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映画「エルネスト もう一人のゲバラ」

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    ゲバラをテーマにした題材と聞いただけで、南米独特の熱情のようなものが漂う映画になるのかなと予想して見たが、青春時代の憧憬や一途さが香る青春群像映画に仕上がっていた。全体に抑制が効き、人々の控えめな息遣いが好ましい。もちろん背景にはキューバ革命に伴うカストロ、ゲバラの革命家としての存在の強烈さはあるが、この作品は、意表をついた形で日系2世のボリビア人、フレディ前村を登場させたところが面白い。2017年の日本・キューバ合作作品で、監督は阪本順治。
    原作はマリー・前村・ウルタードとエクトル・ソラーレス・前村の共著「革命の侍〜チェ•ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯」(長崎出版、2009年、2017年再刊)
    冒頭のシーンは印象的だ。キューバ革命から半年が経過した頃キューバ政府使節団として来日したエルネスト・チェ・ゲバラは広島平和記念館や平和記念公園、原爆病院を訪問する。そこでゲバラが抱いた思いが全編を伏線のように流れている。
    1962年、祖国のために医者になることを希望し、キューバのハバナ大学の医学部を目指してやってきたフレディ前村はまもなくキューバ危機に遭遇する。現在に至るまでの核問題の最初の危機的な状況だった。
    ボリビア社会の貧困を身近に体験したことから、医学者を目指したが、1964年に祖国ボリビアで軍事クーデターが起き、フレディは反政府運動に関わりだし、折しもキューバ政府の募集する革命支援隊に応募する。そこで与えられた兵士名が「エルネスト」だった。キューバを離れ、故国ボリビアの反政府ゲリラ活動に身を投じて、25年の生涯を終える。
    フレディ前村が生きた人生は激動そのものだったが、阪本順治監督は医学を目指す青年の思いを丁寧に辿り、日常のエピソードの表現にも心を砕く。解剖室の授業風景などが作品の襞を刻む。描くのは静かな日常だが、その日常性の実現の陰に激烈な戦いが潜んでいることを感じさせ、前村が接するゲバラやカストロたちの振る舞いも不思議な感興を起こす。
    チェ・ゲバラと行動を共にした日系人がいたという事実をもとに、青春映画として成功したのは主人公を演じたオダギリジョーの存在が大きい。澄んだまなざしと穏やかな物腰から発する存在感が見事だった。
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    世界の映画作家の中でも特異な位置にいるジャームッシュの新作だが、彼独特の映画文法はさらに練達の度を増し、ある種の孤高の境地に達したかに思える傑作だ。
    世界中に溢れかえる、あざといまでの手練手管を駆使しまくり、見るものの感性には無頓着な感動の押し売り満載の「大作」「問題作」「異色作」が氾濫する映画界の中では、内から湧き出る心性が掴み取る人生の一片こそが、人間の真実だという永遠のテーマを訴えつづけてきたジャームッシュの作品は映画の世界の絶滅危惧種と言いたいほど貴重だ。
    その表現は控えめで、含羞漂う静謐な空気感、そこはかと滲み出るユーモア、洗練され尽くした音楽の効能、練りこまれた会話などはジャームッシュ映画の本質を形成する要素だ。
    ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)と妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)の1週間の日常生活を描いたもので、特に大きな事件が起きるわけでもない淡々とした日常で、犬との夜の散歩、行きつけのバーでの一杯を繰り返す程度。
    日常性の繰り返しとその日常の中から紡ぎ出すように浮かび上がってくる日常の匂いみたいなものが曰く言い難いムードを醸し出す。それに上書きするように詩人でもあるパターソンの自作詩の文字と朗読の声が全編に通奏低音のごとく流れる。
    この映画の無調にも思える画面にかすかなさざ波を立てるのはバーで会う離婚話に悩む男と街の道で出会うシーンの会話と偶然出会う日本人の詩人(永瀬正敏)との会話である。この2つのシーンには人のふれあいによる魂の発熱のような暖かいものが伝わりジャームッシュの志向するものが垣間見える。
    誰でも感じることだろうが、全編に小津安二郎的なものが流れている。静かなカメラの動き、画面の構図、そして普通の日常に対する異常なこだわりなどが基調音として流れている。
    不思議なことだが、この映画をみて、日本の詩人、杉谷昭人の詩集「宮崎の地名」を思い出した。彼の言葉「私たちは自分たちの足元を毎日ゆっくりと耕しつづけていく以外に、自分の世界を手にする方法はないのだ。世界を我が物にしえたのは、毎日を平凡に、しかし誠実に生きている無名の人びとだった。・・」
    ジャームッシュの世界には、人間の日常性の中から掬い取るものの中にのみ、物事の本質を掴み、現実を我が物にする手がかりがあるのだというメッセージが力強く流れている。       
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     クストリッツァ監督の作品は音楽もまた楽しみの一つだ。1954年生まれのクストリッツァ監督は旧ユーゴスラビアのサラエヴォで60〜70年代のロック音楽の洗礼を受けて育ち、その後映画の道に進んだが1994年以来<エミール・クストリッツァ&ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ(TNSO)>のメンバーとして精力的にワールドツアーをおこなう現役ミュージシャンでもある。
    そんな監督の音楽スタイルを決定づけたのは、1989年のカンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した『ジプシーのとき』で、70年代ユーゴ・ロックの旗手であり作曲家としても活躍するゴラン・ブレゴヴィッチを音楽監督に起用したことだった。
    ブレゴヴィッチはバルカン地方の民謡の旋律や民族舞踊のリズムにジプシー音楽やラテン音楽の要素を取り入れた独特のサウンドを生み出し、その後の『アリゾナ・ドリーム』(1993年)と『アンダーグランド』(1995年)でその音楽世界を確たるものにした
    1997年の映画『黒猫・白猫』(日本公開は1999年)ではTNSOのリーダー "ドクトル"ネレ・カライリチが音楽を担当し、テーマ曲「ジンジ・リンジ・ブバマラ」を作曲、TNSOが演奏した。
    彼ら独自の音楽スタイルはこの曲で一つの到達点に達し、アルバム『ウンザ・ウンザ・タイム』(2000年)に収録されると楽曲として一人歩きし始め、コンサートのクライマックスに演奏される定番のダンス・チューンとして観客を熱狂させるに至っている。
     最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』では監督の実子でTNSOのドラマーを務めるストリボール・クストリッツァが音楽を担当している。自らのバンドで活動するかたわら、2007年の『ウェディング・ベルを鳴らせ』以降、父親の作品に音楽担当として参加している。セルビア地方の「コロ」と呼ばれる2/4拍子の舞踊音楽とルンバをミックスした独特の高速ビートを「ウンザ・ウンザ」と称してTNSOのコンセプトにしたのはストリボールだとも言われている。本作で流れる音楽には既存曲も一部に使われているがオリジナル・サウンドトラックも実に多様で素晴らしく、「ウンザ・ウンザ」以降のストリボールの成長を感じさせるエモーショナルな楽曲を含めて音楽だけでも十分楽しむことができる。
    なんとかCDで聴けないものかと思いサウンドトラック盤を探してみたが日本盤はおろかインターナショナル盤も発売もされていない。世界最大と言われる音楽専門のマーケットプレイスサイトでようやくセルビア盤を見つけ注文した。送られてきた紙ジャケットのCDを見ると発売元はRasta Internationalと表記されている。これはクストリッツァがセルビアのベオグラードに設立した映画制作会社だ。つまり、制作会社自らの自主制作盤ということになる。CDには箱型の打弦楽器ツィンバロム(セルビア語でツィンバロ)の静かなソロ曲、ブルガリアン・ボイスとして世界に知られる女声合唱曲、打楽器奏者としてのストリボールの本領発揮の大小のパーカッションを現代音楽風にアレンジした曲、セルビアのお隣のダンサブルなルーマニア民謡、ラテンの王様ティト・プエンテの演奏で有名なサルサの名曲、そしてウンザ・ウンザのノリのいい曲、哀愁漂うワルツ曲など実に多彩な全16曲が収められている。セルビア語(ロシアのキリル文字を使用)で書かれたクレジットを読み解くと、演奏しているのはTNSOのメンバーとストリボールのバンドメンバーのほかルーマニア民謡ではルーマニア人のミュージシャンを起用しているのもわかる. また、本CDでは各曲フル尺で収録されており、テーマに続いて各楽器のソロを回すジャズの流儀なども聴いていて楽しめるものになっている。自主制作盤にしておくには惜しい1枚だ。
     映画では白黒のテレビ画面からユーゴスラビア時代の懐メロが流れるシーンがある。映画パンフレットからSilvana Armenulicの "Sta Ce mi Zivot"という曲だとわかったので、今度はiTunesで単曲購入してみる。オリジナル発売は1966年。ジャケットにはユーゴ版いしだあゆみといった風情の女性歌手が写っている。この地の民族楽器タンブリッツァと思しき弦楽器のイントロから始まるマイナーコードの気だるい歌声が実に心にしみる。充実したオリジナル・サウンドトラック群の中でキラリと光るこの1曲がさらにドラマに奥行きを与える効果をあげている。
    (市橋雄二/2017.9.10)
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    現代フラメンコ界に屹立するフラメンコダンサー、サラ・バラスのドキュメンタリーである。フラメンコの世界的な広がり、特に日本についても興味深い事実が描かれており、芸能としてフラメンコが内包する力の源泉についても思いが及ぶ作品に仕上がっている。
    フラメンコ界の歴史を辿れば幾多の巨匠たちの苦闘の歴史が現代フラメンコの隆盛をもたらした。サラ・バラスはこれらの巨匠たちのなかから、パコ・デ・ルシア、 アントニオ・ガデス、 カルメン・アマジャ、 カマロン・デ・ラ・イスラ、 エンリケ・モレンケ、 モライート・チーコ の6人のマエストロへのオマージュ作品「ボセス フラメンコ組曲」の初演までの3週間の稽古風景と世界ツァー (2014〜5)に密着した映像記録となっている。
    パコ・デ・ルシアについては、彼の長男が記録した 「パコ・デ・ルシア 「灼熱のギタリスト」に彼の並外れたフラメンコ・ギターに対するこだわりや超絶的な技法が鮮明に描かれた傑作が残されている。
    冒頭の稽古風景から彼女のフラメンコへの思いが噴出するように語られる。従来のルールを超えていく生き方、革新性、リスクに立ち向かう姿勢などは保守的な層からは批判されるが、自らの思いを貫いていく。彼女の強靭なカリスマ性は率いる舞踊団との見事なアンサンブルを生み、彼女の踊るフラメンコダンスには、そのサバテアード(つま先と踵をふみ鳴らす超絶的な技)が圧倒的な迫真力を生み出す。舞台をふみ鳴らす切れ味の効いたタップが休止した瞬間の深い静寂と次の狂騒のサバテアードの絶妙的な対比が鮮やかだ。
    心の内側に溜め込んだ様々な起伏に富んだ感情を一気に爆発させる衝撃性、そこに至るまでに体に蓄積させるかのような手足の動き、苦悩と歓喜の表情・・人間の始原的な情感まで漂わす実在感の強さが彼女のダンスの独自性だろう。
    印象的だったのはニューヨーク公演でローリング・ストーンズのサックス奏者のティム・リースを迎えてのセッションで、フラメンコとサキソフォンの即興的な融合が見事だったこと。そしてサラが新人時代に東京に住みながら、タブラオ「エル・フラメンコ」で踊っていたことだった。
    蛇足ながら上記6人のマエストロの記録映像が少しづつでも挿入されていれば、より感銘深いものになっただろう。
