
○そうした民族的悲劇を記憶にとどめるアルメニアにひっそりとジプシー(アルメニアではボーシャと称される)は生きていた。DVDは9月に完成する予定である。

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ジョニー・デップ

■2007.7.17  先日、市橋雄二さんと会った際にジョニー・デップのちょっとした話を聞き、詳細を尋ねたら、以下のようなメールが届いた。何となく納得できる内容。(氏の同意のもと記す)
市川様
ネイティブ・アメリカンの血をひく彼はやはり少数民族に関心が深いようです。以下のブログにあるインタビュー記事が参考になります。この記事にあるThe Man Who Criedは邦題が「耳に残るは君の歌声」です。ルーマニアのジプシー楽団タラフ・ドゥ・ハイドゥークスが共演しています。まだ観ていませんが、近々レンタルビデオで観てみようと思います。 市橋雄二

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