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    鬼才〜9年ぶりの監督作。「アンダーグラウンド」(95)「黒猫・白猫」(98)などで圧倒的な評価を獲得したクストリッツァは「オン・ザ・ミルキー・ロード」でさらに広く深く、表現世界を深化させた。
    話は戦火の中で展開する愛の逃避行だが、戦乱が日常化している村で運命的な出会いを果たしたミルク運びの男、コスタ(エミール・クストリッツァ)と花嫁(モニカ・ベルッチ)の出会いと別れを重層的で、悲喜劇的で、寓話的な世界に昇華させた。
    主人公のコスタは右肩にハヤブサを乗せ、晴れた日でも傘を差し、砲弾の中、前線の兵士たちにミルクを配達する男だが、村の英雄に嫁ぐために現れた謎の美女(モニカ・ベルッチ)と出会い恋におちる。やがて彼女の謎の過去によって、村が襲われ、二人の逃避行が始まる。
    クストリッツァへのインタビューによれば、ユーゴスラビア、アフガニスタン、ボスニアでの印象的な寓話をヒントに企画されたという。
    頻繁に出てくるオンボロ古時計をスラップスティックの乱痴気騒ぎで描いたり、婚礼前夜の祝祭をノスタルジックなジプシー音楽・バルカンミュージックで歌い上げ、甘い陶酔と幻想性に満ち満ちた世界を現出させたかと思うと、村中が戦火にまみれ、村人が殺されるリアルな描写があり、 一方ではハヤブサ・蛇・ガチョウ・ロバ・熊・羊などと人間たちとのスーパーコミュニケーションが寓話的に語られる。
    寓話と現実世界との融合が民族調な色彩感の中で展開し、マジカルでリアルな両義性が強い説得力で迫ってくる。祝祭と破壊が同時進行する悲(劇)喜劇。人間が歴史的に、宿命的に内在してきた善と悪の両義性に対する冷徹な視線が垣間見える。
    印象的なシーンは、謎の美女が難民キャンプにいるときに、毎日同じ映画を観て涙を流していた。というシーンだが、この映画な日本では「戦争と貞操」(57)という邦題で公開されたソビエット映画で、原題は「鶴は飛んでゆく」だった。1958年のカンヌ映画祭のグランプリを獲得した注目作だった。
    モニカ・ベルッチがインタビューの中でエミール・クストリッツァのことを「スケールが大きくて、まるで人生を丸ごとガリガリと噛み砕いているような人」と述べているのが印象的だったが、確かにエミール・クストリッツァの世界には、セルバンテスの「ドン・キホーテ」的な匂いも感じられるし、フェリーニのサーカス見世物的な語り口も感じる。ただフェリーニとは決定的に違うのは、知性の含羞とは縁がないということだろう。
    彼、クストリッツァの作品の底流を流れる通奏低音は人間の両義性を超えて、人間と未来を信じたいと願うヒューマニズムへの希求があるような気がしてならない。アイロニカルな知性ではなく鋼の知性がエミール・クストリッツァのバックボーンであり、彼の流麗な語り口、テンポ感に身を委ねながら、クストリッツァのみが切り開いた地平に耽溺できるのは至福の時である。(9月15日TOHOシネマズ シャンテ他ロードショー )
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     インドのラージャスターン州で独特の踊りを伝承する芸能民カールベーリヤー。2001年の夏、ジプシー(ロマ)音楽のルーツを探るため同州のジャイサルメールという町で音楽調査をおこなっていたとき、巡礼のためウダイプルから来ていたその芸能一座に出会い、躍動的でアクロバティックな「生きた」芸に魅了された。

    黒地に赤、白、黄、緑など色鮮やかな飾りをつけたブラウスとロングスカートを身にまとった女性ダンサーが体をくねらせ旋回する踊りは、近年欧米諸国や日本でコンサートツアーをおこなうラージャスターンの音楽芸能グループのショーの一部に組み込まれ、世界的に知られるようになった。
    元来カールベーリヤーは、シヴァ神を信仰する門付け漂泊芸能民ジョーギーのサブグループで、かつては蛇遣いの芸を見せながら村々を回り、蛇に噛まれた人の治療を施したり、蛇退治の呪文を唱えて民家に入った蛇を捕まえたりするなどのサービスを提供し、各地の寺院の祭礼に赴いては地元の楽師と一緒になってさまざまな芸能を奉納芸として披露し人々を楽しませていた。時折現れては去っていく漂泊の芸能者は定住の農民や商人からは畏れられ、遠ざけられながらも、一方で特別な能力を持つ異形の祝い人として受け入れられていた。時代は変わり蛇遣いの部分が失われて芸能の部分だけが残された。
     先日、ラージャスターンが舞台だというのでたまたま見たヒンディー語映画に〈カールベーリヤーの女〉が出てきて思わず目を見張った。『Dhanak(ダナク/英題はRainbow)』(ナーゲーシュ・ククヌール監督)というタイトルの子供を主人公にしたヒューマンドラマで、2015年のベルリン国際映画祭でプレミア上映され、日本でも同年〈こども国際映画祭in Okinawa〉で上映されている。日本ではその後劇場公開されておらず、今回映像配信サービスを利用した。アメリカの会社が日本でおこなっている月額制の映像ストリーミング配信には世界各国の新旧映画作品が日本未公開作品を含めて豊富にラインナップされていてかなり利用価値が高い。今回の映画も『レインボー』という邦題で日本語字幕付きで観ることができる。
     映画はラージャスターンの田舎の村に暮らす目の不自由な8歳の男の子と二つ年上の姉が主人公で、ある日姉があこがれの映画スター(実在のシャー・ルク・カーン)が大写しになったポスターを見つけるところから物語が展開する。よく見るとそこには角膜移植のドナー登録を呼びかける言葉が書かれていた。このスターに頼めば弟の目を治せるかも知れない。その後スターが同じ州で映画のロケ中だという話を聞き、お金のかかる手術を諦めている親に内緒で、弟を連れてスターに会うため旅に出るのだが...。
    二人は途中道に迷ったり大人に騙されたりとトラブルに見舞われ、その都度誰かに助けられながら旅を続ける。その助っ人は旅芸人であったり、バックパッカーの旅行者であったり、家族を失くして精神を病んだ男であったりして、周縁を生きる人々が持つ超日常的とも言うべき力によって遂にスターのもとにたどり着く。
    女優が演じる〈カールベーリヤーの女〉もそんなマージナルな存在の一つとして、黒い衣装に身を包んで登場する。一難去ったところで人の良さそうな男の車に乗せてもらうと実は子供さらいで、睡眠薬入りのお菓子を食べてしまい万事休すという時に、道路工事を装って道を塞ぎ、銃で脅しながら男から金品を巻き上げ、子供達も無事助けるという役回りだ。その後、カールベーリヤーの一団がテントを張って宿営する場面で、魔法つかいの老婆が出てきて「占いでお前たちが来ることはわかっていたのだ」という話をするところなど、カールベーリヤーに対するステレオタイプなイメージがよく表れている。それはかつて蛇遣いとして村々を渡り歩いていた時に定住民の側が抱いていた固定観念と共通するものだ。映画ではカールベーリヤーの登場シーンは5分程度だが、マンガニヤールの楽師たちと楽しそうにラージャスターン民謡「ゴールバンド」を歌うシーンもあって総じて明るく描かれている。
     カールベーリヤーをそのまま描いた映画はトニー・ガトリフ監督の『ラッチョ・ドローム』をはじめいくつかのドキュメンタリー作品があるが、本作のように女優が演じる映画は初めて観た。筆者が知らないだけかもしれないが、冒頭に書いたように今や世界中に知られるようになったカールベーリヤーの存在感と無関係ではあるまい。アメリカの映画データベースサイトで本映画を調べると、〈カールベーリヤーの女〉を演じた女優の役名はGypsy Womanと出てくる。
    (市橋雄二/2017.7.18)
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     まず、本作「娘よ」の原題DUKHTARについて少し説明を加えておきたい。DUKHTARとは「娘」を意味するペルシア語起源のウルドゥー語(パキスタンの国語であり、インドの公用語の一つでもある)で、カタカナで発音を示すと「ドゥフタル」に近い。ここでの「フ」は喉の奥をこすって出す音で日本語にはない発音。余談ながら、綴りからも想像がつく通り印欧語族の仲間である英語のdaughterと祖語が共通する。現代の英語では「ドーター」のようにghの部分を発音しないが、フランス語の影響を受ける前の古英語の時代には上記の「フ」と同様に発音されていたと言われている。その意味でローカル言語のタイトルながらユーラシア大陸のスケールを感じさせるタイトルでもある。
     さて、本作はパキスタン出身でアメリカ在住の女性監督アフィア・ナサニエルによる長編デビュー作で、山岳地帯の大自然を背景に、部族社会に今なお残る幼児婚の因習から娘を助けようとする母と娘の逃避行を描いた作品で、エンタテインメントの要素を入れながらも基本的にはアート映画の範疇に入るインディペンデント作品である。
    政情不安定の中パキスタン辺境地域でのロケには苦労があったというが、監督は映画制作のセオリーに則って堅実に作品をまとめている。アメリカのコロンビア大学大学院で映画学を学び、現在も同校でシナリオライティングの教鞭をとっているという経歴を知ってなるほどと思う。雪化粧の高山をバックに色あざやかなデコレーション・トラックを走らせるカットやステディーカムを用いたサスペンスタッチの追跡シーンなどインターナショナルの観客へのアピールも忘れない。インディペンデント映画の制作が始まってまだ日が浅いパキスタン映画界においての試みとしては大いに評価されてしかるべき作品で、そのことは2015年のアカデミー賞外国語映画部門のパキスタン代表作に選ばれたことからもわかる。
     パキスタンの娯楽映画は制作拠点がラホールという都市にあることから、インドでいうボリウッド(ボンベイとハリウッドを組み合わせて「インドのハリウッド」を意味する造語。なおボンベイは現在ムンバイとその名前を変更している)をもじって〈ロリウッド映画〉とも呼ばれるが、近年の動きとしては2005年ごろからそれまでのイスラム化政策(本サイトの2016.10月掲載のジェレム・ジェレム便り「映画『ソング・オブ・ラホール』が問いかけるもの」でも一部触れている)のなかで停滞させられていたエンタテインメント産業が復活し、映画界においてもイスラム過激思想や印パ国境紛争などのタブーに触れる新作が作られるようになってきている。本作もまたそのような文脈に位置付けることのできる実験的な作品だ。特にインドの娯楽映画にお決まりのストーリーとは直接関係なく挿入される「歌って踊る」シーンを排した作りをしている点は監督のこだわりであろう。制作資金調達において不利であることは間違いなく、本作も最終的にパキスタン以外にアメリカとノルウェーのファンドからの資金によって制作が実現したとある。
     本作についてはそうした挑戦する姿勢に対して好感を抱く一方で、ストーリーの舞台となっている地域に住むパシュトゥーン人の描き方に深みがないことが気になった。喩えて言えば、東北の農村を舞台にした映画で全員がさらさらと東京弁で話しているような違和感とでも言おうか。もう少し人物や背景の考証に細やかさがあればさらに骨太な作品になったのではないかと思う。
     パキスタンでは先述の通り映画産業に対する規制が緩和され、パンジャーブなど一部の州に限られるもののシネコンの数も増えているという。今後も若い才能によって新しいパキスタン映画が作られていくはずであるし、シナリオライティングや撮影編集技術などさまざまな面で進化していくだろう。
    かつてインド映画には巨匠サタジット・レイ監督をはじめとするリアリズム映画の伝統があった。筆者などはそのディテールにこだわった映像や雲の動きに登場人物の感情を重ねるような比喩的な映像表現に感銘を受けたものである。パキスタンも広い意味でインド世界の一部である。同国の若い映画人にも同様の伝統が引き継がれていくことを期待したい。
    (市橋雄二/2017.5.7)
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    「白い風船」(1995年カンヌ国際映画祭カメラ・ドール)「チャドルと生きる」(2000年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞)「オフサイド・ガールズ」(2006年ベルリン国際映画祭銀熊賞)と立て続けに受賞しているイランの名匠ジャファル・パナピ監督の最新作。
    政府への反体制的な姿勢を理由に2010年より20年間の映画監督禁止令を受けているという。こうした過酷な環境下にありながらもしたたかに映像作品を生み出し続けている不屈の映画屋小僧と言えるだろう。
    監督自身がタクシー運転手に扮して、テヘランの街とそこに生きる市民の生々しいまでの実像を切り取って、イランの情勢に疎い我々にも、同じ血の通った人間としての共感・哀感を味わわせてくれる傑作だ。
    ダッシュボードに置かれたカメラを通して様々な市民が乗車してくる。路上強盗と教師による死刑制度をめぐるミニ論争、海賊版レンタルビデオ業者や客の映画大学生の映画談義、金魚鉢を抱く二人の老婆、小学生の姪は映画作りに夢中、自分を襲った強盗を憎みきれない幼馴染の男、政府から停職処分を受けた弁護士などなどが繰り広げる人士模様がどれも切なく、熱い感情に満ちており、イランの人々の生へのボルテージの高さに羨ましくなるほどだ。
    ニュースなどで目にするイランの現状はイスラム法の支配する社会独特の風習や慣例などが強調されすぎ、生身の人間の思想や感覚、感情などがあまり伝わってこない。そのようなイスラムへの偏見にも似た状況に対して、この映画はしなやかに、ユーモアを交えながら人間が生きることについての本質を描き出している。それも決して十分な映画的環境を保証されない中で。
    ドキュメンタリー的な手法とドラマ的な手法を巧みに混合させながら、見事に虚実皮膜の映画世界を屹立させている。虚実皮膜こそドキュメンタリーの要諦であり、今村昌平監督の「人間蒸発」はその頂点だ。「人生タクシー」を見た人はイランの人々、テヘランの街並みの息吹のリアルさに憧れを抱き、パナピ監督の映画へのみずみずしい思いに感動するのである。2015年ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品。
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     フラメンコを題材にした映画は数多いが、本作はロマ(ジプシー)の視点からその歴史が語られる点で興味深い作品である。
     歌い手の男性がインタビューの中で、自分はかご作り職人の父親と物売りの母親のもとに生まれたと語るシーンがある。2002年にアルメニアのジプシー、ロムの人びとを訪ねた際に首都エレバン郊外で出会ったかご作り職人のことを思い出した。
    かご作りはインドの世襲的職能集団(ジャーティ)の一つである。そしてアルメニアはインド北西部を出立したロマの先祖のうちのいくつかのグループがヨーロッパに到達する前に長期間留まった場所で、そうしたグループはかご作りを含むさまざまな職能集団によって構成されていたと言われている。
     映画は洞窟フラメンコを生んだグラナダのヒターノ(ジプシー)集住地区サクロモンテで育ったダンサー、歌い手、ギタリストの語りと実演によって進行するが、回想の背景に映し出されるモノクロームの古い写真の中に目を見張る一枚があった。その写真には、もみあげ部分に髪油をつけてカールさせた女性たちが写っていた。この髪型は、2001年にインド、ラージャスターンの砂漠の村で遭遇したジョーギーと呼ばれる門付けを行う職能集団の女性のものとそっくりだ。
     こんな記憶も蘇った。別の機会にインドを旅していた時のこと。たまたまホテルの部屋でつけたテレビで、フラメンコとカタックのダンサーが競演する番組をやっていた。番組からは両者の歴史的なつながりを視覚的に表現しようとする制作意図が感じられた。
    カタックとは北インドに伝承される民族舞踊で、弦楽器や打楽器の伴奏で踊る。踊り手は足首に小さな鈴をいくつも取り付けたアンクレットを巻いていて、ステップを踏むとシャンシャンと音が鳴る。回転しながら小刻みにステップし、最後に強く床を踏み叩いてキメを作る動作などフラメンコとよく似ている。フラメンコの手拍子パルマで刻むリズムも、北インドに見られるカルタールという2枚板の楽器が打ち鳴らすそれを彷彿とさせる。
     このような例を細かく挙げ出すとキリがない。とは言え、もちろんすべてをインドから来たロマが携えて来たわけではない。フラメンコの誕生に、イスラム王朝の支配下アフリカ北部マグレブ地方との文化混淆を経て醸成されたスペイン南部アンダルシア地方独特の音楽や舞踊との接触があったことは言うまでもない。ただ、そこには遠いロマの原郷の暮らしを思わせる要素もまた確かに見出すことができるということだ。
     映画は終盤に来て一人の女性ダンサーが見事なクライマックスを作り出す。アルバ・エレディアという名のそのダンサーの切れ味鋭くもしなやかな身のこなしと深みを湛えたその表情は一度見たら忘れることができないほどの衝撃だ。1995年生まれというからまだ二十歳そこそこである。この先の活躍が楽しみな逸材で是非ライブを見てみたいと思っていたら今年の秋に来日公演の予定があるという。これは見逃せない。
    (市橋雄二/2017.2.23)
  • 映画『湾生回家』を見て

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     戦前の台湾で生まれ育った日本人を「湾生(ワンセイ)」というらしい。初めて聞く言葉である。湾生たちは敗戦によってそれまでの生活が突然断たれ軍人、軍属らとともに日本本土に強制送還された。その数約20万。老境に入った彼らが今改めて子供時代を過ごした台湾の地を訪ねる物語。
    これだけの映画紹介であれば、映画館を訪ねたかどうかわからない。何かの記事にこのドキュメンタリーが台湾で興行的成功を収め、特に若い人々がハンカチを手に多く観たとあった。老人が主人公のこのドキュメンタリー映画にいったい何があるというのか。
     映画が始まってしばらくするとその記事の意味がわかってくる。開拓民や公務員として台湾に渡った親たちには夢や希望、あるいは覚悟があった。日本の統治下とは言え、やはりそこは異国である。苦労があれば日本での生活が偲ばれたことであろう。
    しかし、そこで生まれ、地元の子供たちと同じ学校に通い遊んで育った子供たちは違った。映画にも出てくるせりふだが「ここを外国だと思ったことはなかった」。漢民族もいれば原住民のタイヤル族もいる。大人の世界ではおそらく出自によって色メガネでみるようなことも子供ならではの感性で軽々と相対化し適応した。
    生まれ故郷を訪ねる湾生と現地の幼なじみが再会するシーンが印象的だ。これが実にありきたりで「やあやあ、あのときのお前か」くらいのものである。しかし、それが逆に胸を打つ。そこには国家や民族あるいは言語は介在しない。そうした文化的な装置を取り除いてみれば人間の根底には何も他者と隔てるものはないのではないかということを思い起こさせてくれるのである。
    そのほかにも当時を振り返ってそれぞれの人生を語る湾生が登場する。そして、同じ湾生でも事情があって日本に帰ることのできなかった女性が描かれる。この女性は自分を残して日本に帰った母親のことを思い続けているが今は年老いて病床に伏す身。娘や孫が代わりにその母親の消息を調べようと奔走する。このエピソードの結末は本作のクライマックスでもある。
     国境や民族にまつわる紛争のニュースを毎日と言っていいほど目にし、人間不信に陥らざるを得ない現代人にとって、この映画が伝えていることは実にシンプルだ。つまり、人間同士実は捨てたもんじゃない、というメッセージである。台湾では今も日本ブームが続いていると聞くが、この映画の台湾での成功をそのような日本や日本人に対する関心という表面的な理由だけで説明することはできないだろう。もっと根源的なものを台湾の若者たちもまた感じ取ったに違いない。
    「湾生回家」は中国語で普通に読めば「ワンションフイジア」となる。「回家」は「家(故郷)に帰る」という意味だ。ただ本作では「湾生」を一貫して「ワンセイ」としている。英語タイトルが"Wansei Back Home"であることからもわかるように制作者は日本語読み(訓読み)にこだわった。日本人が自らそのように称したので日本語の発音に倣ったということであろうが、それ以上に一般名詞としての「ワンション」ではない、それぞれの「ワンセイ」のそれぞれの物語をタイトルに籠めようとしたのかも知れない。それによって伝わるものが確かにあった。
    (市橋雄二/2016.12.2)
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    第2次世界大戦中、軍港として栄えた広島呉市が舞台。戦艦「大和」の母港でもある。
    18歳のすずさんに縁談がもちあがり、1944年、広島市から呉に嫁ぎ、海軍勤務の北条周作の妻になる。のんびりでおっとりした性格のすずさんは絵を描くのが好きで、工夫を凝らして食卓を飾り、衣服を作り直したり、徐々に暮らしぶりが不自由になる家を守りながら健気に毎日を積み重ねていく。
    こうの史代の同名コミックを片渕須直監督がアニメ映画化した。原作は第13回メディア芸術祭マンガ部門優秀賞他各メディアのランキングでも第1位を獲得している。
    物語は起承転結があるわけではなく、戦時下での一般庶民の些細な日常を丁寧に、淡々と、積み重ねていきながら、すずさんをはじめとして登場する人々の思いに寄り添うように展開する。
    夫の両親は優しく、義姉やその娘の晴美も同居している。遊女リンや水兵になった水原との出会いはすずさんの心を微妙に揺らす。呉に対する空襲は激しさを摩し、すずさん自身や、その周りにも深刻な影響が及び出す。そして、あの昭和20年の夏がやってくる。
    全編にみずみずしさが満ち溢れ、庶民が営んできた日常の些細な出来事がいかに儚く崩れさるものであるかを知らしめ、されど日常の生活の歴史の積み重ねが、いかに尊く、美しく、貴重なものかを、改めて静かに語りかけている。強いメッセージ性が透けて見えないほど、沈潜しているが、それだけにすずさんの愛らしさ、健気さが胸を打つ。
    すず役を演じるのん(本名 能年玲奈)が圧倒的に素晴らしい。テレビで見た「あまちゃん」の快演以来、女優としての潜在力の高さを期待していたものとしては、納得。セリフ、言葉で表現する以上に、不可思議なニュアンスがまとわりつくのがこの女優の魅力であり、大竹しのぶ的な匂いがある。
    後半、広島の8月6日のあの日が近づくにつれ、胸苦しい切迫感が溢れ出すが、このあたりの描写も抑制がかなり効いているだけ、説得力がある。廃墟になった広島に入ったすずさんは戦災孤児になった少女を連れて呉に戻る。ささやかな救いが染み入る。
    「君の名は。」を見た後での最初の印象は、その圧倒的な風景美と比較してしまうが、水彩画の味わいとさりげなさがあり、当時の普通の日本人の群像や失われいく原風景が暖かく浮かび上がる。
    広島や戦時下の日本庶民の原像に迫った作品として、今村昌平の「黒い雨」と並んで忘れられない映画となった。なお、この映画はクラウドファンディングで3374人のサポーターから39,121,920円の制作資金が集まり、「この映画が見たい」という声に支えられ完成した。2016年は「君の名は。」と「この世界の片隅に」という稀なアニメーション傑作を生んだ年として記憶されるだろう。
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    この映画は特別で、新鮮な驚きを我々に与える稀に見る異色作だ。それは近代文明に浸っている我々に根源的な問いを突きつける衝撃度を秘めた映画である。グローバリズム、近代合理主義、シャーマニズム、アニミズム、神話、口承伝承などなどの概念が頭の中を駆け巡らずにはいかない2時間だった。
    20世紀の初頭と中盤にアマゾンに入った二人の白人学者の民族誌や手記に触発され、映画化したのがコロンビアのシーロ・ゲーラ監督。88回のアカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたようだ。
    先住民カラマカテを訪ねてきたのは病に犯されたドイツ人民族学者。幻の聖花ヤクルナを求めて二人はアマゾン深くカヌーを漕ぐ。数十年後、記憶を失っているカラマカテはアメリカ人植物学者と出会い、再びアマゾンを彷徨う。様々な体験に遭遇しながら、時空を超えて、二人の間を行き交う対話がスリリングだ。ストーリーはわかりにくく、丁寧には展開しないが、アマゾンの自然に圧倒されながら、先住民のまばゆい世界観をただ聞き入るばかりである。
    モノクローム撮影が効果的でアマゾンを漕ぐカヌーが美しく、ジャングル・森の表情が多様、多彩に変貌する様子に魅入ってしまう。
    二人の白人学者とカラマカテとのふれあい、つまり、近代文明の合理性の真っ只中にいる白人とアマゾンの精霊との対話と民族の記憶に生きるインディオとの対話を通して、先住民の感性の鋭敏さ、視座の低さがより説得力を持ってくる。先住民の精霊との付き合い方、未来への予測の明確さが浮き上がってくるのだ。近代文明の成果である科学力に対するアニミズム=精霊信仰の素朴で力強い生への信仰がこの作品の通奏低音で奏される。
    監督が現地、地元で見い出した二人のカラマカテ役の素人俳優の存在感が並外れている。崇高で、野性的、そして何より品性がある。この起用がなければこの映画の成功はなかったろう。俳優としての訓練などよりも、民族の伝統として、口承伝承(文字ではなく、言い伝え)で生きててきた彼らは優れた聞き手なのだ。饒舌な俳優ではないのだ。饒舌は何も語り得ないということを、 カラマカテが体現している。
    モノクロ画面の一方の主役はアマゾンそのものの自然だろう。怒涛のように流れる豊穣な水量がのたうつ様は人間の犯す全ての罪を飲み込み、浄化してくれるかのような圧倒的な包容力に満ちている。豊穣な森・ジャングルには無数の精霊が行き交っている
    監督が言っているように、安易な西洋文明や植民地主義への批判ではなく、失われたものへの痛切な喪失感を抱きながらも、アマゾン的なものと近代との架け橋を希求したという言葉を信じたい。こういう映画を見ると、何かとんでもない見落としたものが地球上にはあるのではないかと思えてくる。あまりに一方的な歴史が描かれすぎてきたような気がする。
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     人間味あふれる中年のローカル・ミュージシャンたちが一念発起してニューヨーク公演を成功させるまでのドキュメンタリー映画である。
    親と子、土着と洗練、緊張と解放など様々な対照が画面に映し出され、観客を心地よく揺さぶってくれる。密着映像やインタビューを編集しただけでは表現することのできない映画的な深みを湛えたドキュメンタリーに仕上がっている。
    日本ではほとんど情報のないパキスタンを扱った映画にも関わらず、多くの観客を引き寄せているのは、そうした魅力によるものだろう。しかし、この映画はそうした感想だけでは終わらせるわけにはいかない重たいテーマをも含んでいる。
     映画では冒頭にパキスタンの国内情勢としてイスラム色の強い政権が成立した1970年代後半から徐々に音楽に対する弾圧が強まり、その風潮がターリバーン(タリバン)登場後過激化している現状が描かれる。映画を見るまでは、そのような実態は知る由もなかった。
     しかし実は、今年6月22日、パキスタンの国民的歌手アムジャド・サーブリーが、南部の都市カラチの自宅近くで乗用車に乗っていたところをバイクの二人組に銃撃され死亡するという事件が起き、小さな記事ではあったが日本のニュースサイトにも載ったこともあって気になっていた。
    アムジャド・サーブリーは、世界的に有名になったヌスラット・ファテ・アリ・カーンのグループよりも先にカッワーリーを世界に紹介した伝説のグループ、サーブリー・ブラザーズのリーダー、グラーム・ファリード・サーブリーの息子で、父や叔父ら先代亡き後はパキスタンにおけるカッワーリーの第一人者として圧倒的な人気を博していた。
    それだけにアムジャドの死は国民な多大なショックを与えることになった。日本に例えるならば、時代は異なるが浪曲界から登場して国民的歌手になった三波春夫や民謡歌手から出た三橋美智也が突然いなくなるようなもので、国民の間の喪失感は大きかったに違いない。
    事件直後はターリバーンが犯行声明を出したとも報じられたが、その後野党MQM(統一民族運動)に関係する人物が逮捕されている。一概にイスラム過激派による犯行と断定はできないものの、映画が指摘している音楽家の危機がまさに今も身近に起こっていることを示す事件であり、単なる死亡記事以上のことを考えさせられる。
     映画はミュージシャンたちがニューヨーク公演後に地元で凱旋公演を開くところで終わる。観衆の大喝采の一方で、物々しい警備の様子も映し出される。映画自体も未だパキスタン国内では公開されていないという。これが日本にいてはわからない世界の現実というものだろう。
    (市橋雄二/2016.10.2)
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    パキスタン東部ラホールに生まれた「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」という音楽集団の思いや苦悩をドキュメントした記録である。
    1980年代の軍事独裁下で歌や映画などの芸術・芸能活動への締め付けが強まり、00年代に入ると「音楽はイスラムに反する」と主張する過激派が台頭し、ますます音楽家などは生活すらも困難な状況に追い込まれていった。過激派などのテロも横行していた。パキスタンに脈々と伝わってきた伝統音楽が失われようとしていた。
    こうした閉塞状況を打破すべく結成されたのが「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」である。メンバーたちはイスラム社会に宿る、芸能者への賤視・差別に苦しみながらも世襲する音楽家としての喜びや誇りを捨てられずにいたのだった。
    そんな時に、あるジャズ愛好家の呼びかけで、彼らはジャズとの融合を目指す大胆な試みに挑戦した。彼らが肉体化してきた伝統音楽に新たな命を注入して今に生きる芸能に変貌するために、即興演奏という音楽的本質を共有するジャズとの共生・融合を目指したのだ。
    メンバーたちの音楽的熟練は高く、彼らのリハーサル風景のカットが積み重ねられるが、何気なく奏される超絶的技巧のオンパレードに舌をまく。世襲されたプロ集団の凄さを実感するシーンが楽しい。特に、竹の笛バーンスリーを奏するバーキル・アッバースの至芸には刮目。
    ジャズの名曲、デイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」をタブラ、バーンスリー、ハルモニウム、ドーラクなどの伝統楽器が奏でるシーンでは、音楽の無限の可能性を暗示させ感動が漂う。思わず、50年近く前にジャズ喫茶に入り浸っていた時代が蘇る。
    そして、ついに彼らはリンカーンセンターでウィントン・マルサリス&ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラとの共演が実現する。
    映画的にはハイライトであり、事実、大きな成功を収めたが、これからが彼らの真の挑戦だろう。海外での成功をバックに、逆輸入的にラホールでのコンサートがラストシーンだが、過激派や、保守層の政治家や宗教者たちの厳しい視線の中で、楽観は許されない。ただ、このドキュメンタリーで証明されたパキスタンの伝統音楽家たちのしたたかなまでの柔軟性や優れた適応能力が今の時代の閉塞性を打破してくれることを祈りたい。
    監督はパキスタン人のシャルミーン・ウベート・チナーイ。女性への暴力や差別などを短編でアカデミー賞を2度受賞した経歴を持つ。
    「蛇足」
    1990年代に中国少数民族の民間芸能を現地で撮影する仕事をしていた時、あるイスラム系の村を訪ね、村に伝わる歌などを記録していた時に、歌の上手い女性がいるとのことで、自宅を訪ねて歌を歌ってほしい旨伝えたが、強く断られたことがある。人前で歌を歌ったことが、夫に知られたら、即、離婚されてしまうというのだった。結局、村の物分かりのいい幹部の計らいで、村から離れた山の斜面で撮影できたのだが、イスラムの世界の芸能のあり方についての貴重な体験だった。イスラムと音楽芸能の複雑な関係は、この映画の底流を流れるメインテーマであり、容易には解けない難問が横たわっている。
  • 「シン・ゴジラ」〜日本列島の現実を反映

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    1954年に映画化され、誕生したゴジラは当時のアメリカによる太平洋上のビキニ環礁の水素爆弾実験によって生み出された怪獣であり、シン・ゴジラは厖大な放射能廃棄物の海中投棄による影響で生み出されたとされている。
    もちろん、日本列島を襲った東日本震災の未曾有の体験もこの映画には明らかに影を落としている。津波と原発のメルトダウンが引き起こした列島の混乱と絶望。
    ゴジラの最初の登場には不意打ちを食らったような戸惑いが生じた。丸いガラス玉のような眼と赤色の体がユーモラスな印象さえ与えるほど。間も無く進化したゴジラは2倍の体となり、体から放射能の熱を赤々と発し、ゴジラそのものの造形であり、その佇まいには様式美のようなものさえ感じてしまうほどだった。
    ゴジラの出現で右往左往する日本国家の権力機構が割合、冷静に表現され、首相以下、皆等身大の人間として描かれ、特別、超人的、スーパーヒーローが登場するのでもない。そしてアメリカに対するイメージも、首相のセリフに象徴されるほろ苦い現実を映し出す。 唯一、主人公格の若手政治家がこれからの日本はゴジラと共存していかなければ・・・というセリフが今の日本列島の現実を反映する言葉として、妙にリアルだった。
    ゴジラはメルトダウンした福島の第一原子力発電所そのものであり、10万年単位で放射能廃棄物の管理をしなければならないという、超歴史的命題に直面する日本を象徴する存在になってしまった。ゴジラ映画として面白く見ることもできるが、相当に深刻な問題点が内在する怖くて恐ろしい映画である。
    ゴジラが東京の中心部を次々に破壊していく様は、なぜかカタルシスを覚えるほどの快感体験だ。高層ビル群にジャンプするようになぎ倒していくシーンは、人間の破壊願望がかくも根深いのかと思わせるものがある。このくらい徹底的に破壊尽くさなければ、次の日本列島再建はありえないくらい日本人の抱える宿弊は深いのか。それにしても破壊マシーン化したゴジラの姿に漂い始める憂鬱そうなイメージはなんだろう。観客の思いがゴジラに感情移入されたのか。
    ゴジラは時限ある凍結状態になり、一応の決着を見るが、本質的な解決と思える駆除ではない。 そこには次回作への強い暗示がある。
    この映画の最大の見ものはゴジラの圧倒的な造形美の見事さ。そしてラストのエンドクレジットに流れる伊福部昭のあのゴジラのテーマ音楽。この作品が海外に出て行った時の評価を聞いてみたい。
  • 映画『ラサへの歩き方』を観て

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     本作は、今のチベットを舞台に実際の村びとたちの五体投地による巡礼の旅を描いたロードムービーで、チベットを扱いながら政治や宗教の匂いを消し去って生身の人間と自然の描写に特化したとても美しい映画である。
     中国第6世代の監督チャン・ヤン(張楊)による新作で、プロフィールによると根っからのチベット好きらしい。チベットに陸路で入るには、道路整備の進んだ青海省からまっすぐ南下するルートや四川省からほぼ真西に進むルートが一般的であるが、チャン監督はこの映画のロケハンのために、雲南省の大理から北上し、シャングリラ(香格里拉)、デチェン(徳欽)を経由して四川省に入り、パタン(巴瑭)から西に峻険な山岳地帯を超えてマルカム(芒康)に入るという雲蔵公路(雲南チベット道路)を選んでいる。割とマニアックな行き方である。映画はそのマルカムという町から始まるのだが、このあたりに監督のチベットへのこだわりが感じられる。
     実は、巡礼の一団が通った雲蔵公路のニンティ(林芝)からラサ(拉薩)に至るルートは、ちょうど20年前、筆者もこの地域に暮らす少数民族メンパ族の民間芸能のビデオ撮影の際に通ったルートで、当時目にした風景を思い出しながら巡礼の旅を共にたどることができた。当時はなかった幅の広い舗装道路や送電線など時間が経過したことを感じさせる一方で、圧倒的な自然の景観は変わることはない。また、この地域はチベットから大きく湾曲してインドに流れ込む大河ヤルツァンポ(インド領内ではブラマプトラ川)の流域で、冒険作家角幡唯介氏のノンフィクション『空白の五マイル』の舞台に近いエリアでもある。
     映画では行く手を阻む増水、落石、交通事故などさまざまな困難に直面するシーンが描かれる。一団にはテント運搬用のトラクターが同行していて「ここはトラクターに乗ってもいいんじゃないの」などと心の中でつぶやいていると、村びとたちはどんな場合でも、迷うことなくただひたすら五体投地を続けるのである。思わず自分が恥ずかしくなる。彼らの巡礼の旅は、目的地に急いで行くこと、すなわち効率的であることに意味はない。五体投地というもっとも敬虔な気持ちを表す礼拝方法、すなわちもっとも非効率な方法で、楽をせずに仏様のもとに参じることが目的なのだということを改めて映像から思い知らされる。
     この映画はあまねく現代人に対するメッセージたりえることは言うまでもないが、もう一つ、今の中国人が置かれている状況の反映としての見方もできる。映画の冒頭、制作会社のロゴが始まる前に中国の監督官庁(国家新聞出版広電総局)が発行した認定書が映し出されることからわかる通り、敏感な問題をはらむチベットを舞台にしている映画でありながら、これは政府公認の映画である。監督も中国国内での公開を望んでいるという。このような現象は、冒頭にも書いた通り、政治的な、あるいは宗教的な関心とはまったく別の文脈で、「心の拠り所としてのチベット」という意識が国民(人口の約9割を漢民族が占める)の間に芽生えていることの証左と捉えることもできるだろう。急激な経済成長の中で住居や家電製品、高級食品など物質的に豊かな生活を手に入れ、極端なことを言えば、お金で買えるものは全て買ってしまった富裕層の人々の関心のひとつが、実は自分の国内にあった理想郷としての辺境地域なのである。ラストシーン、カイラスに吸い込まれていくような一団の超ロングショットの幻想的な構図は、そうした人々の心のうちを写しているようでもある。
    (市橋雄二/2016.7.30)
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    2014年66歳で急逝した伝説的ギタリストのドキュメンタリー。パコ・デ・ルシアはフラメンコ界に革命を起こし、その枠を遥かに超えて様々なジャンルの音楽世界のリジェンドたちと交流を通して新たな地平を切り開いたギタリスト。
    超絶的な早弾きとテクニックの持ち主でありながら、絶えず己の生み出す音楽に対して厳しい内省を繰り返し、その音楽探求の姿勢は求道者のようだった。このドキュメンタリーの監督、脚本、製作を長男のクーロ・サンチェスがを務めこともあり、飾らないアーチストの肉声が聞ける貴重な記録であり、これだけ、本音を語り尽くせたのも、長男、クーロの存在が大きかったのだろう。
    マルタ・アルゲリッチの記録ドキュメンタリー 「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」が娘の監督によって初めて彼女の内面が明かされた場合に共通している。
    パコへのインタビューは2010〜2014年に行われ、冒頭及び終幕のシーンはマジョルカ島の自宅で撮影されたという。映画の流れはパコへのインタビューへの応答とパコの独白めいた呟きのようなもので構成され、その合間に過去の様々な印象的な映像でモンタージュされ、単純ながら映像の持つ歴史的な価値に魅了され続ける90分だった。
    とにかく全編、パコの裂帛の気合いと超絶的なギターが流れる中、夢中になって音楽について語り続けるパコの言葉に聞き入るのみだった。まるで、パコの指先に宇宙が宿るような瞬間に立ち会った気分だった。
    特に印象に残ったのは1967年に出会い、共演したフラメンコの歌い手、カンタオールのカマロン・デ・ラ・イスラとのシーンだった。ともにシャイな性格で、無口な二人が互いの才能を認め合い実現した競演は新たな化学反応のようなセッションで、滅多に見られない音楽的な達成だった。ヒターノ(ロマ・ジプシー)でもあるカマロンの地を這うような歌唱は、パコには衝撃だったのではないか。
    パコが活動を共にした、カルロス・サンタナ、ジョン・マクラフリン、チック・コリア、サビーカスなどが証言者として出てくるが、それだけパコの世界が広く、深いということだろう。
    パコの音楽性の価値はフラメンコを完全に肉体化したうえで、自在に他ジャンルの領域で飛雄しながらも、終生にわたり、フラメンコの香りを放ち続けたことかもしれない。このドキュメンタリーを見ながら、(歴史的イヴェントやフラメンコの知識があろうがなかろうが、)ただ、ひたすらにパコのギターの音色に委ねていれば、やがて心の中に満ちあふれてくる感情こそがフラメンコの真髄である。
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    一見奇抜そうな設定やポップな描写に目を奪われるが、次第に人間共通に抱える普遍的なテーマに収斂していくファンタジー・コメディである。
    ブリュッセルのアパートで妻と娘と三人で暮らしている神様はパソコンを駆使しつつ世界を支配している。10年間、一歩も外に出ないで、邪悪な法則などを作って、人間の運命を弄んでいる。
    ある日、そんな父に反発する10歳の娘、エアは人間たちに、運命に縛られずに、自由に生きて欲しいと思い、人の余命を知らせるメールを全てに送ってしまう。突然、自分の余命を知らせるメールを受け取った人間たちはパニック状態に陥る。
    エナは家を出て、新たに六人の使徒に会って、「新・新約聖書」(原題)を作ることにする。現代社会に急激に蔓延したIT社会だからこそ設定できた奇想天外な舞台設定だ。
    余命を知らせるメールを受け取った人間たちはいかに行動し、自分に向き合うかという基本的で、本質的なテーマが浮き上がってくる。
    エアが会う市井の人々や六人の使徒との語らいや思いを軽妙洒脱に、時にはホロ苦く描きながら、ぬくもりを湛えた視線が優しい。
    監督は1957年ベルギー生まれのジャゴ・ヴァン・ドルマル。キャリアの長い割に寡作ながら独自の才能の持ち主と言われている異才だ。家にあるキリスト像の置物が動き出して喋り出したり、カトリーヌ・ドヌーブとゴリラとの絡みなど、意表をつく描写が楽しい。エナが使徒たちから感じ取る音楽が効果的に使われており、シューベルトの「死と乙女」シャルル・トレネの歌う「ラ・メール」などの流れるシーンが懐かしく、心情をくすぐる。
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    有川浩原作の恋愛小説の映画化であるが、原作など読んでいないものにも、ついつい引き込まれてしまい、映画的魔法ともいうべき世界に魅了される。
    勤め先の不動産屋では理不尽な上司にどやされ、帰宅後の食事はコンビニでのカップ麺という冴えない、ちょっと孤独な一人暮らしのヒロイン・さやか(高畑充希)。ある日、アパートの前で青年(岩田剛典)がうずくまっているのに遭遇し、家に泊めてやる。半年の期間の同居人という約束での共同生活が始まるが、青年の植物へのただならぬ深い知識や山菜などを駆使しながらの料理の腕前の見事さ、毎日作ってくれる多彩な弁当の彩りなどにさやかは強く惹かれていく。
    前半は快調に二人の生活ぶりを予定調和的に描くのだが、この辺り快調なカットの積み重ねが心地よい。二人で自転車で野草や、山菜取り、花畑などへ行き、収穫したふき、フキノトウ、ノビル、つくしなどで数々の家庭の味を作り上げていく一連のシーンには年配者などは懐かしさに、胸が詰まる思いだろう。この青年がどうしてこんな知識と腕を持つのかを推測もしないままに。
    そして半年が過ぎて、青年は姿を消す。必死になり、青年を探すさやか。ここからがこの映画の真骨頂で、あたかもさやかの心情のうねりに同化・共鳴するようにカメラは動き、演出は冴え、恋愛映画としての情感も漂わせながら堂々のラストへとなだれ込んでいく。
    ついつい、さやかの心情の一途さにほだされ、いつの間にかさやかに感情移入してしまうほどの映画的興奮がある。ちょっと大げさな比較だが、成瀬巳喜男の「浮雲」、「乱れる」で感じたものと同種のものだ。
    さやか役の高畑充希は目下、朝ドラの主役で人気者だが、単なるアイドル的な女優というより、類い稀な潜在力を秘めた逸材だと思わせる存在感がある。聡明さ、ひたむきさをたたえた眼差しが力強く、伸びやかだ。監督は「トリハダ」などのホラー作品を作ってきた三木康一郎。テレビで練り上げた感性を映画の世界でも生かして、今を体現した面白い作品を期待したい。     
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     本作は、イスタンブールの魅惑的な音楽シーンを描いた映画『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール』(2005年作品。日本公開2007年)を撮ったファティ・アキン監督による最新作である。<クロッシング>は都会のそこかしこに聞こえる新旧文化の入り混じった音楽とそのプレイヤーを丹念に追い、小品ではあるがフィールドレコーディングのドキュメンタリーの域を超えた音楽映画として楽しめた。
     本作は、アルメニア人ジェノサイド(集団虐殺)という歴史上の事件を題材に1915年から8年にわたる父親による娘探しの物語を、トルコからシリア、レバノン、キューバ、アメリカと大陸を跨ぐ5つの場所を舞台に描く、まさに大作である。資金面を含め完成まで7年を要したのも理解できる。何と言っても映像が素晴らしく圧倒的なスケールに打ちのめされた。そこには軍服のボタンの有る無しを調べ上げるという精緻な時代考証にもとづくプロダクションにこだわったアキン監督の完全主義者ぶりが遺憾無く発揮されている。主演のタハール・ラヒムも自然体の演技で映画の成功に大きく貢献している。
    日本での公開はミニシアターが中心であるが、このような映画こそ大きなスクリーンで観てみたいものだと思う。しかし、映画の中には斬首による処刑シーンがあり、ここは主人公ナザレットが奇跡的に一命を取り留めることになる重要な場面で、その映像は決して残忍さを強調するものではないのだが、日本人ジャーナリストがまさに同じ方法で犠牲になった直後とあっては、いかに作品に力があったとしても大規模な公開は今の日本では困難だろう。
    この映画が描いているのは、危害を加える側の人間にも他人を思いやる気持ちがあり、普段は善良な人間であっても状況によって加害者になってしまうという人間が抱える善悪の二面性である。このテーマは全編にわたって様々な出会いの場面で描かれる。
    本作はまたトルコ系ドイツ人の監督が初めてアルメニア人ジェノサイドを取り上げたことでも話題となった。アルメニア共和国政府が犠牲者150万人と主張しているのに対して、オスマン帝国の後を継ぐ現在のトルコ共和国政府は集団虐殺を公式に認めておらず、両国が対立している背景があるためだ。
     最後に、音楽を担当したアレクサンダー・ハッケについても触れておきたい。ドイツのインダストリアル・ロック・バンド<アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン>のメンバーで、世界的に活躍をしているミュージシャン、ヴォーカリスト、プロデューサーである。<クロッシング>にもイスタンブールの音楽を録音して歩く本人役で主演しており、アキン監督とは強い信頼関係で結ばれているようだ。劇中何度も重厚なギターのディストーション・サウンド(歪んだ音)が使われるが、映像と見事にシンクロをして画面の力強さを生んでいる。
    それとは対照的に、主人公の妻が口ずさむアルメニアの伝統的な歌「ジャノイ(愛するあなた)」が、叙情的なシーンで効果的に挿入される。調べてみると、もともと結婚式で親族が半円形に並んで踊りながら歌う歌で、詩の英訳からは、嫁がんとする花嫁が空を飛ぶ鶴に呼びかけて幸せを祈る歌であると読める。そういえば劇中に空を飛ぶ鶴を主人公の娘が見上げるシーンがあった。その時はこんなところでなぜ鶴が、と思ったが、アキン監督の心憎いばかりの演出だったのかもしれない。エンディングに流れるハッケのアレンジによる長いイントロから始まるバージョンもいい。
    (市橋雄二/2016.3.5)
    渋谷アップリングにて 3月15日まで上映 (1日1回15時50分から)
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    謎解き風西部劇であり、徹底的にタランティーノ独特の映画作りにこだわった異色作だ。舞台設定は南北戦争直後のアメリカ・ワイオミング州。吹雪に立ち往生した8人の男女が荒野の一軒家でくり広がる惨劇が謎解き風に展開するが、前半は冗漫で、饒舌でこの辺りもタランティーノ風。懸賞金稼ぎ屋で捕らえた罪人は絞首台に送る心情を持つ男、彼に連行される女性凶悪犯、元北軍兵士の黒人賞金稼ぎ、絞首刑執行人、元南軍の老将軍・・・・。
    互いに因縁深い老将軍を黒人賞金稼ぎが射殺する事件に発展するが、その際、部屋に置かれたコーヒーポットに誰かが毒を盛る。この辺りからにわかに緊張感が高まりタランティーノの世界が次々に繰り広がられ、映画でしか表現できない不可解・不条理な血にまみれた殺戮シーンがこれでもかと続く。
    ここには、文学性、抒情性、情緒、美学などの概念を突き抜けた B級映画の到達点があり、それは通俗性とは別の超通俗性とでもいうべきものだ。超怪作「マッドマックス怒りのデス・ロード」に通底する無意味性を感じ取るものもいるのではないか。
    黒人賞金稼ぎの男が所持しているリンカーンからの手紙が小道具として生きているが、この設定に通俗性臭が匂うのがご愛敬か。それほど日常性から脱却させてくれる映像世界で、たっぷりとした満足感に浸れる3時間である。
    俳優陣は皆、とても良いがサミュエル・ジャクソンが存在感で圧倒的であり、紅一点ジェニファー・ジェイソン・リーが徹底した汚れ役で面白い。 音楽がエンニコ・モリコーネなのであり、この辺りのタランティーノのセンスが嬉しい。 美術監督・種田陽平が「キル・ビルVol.4」以来、久方にプロダクション・デザインを担当しているのも注目。
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    瀬々敬人監督の「ヘブンズストーリー」、そして呉美保監督の「そこのみにて光輝く」に連なる日本映画界の底力を十分に証明する秀作の登場である。そこに通底するのは現代日本社会の抱える闇に対する深い洞察と地底からのぞくかのような視座の低さそしてかすかな希望への渇仰である。
    物語は一見無造作に様々な手がかりを散りばめながら3人の人物を中心とした群像劇として展開するが、いずれの人物にも「罪と罰」の匂いが漂うところが橋口亮輔監督の最大の持ち味であり、不思議な魅力だ。
    通り魔事件で新婚の妻を失い、橋梁点検の仕事をしながら裁判のために奔走するアツシ(篠原篤)。不条理で過酷な体験に悩み続ける。 そりがあわない姑や自分に関心のない夫との平凡な生活の中で、突如現れた男に心揺れ動く主婦・瞳子(成嶋瞳子)。同性愛者のエリート弁護士・四ノ宮(池田良)はアツシの担当でもある。
    それぞれの現実は猥雑であり、重く、ずっしりした砂袋を背負うような疲労感に満ちているが、その中に暗いけれども笑ってしまうユーモアをまぶしている。普通の人々の日常性がこれほどヒリヒリを感じられるのが驚きだ。
    様々な秀逸なシーンがあるが、中でもアツシの上司の黒田大輔(黒田大輔)の登場するシーンは印象深い。昔、極左で、爆弾で隻腕の黒田がアツシを訪ねて弁当を食うシーンは泣ける。多分、橋口監督の思いを体現しているのが黒田大輔像なのだろう。当たり前の言葉をアツシに掛け続けることしかできないが、そこにこそ救いがあるという平凡の非凡さが胸をつく。
    また、弁護士・四ノ宮のシーンの言うに言われぬ空気感がおもしろい。
    生きにくい世の中を描いて、そこに埋没しない、細部をきちんと描き、そこから手がかりを見いつけだす・・・そうした極めて真っ当な思いを持っている監督の意志を感じるような映画だった。
    そしてこの作品は、撮影、美術、照明、音響などのスタッフの力が生み出したものでもあり、美学的になりすぎず、それでいて底光りするカットに溢れる画面だ。
    そして光石 研、安藤玉恵、木野 花、山中 崇、リリー・フランキーなどがそれぞれ好演している。
    昨年の後半11月に公開されたが、昨年度のキネマ旬報ベストテン第1位、監督賞・脚本賞 橋口亮輔 新人男優賞 篠原篤などなど多くの賞を総なめしているのは当然だろう。
    蛇足:主婦・瞳子を演じた成嶋瞳子は一見とぼけた味で好演であり、存在感もあったが、映画を見ながら、昔なら、左幸子、今なら寺島しのぶが演じたら、どうなったかと夢想したりした。それほど俳優にとっては演じがいのある役だった。また、橋口監督に成瀬巳喜男の「浮雲」のようなテーマのものを撮ってもらいたいという妄想も湧いたのだった。
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    映画「さようなら」は様々な刺激と新鮮さに溢れた意欲作だ。テーマ性、映画手法、アンドロイド映画等々、関心を集める要素が散りばめられている。
    舞台は放射能に侵された近未来の日本。日本の国民の受け入れを表明した海外の国々へ次々と出国していく。避難優先順位下位とされた南アフリカ出身の難民、ターニャと幼いころから病弱な彼女をサポートするアンドロイドのレオナは廃墟のような土地で最後の時を過ごす。
    劇作家・平田オリザがロボット研究の第一人者である石黒浩( 大阪大学教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長 )と共同して、人間とアンドロイドが舞台上で共演する「さようなら」を上演し話題を集めたが、深田晃司監督が映画化に挑戦した。
      映画の中心となるアンドロイド・レオナ役を演じるのは、石黒氏らが開発したアンドロイド、"ジェミノイドF"。バラエティー番組「マツコとマツコ」でもそのリアルな存在は広く知られるようになった。主人公・ターニャには同舞台でも同じ役を演じているブライアリー・ロング。
    放射能に汚染された死にゆく世界を、淡々と、静かなタッチで見詰め尽すような映画で、そこには告発も、メッセージ性もそぎ落とし、美しい荒涼さに溢れた画面を通して終末間際の輝きまでも垣間見える。自然光と影のコントラストが秀逸で、控えめな音楽が好ましい。
    ターニャにアンドロイドのレオナが谷川俊太郎、アルチュール・ランボオ、カール・ブッセ、若山牧水などの詩を無機質に読み続けるシーンは、レオナの無感情な表情故の味わいを生んでおり、この映画全体の主要テーマの通奏低音になっている。
    地球の運命を静かに暗示するこの映画が時代を撃つ力となりうるのかを見ていきたい。
  • 映画「きみはいい子」〜切実感に満ちる

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    「そこのみにて光輝く」で鮮烈な印象を残した呉美保監督の新作であり、現在最も次回作が見たい映画監督の一人でもある。そしてその作品は、十分期待に応えるものであり、充実感に満ち、問題意識に溢れた作品に仕上がっている。
    現代日本社会に巣食う病巣の数々ー幼児虐待、認知症、いじめ、学級崩壊ーそのどれ一つを取り上げても難問が横たわり、解決困難で深刻なテーマであるが、呉美保監督はこれらを包含した群像劇に仕立て上げるという荒技を駆使しながら見事な人間復活ドラマになっている。
    好人物らしいが、担任のクラスを引率するのに四苦八苦している小学校教師(高良健吾)、我が子に暴力を振るってしまい、悩む母親(尾野真千子)、認知症の兆しを見せる一人暮らしの老婆(喜多道枝)などが同じ町に暮らしながら、それぞれの悩みを抱えながら生きる様を描く。それぞれの様相を的確な演出で掘り下げながら、丹念に悩む人のこころに寄り添うようなカメラが秀逸だ。
    明快な解決法など何もあるはずが無いのは、見る側も分かっているにもかかわらず、思わず 見入ってしまい、一緒になって悩んでしまう気分にさせられるのは物事の本質に視点がフォーカスしているからだろう。抑制の利いたカメラワークが、シーンの緊迫感を生み出し、劇的であり、余韻を生み出す。クローズアップは意識的に使わず、或る一定の距離感を保つという呉美保監督の演出意図が明確である。そして音楽の使い方も上手い。
    秀逸な場面が幾つかあるが、孤独な老婆と障害を抱えた少年との交流は、胸が熱くなるものがあり、少年の奇矯な振る舞いが心地よいものに変貌するかのような気持ちにさせられ、はっとするのである。自閉症役の少年の演技が迫真に満ちている。
    出口が見えないような状況ながら、そのなかから少しずつ希望めいた芽がうごめきだす予兆のようなものを暗示して映画は終わる。「そこのみにて光輝く」のラストシーンは忘れがたいほど美しいものだったが、この映画のラストも唐突ながら余韻が残り印象的だ。
    呉美保監督が素晴らしいのは日本の現代社会を見つめる眼の確かさにある。低い視座から、ひたすら現実を捉え、やたら性急な解決策を提示するという安易さに満ちた作品群とは一線を画しつつ、苦悩し続ける人々に寄り添いながら、浮かび上がってくる希望のようなものを見逃さないで映像化する力がある。そしてその映像は切実感に満ちている。呉美保という監督の存在はますます大きなものになってきた。
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    ストーリの起承転結も無く、この映画は突然、エンジン全開で突っ走り始める。異様で荒涼とした、絶望的な未来地球の或る場所で、追うものと追われるものの壮絶・壮快・カタルシス満開のカーアクションが圧倒的な迫力だ。
    逃げる車両の造形が無骨で、アナログっぽいにもかかわらず、格好いいことこの上なく、追っ手の車両軍団もまた、凄まじい造形であり、その中には先頭にエレキが仁王立ち、背後にドラム(太鼓)軍団が従うという漫画のような設定だが、この映画に占めるロック音楽の重要さを考えれば当たり前かもしれない。
    理屈抜きの画面作りだが、怒濤のように疾走するロックが全編を貫き、車両軍団の爆音、衝突音、銃撃音などが常軌を越えたボルテージで炸裂する。 
    全編この調子で突っ走るエネルギーはどこからくるのか。登場人物はマッドマックスと数人の女たち以外は、皆相当な異形といえるほどの相貌が並び、どこかマンガチックですらある。
    荒涼砂漠のカーチェースのシーンは時には美しく、抒情を醸し出すが、そんな気分を吹き飛ばしながら、ひたすら銃撃・衝突・転覆・爆発・曲芸的なバトルに没頭する。
    これほど映画的な文法を無視した演出も珍しく、監督のジョージ・ミラーはかなりアナーキーでニヒルな性向の持ち主かといらぬ考えも起きる。
    唖然とするほど、馬鹿馬鹿しく、笑わずにはいられない、無茶苦茶の極み。アニメーション、漫画でなく実写でこれほどの映像世界を作り上げたいう衝撃。
    見終わって、頭が冷静になってから、考えれば、理に合わない、不思議な箇所はいくらでもあるけど、そんなことは小さなことだと思えるほど、この映画の達成したものが凄いのだ。
    凄い金をかけてまで、こんな映画をまじめになって作っている人間たちがいることに私は 感動しつつ、こうした人々が増えていくことをひたすら希求する。 小津安二郎の「東京物語」は素晴らしい。黒澤明の「七人の侍」は(アクション映画としても)奇跡的な名画だ。そして「マッドマックス」のような荒唐無稽がある極地にまで到達したアクション映画も私は好きだ。
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    人生の最下点にいる男が、その底辺からのし上がるために新宿にやってきた。 白鳥龍彦(綾野剛)が足を踏み入れる女性たちの<幸せ請負人>スカウトマン稼業、 「俺がスカウトした女の子は必ず幸せだと言わせる」。
    わずか600メートル四方の地に4,000店以上の飲食店、風俗店がひしめき合う新宿歌舞伎町に展開するスカウト稼業軍団同士の仁義亡き、熾烈な戦い。
    和久井健原作の「新宿スワン」の実写映画化で、監督は脂の乗り切った園子温。街を往く女たちに執拗に声掛けを繰り返しながら、クラブにホステスを紹介する仕事だ。 そうしたなかでぼろぼろになりながらも、どこかにピュアーな心根が垣間見える龍彦の存在がこの映画の重心を支えている。「そこのみにて光輝く」で底知れぬ存在感を出した綾野剛が一転して現代風俗の最先端に生きる男を演じる。
    激しい武闘シーンや派手な殴り合いが連続する画面は園監督の鋭敏な演出が冴え、そうしたシーンからでもそこはかとない詩情が漂うのが独特の魅力ではある。 園子温監督のエネルギーの噴出するような演出には現代社会の堅牢な仕組み・構造に正面からぶち当たって玉砕するような爽快感がある。既成の価値観や常識を撃つ毒も魅力だ。
    ただ龍彦とライバル会社ハーレムで頭角を現すスカウトマン南秀吉(山田孝之)との決闘シーンで和解に至る説明が不鮮明である。因縁の過去が生きてこない。やや消化不良感が残る。
    東電OL殺人事件をモチーフにした「恋の扉」は背徳的で、暴力的、過激なエロス表現に満ちた快作だったが、前作の「TOKYO TRIBE」でも感じたのだが、破壊的な毒がやや薄められ登場人物たちの感情の起伏に劇的高揚感が伴わないのだ。登場人物が生身の人間として迫るものが弱い。自由自在に、奔放に躍動する人間が画面から飛び出してくるような作品を見たい。園子温なら出来るはずだ。
    この映画でもそれぞれが背景を抱えている人物が登場するが、生身の人間として際立ってきたのは白鳥龍彦(綾野剛)と真虎(伊勢谷友介)倉井だった。なぜか。監督自身の内的エネルギーが噴出するまで醗酵時間が足りないのではないかと危惧する。
    それでも好きなシーンはある。ぼこぼこにされ、絶望の縁に落とされた龍彦が歌舞伎町の街を歩いていくと、周囲の女たちから暖かい声が浴びせられ、己の仕事の存在意義を知らされ、落涙するシーンには底辺に生きるもの同士の繋がりをしみじみと実感させ感動する。
    この映画を見た後なぜか黒澤明の「酔いどれ天使」を思いだした。黒沢は主人公は酔いどれの医師(志村喬)と想定して、完成させたのだが、闇市を支配するやくざを演じた三船敏郎の存在の凄さが監督の想定を遥かに越えるもので黒沢自身が驚嘆したという。歌舞伎町を舞台にしたこの群像劇「新宿スワン」からでもそうした突出した俳優が誕生する契機になれば良い。
  • 映画『パプーシャの黒い瞳』の中のジプシー

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     東欧はジプシーの本場と言われながら、ことポーランドのジプシーに関してはナチス・ドイツ占領期のホロコーストの文脈で語られることはあっても実際の暮らしがどうであったかについてはあまり情報がない。音楽グループや舞踊団を数多く輩出しているハンガリーやルーマニア、あるいはバルカン諸国のジプシーとは対照的である。その意味で、本作に描かれるジプシーの暮らしぶりは興味深い。そのような気づきのいくつかを取り上げてみたい。
     まず、本編の大半がロマ語で撮られた映画ということで、言葉に注目してみると、簡単な日常語の中に現在のインドの言葉と共通するものがいくつか聞き取れる。「ディク」(見ろ)、「スン」(聞け)、「パーニー」(水)、そして、こんなシーンもあった。
    ジプシーの一族に身を隠すポーランド人の作家で活動家のフィツォフスキが主人公パプーシャの息子に「詩とは何?」と聞かれて、「昨日感じたことを明日思い出させてくれるもの。」と答える。すると、それを聞いたパプーシャがこう切り返す。「ジプシーの言葉では明日も昨日も"タイシャ"よ。」字幕を追っていると一瞬どういうことか戸惑うが、「タイシャ」という語が明日と昨日の両方の意味を表すということを言っているのである。(したがってこの会話では「明日」と「昨日」を区別して言うためにポーランド語が使われている。)
    実は、北インド諸語の「カル」という語も昨日と明日の両方の意味で使われる。日本語の感覚からすると混乱しそうに思えるが、述部の時制によって意味が区別されるためきちんと機能する。昨日と明日を同じ語で言い表す言語が世界中にどのくらいあるかわからないが、興味深い一致だと言える。
     また、音楽に目を転じてみると、「1925年」というテロップとともに描かれるシーンで、パプーシャの一族の楽団がガジョの金持ちの邸宅に呼ばれてパーティーのダンス音楽を演奏しているのだが、この編成が豪華だ。バイオリン5人、ギター3人、ハープ2人、そしてアコーディオン、コントラバス、クラリネット、ウォッシュボード、シンバルが各1人。ハンガリーやルーマニアでは打弦楽器のツィンバロンを使うところを、ポーランドではハープを使っているところが面白い。大型の移動用木箱も画面に映っていて、たびたび演奏旅行にも行っていたことをうかがわせる。そして、かつてジプシーはただ差別されるだけの存在ではなく、このように主流社会と接点を持ちながら、自らの職能を活かして社会の中で一定の役割を負っていたことがわかる。
    もう一点、ジプシー社会の裁判官的役割を果たす長老の存在も見逃せない。ジプシー(ロマ)の社会には「クリス」と呼ばれる長老会議によって部族内の犯罪や揉め事の裁定を図る仕組みがあることが知られているが、まさにそのリアルな会議場面が描かれる。
    インドにも古くから「パンチャーヤト」と呼ばれる長老会議があった。パンチャーヤトは、村内あるいはカースト内の人間関係の調停や財産争い、犯罪の処理や裁定を担っていた。ジプシーにとっての長老の存在についていくつかの文献を調べていたら、次のような興味深い記述があった。
    「ポーランドでは(中略)1948年に、裁き役であり、精神的指導者でもあるゾーガという名前の老人の「大頭目」が存在している。」(ジュール・ブロック『ジプシー』木内信敬訳、1973年、白水社文庫クセジュ)本作で描かれるのが1949年前後であることから、もしかすると映画に登場する長老のことかもしれない。
     最後に、映画の後半に何度か挿入されるワルシャワの街の風景が印象的である。1949年、戦争終結から4年も経つというのに、街は廃墟のままだ。ワルシャワ蜂起の弾圧のためナチス・ドイツ軍がおこなった攻撃がいかに激しかったかを時代考証として描いたということか。そして、1952年のエピソードでは、フィツォフスキの住むアパートの窓から建築中の文化科学宮殿が覗いている。ソ連のスターリンの肝いりで建設が始まったこの威圧的な高層建築物の姿を見るにつけ、ポーランドという国自体が歩んだ苦難の歴史にも思いを馳せずにはいられない。
     映画は4月4日(土)より岩波ホールにてロードショー<5/22(金)まで>ほか全国順次公開される。
    (市橋雄二/2015.2.25)
  • 安藤サクラという女優〜映画「百円の恋」

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    安藤サクラという女優を意識してみたのは2012年に公開されたヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」だった。北朝鮮で暮らす兄(井浦新)が一時帰国し、迎える家族たちと過ごす様子を描いたもので、妹役リエを演じた。久しぶりに会う兄を見つめるリエのまなざしに演技を越えたような実在感を覚えた。{本ブログで取り上げている。(凄い実在感ヤン・イクチュン~映画「 かぞくのくに」2012・8・16)}
    そして「0.5ミリ」。介護ヘルパーの山岸サワ役。見知らぬ土地でわけワケあり老人につけ込み押し掛けヘルパーになるという笑いも交えながら老人介護の現状をエンターテインメントとしてサクラの姉、安藤桃子監督作品。老人役の坂田利夫、津川雅彦などを相手役に天衣無縫、自由闊達な演技は圧倒的ですらあった。彼女のシーンを見ているだけで、次何が起きるか想像しワクワク感を覚えるほどだった。
    そして新作「百円の恋」。これも彼女なしでは映画化は考えられないほどの衝撃性を帯びた快作と言えよう。怪演と言う言葉が当てはまるかどうか自信は無いが、ぶっ飛んでいる演技であろう。天馬空を行く如し。
    実家に引きこもり荒れた生活を送る32才の一子が、折り合いが悪くなり一人暮らしをはじめ、百円ショップの深夜労働にありつく。身なりもかまわず、全身から臭気をまき散らす一子の様子が生々しいほど迫真的で、不思議なほど自然だ。これは本当にびっくりで、普通はどんなに上手い女優、例えば大竹しのぶが演じても、上手く演じれば、演じるほど上手さが目立ってきてリアルさから遠のくという自己矛盾に陥るのだろうが、安藤サクラはそこを軽々と突き抜けてしまっている。
    帰り道に覗き見するようになったボクサーに引かれはじめてから、彼女の中の何かが変わり始め、ついにはボクシングにのめり込んでいく。そこからは彼女の肉体から贅肉が削ぎ落とされ、シャドーボクシングのパンチスピードはみるみる早くなる。この辺りの安藤サクラの変貌ぶりも鮮やかだ。とにかく安藤サクラのような女優の出現は初めてだろう。普通の表情でもまなざしに不思議な情緒が漂う。世界的に見てもこれほど内発的な感情表現や瞬時の爆発的表現がナチュラルに可能な演技者を知らない。これからも見ていきたい俳優だ。
    映画は百円ショップ周辺の底辺で生きる人々のヴィヴィッドな生きる様子が描かれ、人間たちが生きているという真実味が浮かび上がってくる佳作となっている。
    「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督作品で、原作は第一回「松田優作賞」(2012年)でブランプリを得た、足立紳。
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    12年間という年月をかけて、6才の少年が18才になるまでの人生模様を描いた異色作。
    メイソン少年(エラー・コルトレーン)はもちろん母親オリヴィア(パトリシア・アークエット)、父親(イーサン・ホーク)、姉(ローレライ・リンクレーター)など4人の俳優たちは変わること無く同じ役柄を12年間演じ続けるという驚くべき映画手法を採用した。
    毎年、或る期間、撮影のために集まるという方法で撮影は続けられたという。
    12年の間に再婚を繰り返す母親、ミュージシャンへの夢を諦めきれないで、ヒューストンで暮らす父親もやがて夢破れ、再婚して子供を得る。週末ごとにメイソンと姉に会いにくる父親。再婚相手には恵まれなくとも己のキャリアアップに邁進し、教師の職を得る努力家でもある母、オリヴィア。
    2002年から2013年までの12年間の撮影の間、アメリカが体験したイラク戦争の影響やオバマ大統領の誕生、ゲーム機ブームなどが織り込まれているが、この映画の本筋は何気ない日常性への限りない憧憬であろう。日常の中にこそ人生の真実があり、何ものにも代え難い価値があることが、淡々とした日常の描写を重ねることでじんわりと浮かび上がってくる。地道ながら説得力がある演出に好感が持てる。
    父との週末のドライブやキャンプで交わされる親子の何気ない会話の数々のシーンが素晴らしい。監督の目配りは家族を囲む周囲の人物像にも届いており、アメリカ社会の実相を浮かび上がらせる。ここには等身大のアメリカの実像が存在している。保守から革新までの曼荼羅模様のアメリカの実像が声高に主張すること無く、ぽつりと吐くセリフのひとつひとつから垣間見える優れた演出だ。
    夫婦が離婚し、それぞれが再婚し、子供をもうけ、前の子供たちとの関係性が問われる社会における家族のあり方や親と子のつながりを考えさせる映画でもある。
    年月の経過とともに大人びて変貌していくメイソン、そして母親、父親たちの年輪を示す風貌や肉体の存在感が、実人生の重みとなってドラマを越えて迫ってくる。とくにメイソン少年の風貌が年月の経過とともに思慮深くなり、優しいまなざしを深くする様子には明日のアメリカの希望を感じさせる手応えがあった。 劇中、一貫して流れるカントリーをはじめとするポピュラー音楽が素晴らしい効果をあげている。監督リチャード・リンクレイターの代表作の一つになる傑作である。原題「boyhood」
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    希代の名ピアニスト、マルタ・アルゲリッチが経てきた豊かにして苦悩に満ちた人生の記憶・歴史が三女のステファニーによって映像化されたドキュメンタリーである。
    他のどのような実力派監督が撮っても、決して入り込めないアルゲリッチの心のひだにするっと入り込んだ、貴重な証言の数々が興味深い。我が子であるからこそ心を許して思いを吐露するアルゲリッチとカメラを通して母親と会話するステファニーとのやりとりが新鮮で胸を打つ。アルゲリッチの顔のクローズアップを多用するのも娘なりの特権かもしれない。
    アルゲリッチのCDではラフマニノフの三番のコンチェルトが好きで、繰り返し聞いていたが、内面からほとばしり出る、押さえようもない感情の爆発がラフマニノフの体質に合うような気がしたものである。そして彼女を単なるクラシック音楽家以上の存在にしているのが彼女自身の持つ並外れたオーラ、自由奔放(に見られる)な言動などだが、、今回のドキュメンタリーが興味深いのはそうしたアルゲリッチの実像が或る程度解明されているからだろう。
    演奏会の開演間際に必ず見せる再三の、心の動揺、悪態などは、彼女も普通の人だと思わせ、子供のような振る舞いが、ステファニーをして自分が母親で、アルゲリッチが子供だと言わしめる。
    そしてこの映画の根本は、父母(親)と子供たちとの関係という永遠のテーマに対する強烈なネッセージ性にある。
    アルゲリッチには3人の娘がおり、すべて父親が異なり、長女のリダは中国人指揮者ロバート・チェン、次女アニーはフランス人指揮者シャルル・デュトワ、本編の監督、三女のステファニーはアメリカ人ピアニストのコヴァセヴィッチがそれぞれの父親である。国籍もそれぞれで、 世の中の常識、慣習、倫理などにとらわれずに自分の価値観で生きてきた、その自由自在さがまぶしいほど革新的だ。
    一つの文化にのみ寄り添うのではなく多様な文化を知り、その価値観を認めることが、結局ナショナルなものを真に尊ぶことに通じることをアルゲリッチと三人の娘たちの関係性は証明している。
    マルタ・アルゲリッチはアルゼンチンの出身であり、彼女の母親の系譜にはユダヤ系ウクライナの血も混じるようで、推測だがインディオ、スペインなどの血も入っているのかと思うほど、彼女の紡ぎだす音楽の色彩が多彩で、強烈な訴求力に富んでいるのだ。
    長女リダとは生後直ぐ離れざるを得ない事情が起こり、ステファニーがリダに会うのは17年後だったり、母親との葛藤があったりと、波乱の多い人生は豊かさと苦悩に満ちたものだったろう。これらの体験がすべて彼女のピアノに込められていると思えば、彼女の突出した表現力、特にデモーニッシュなまでのテンポの揺れ、不動のテクニックなどがアルゲリッチの血と涙の産物なのだと納得する。
    美しく心を揺さぶるシーンが多い。ステファニーと実父コヴァセヴィッチとの数日間の生活ぶり、アルゲリッチとコヴァセヴィッチのツーショットなどには余韻が漂い、滋味深い。そして3人の娘たちと、芝に座りながらの何気ない会話のシーンには安らぎが満ちていた。 孫に子守唄を奏でる安らぎのシーンがラストに用意されている。
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    ローマという街と、そこに生きる人々の存在を、万華鏡を見るように、次第に映画の世界に飲み込まれていくような不思議な感覚を味わう稀有の体験だった。
    かつて1作で富を得たローマ在住の初老の作家(トニ・セルビッロ)がパーティに明け暮れる退廃的な生活の中で、初恋の女性の死を知る。そこから人生を見直し、執筆活動を再開しようと決意する。
    特筆すべきはトニ・セルビッロ。脱力系のビル・マーレイを思わせる脱力風で、とぼけた表情としゃれた風情で力みや演技を感じさせない存在感がこの映画の成功の一因だろう。
    絢爛、猥雑、喧噪に満ち、めまぐるしい展開があるが、筋などは無視して映像に身を委ねているうちに、次第に朝、昼、夕闇に刻々と姿を変えていくローマの町並みに目を奪われ、そこにうごめく人間たちの感情が己のもののように身にしみてくる。そしてイタリア人がローマという街に抱く複雑な愛情に気づく。
    いうまでもなくこの映画はフェリーニの「甘い生活」(1960年)や「フェリーニのローマ」(1972年)に影響を受けているが、監督のパオロ・ソレンティーノは現代のローマの息吹を鮮やかに映像化し、そこに生きる人間像を際立たせることに成功している。
    そして何よりも美しい映像に身を委ね、絢爛豪華な映像世界はイタリア・グランド・オペラを見ているようであり、妙なことだが「歌舞伎」的な匂いも感じたのである。大仕掛けの見世物小屋を通り抜けた気分とでも言おうか。
    こうした体験は全く久しぶりのものであり、イタリア映画の伝統を改めて感じた。 86回アカデミー賞最優秀外国映画賞をはじめ多くの賞を授与されてる。
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    ドキュメンタリー映画「ジプシー・フラメンコ」は不世出のフラメンコ・ダンサーカルメン・アマジャ(1913〜1963)の生誕100年を記念して制作され、彼女の実姪(メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニー)と娘(カリメ・アマジャ)が芸の真髄を継承する様を追った記録である。
    2013山形ドキュメンタリー映画祭にも参加したが、純粋にドキュメンタリーとしての水準からすれば、やや物足りない部分ーー例えば少年がフラメンコを目指すシーンなどは作為的な描写が目につくし、また彼女たちのリハーサルシーンはアップが多すぎて、全体のイメージが伝わらないなどーーがあるが、そんなことは問題にしないほど二人のフラメンコダンスは圧倒的な迫真力・真実味に満ちている。
    ドキュメンタリーフィルムを見る醍醐味は素材の説得性にかかってくる。幾多の不具合があろうとも観客をねじ伏せてしまう素材(彼女たちのダンス)の迫力だ。
    カリメ・アマジャのダンスに舌を巻いているうちに、母親のメルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーが現れるとそのただならぬ存在感に圧倒される。踊りに入る前の表情や裂帛の気合いが空気を切り裂く。
    二人の違いは技術的なものではなく、その芸風がもつ違いであり、あるいは母が身につけざるを得なかった見世物性・通俗性の極地が垣間見えるところだ。娘カリメ・アマジャはひたすら己の精神に従い、踊り、母メルセデス・アマジャ・ラ・ウィニーは、それに加えて観客との間合いへの視野があるというべきか。または母のダンスには古代的な匂い、呪術性があるというべきか。
    本ブログで田中泯のダンスについて私は以下のように記した。
    「身体の根源的な動きを探りつつ、肉体の内発的な衝動に従い、呼吸の営みや研ぎ澄まされた全身感覚が瞬間、瞬間に毛穴から噴出する情動に身を委ねるかのように田中泯はダンスする。」
    フラメンコも同じだ。これに加える言葉は全くない。
    身体の奥底に蓄積されてきたジプシーの記憶の総量、感情の爆発が堰を切ったように溢れ出し、身体はおのずから反応し、ダンスする。
    エヴァ・ヴィラ監督作品。2012年 スペイン製作。
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    本ブログの2010年12月28日の映画評に「海炭市叙景」という映画を取り上げているが、この映画も同じ原作者の今は亡き小説家佐藤泰志の唯一の長篇小説の映画化である。やはり函館を舞台にしており、函館の街の表情が生々しく、息苦しいほど現実感に富んでいる。前作について
    「地方都市の愛しい佇まいとそこに生きる人びとの息吹をケレン味なく描き、見るものに様々な感懐を抱かせる佳作である。ひりひりするような矛盾に満ちた現実に遭遇しながら、その土地で生きていく人々を暗く、静かな情熱で寄り添う不思議なムードが横溢している。」
    と書いたが、「そこのみにて光輝く」はそれに加えて、溢れるような抒情に彩られた恋愛映画としてまれに見る成功作だろう。
    採石場で働いていた達夫(綾野剛)は自分のミスで同僚を死亡させる発破事故をおこし、仕事を辞めてぶらぶら日々を過ごす。達夫はパチンコ店で仮釈放中の拓児(菅田将てる)と知り合い、彼の家に誘われ両親と姉、千夏(池脇千鶴)を知る。千夏は身体を売って家計を助ける一方、託児の保証人の植木農園を営む中島と不倫関係にある。或る夜、達夫はバーで働く千夏と再会し意識しあう。達夫は事故のトラウマに悩み、千夏は家庭のために身を捧げて、希望を持てない日々を送る。次第に達夫は千夏の存在に救いを感じ、託児とともに仕事に戻ることを決意するのだが・・・。
    まず何よりも俳優たちが素晴らしい。綾野剛、池脇千鶴はこの映画に出会ったことを感謝するだろう。それくらいのはまり役で一生に何度もない適役だ。伊佐山ひろ子、火野正平などみな存在感が見事である。
    監督、呉美保監督は「酒井家のしあわせ」「オカンの嫁入り」につぐ3作目だが、ここに才能が開花したようだ。なんといっても演出が正攻法で、変なてらいがない。人物像の造形が奥行きがあり、説得力に富んでいる。次第に引かれていく男女の思いが徐々に盛り上がってくるところなど、情感に溢れた描写だ。音楽の使い方も上手い。
    撮影がまた素晴らしい。陰影に富んだ画面構成。室内描写はもちろん函館の街の様子なども人々の吐息が聞こえるような湿気と匂いが充満する。撮影監督 近藤龍人の作品は「海炭市叙景」、「横道世之介」の2本を見ているが、今後も彼の撮るものを注意しようと思う。
    なんの希望も見いだせないかのような二人だが寄り添って生きていこうと決意する海辺のラストシーンは忘れらないほど美しかった。
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    ワイダ監督が撮ったワレサの映画と知り、公開初日に東京神保町の岩波ホールに足を運んだ。劇場はほぼ満員で中高年層の観客が目立つ。東欧革命の象徴でもあるベルリンの壁が崩壊したのが25年前、日本では昭和が終わった年である。遠い国での出来事とは言え時代の変革を肌で感じていたあの頃からすでに四半世紀が経つのかと思うと感慨深い。
    本作はその少し前1970年代から1980年代初頭のポーランドを舞台に、一電気技師から労働者のリーダー、そして大統領になり、ノーベル平和賞に選ばれるなど世界史に名を残す活躍をした男の物語を、家族を起点に描き出す。
    当時の白黒のニュース映像や80年代のポーランド・ロックの印象的なフレーズと歌詞を織り交ぜながら2時間4分はあっという間に過ぎて行く。ワイダ監督の手腕を今ここで持ち出すまでもないが、スクリーンを通して伝わってくる熱には何度となく心を揺さぶられた。
     本作の内容や論評はすでに新聞紙上などで映画評も公開されているので、そちらを見ていただくとして、ここでは物語の背景として描かれるシーンの中で個人的に気になった見どころ(視点)を取り上げてみたい。
    まず、1981年に戒厳令の布告に伴ってワレサが身柄を拘束され、およそ一年間人里離れた郊外の屋敷に軟禁状態に置かれているときに、性能のよくない古いラジオを見つけると、電気工としての技能を発揮してナイフでふたをあけフォークで調整(あるいは細工)して海外放送を聞くシーン。ここでワレサがチューニングを合わせるのが、ラジオ・フリー・ヨーロッパ(自由欧州放送/RFE)のポーランド語によるニュースだ。
    RFEというのは現在でも存在するが、アメリカがかつて報道の自由のない東欧の社会主義国に向けてドイツのミュンヘンから送信していた一種のプロパガンダ放送で、ポーランド語以外にブルガリア語、チェコ語・スロバキア語、ハンガリー語、ルーマニア語で朝から夜まで中波と短波の10以上の周波数を使ってほぼ終日ニュースのほか解説番組や娯楽番組を放送していた。当局は西側の謀略放送ということで妨害電波を出すなどの対抗手段を講じたため、RFE側も周波数を頻繁に変えるなどしてまさに冷戦状態にあった。
    当時東側の人々はこうしたちょっとした隙間から漏れ伝わってくる情報をもとに実際に自分の国で起きていることを知ろうとしていたのである。なお、現在のRFEはその主力を中東、中央アジア、バルカ半島の諸国やアフガニスタンなどに向けている。
     もう一点は、ポーランドが熱心なカトリック教徒の国だということである。非合法の活動ビラを隠し持っていたワレサが警察に捕まり、公安局員がワレサの家に捜査に来るシーンで、応対した妻が見つかってはまずい書類を、捜査員の目を盗んで煮物をしている鍋に押し込んで隠した。台所に入ってきた捜査員が押し込んだ鍋と違う鍋のふたを開けて中を確かめる。そのとき機転をきかせた妻は、中継の始まる時間だと言ってテレビをつける。すると「教皇万歳」と叫ぶ群衆の中をパレードするキリスト教聖職者の姿が映し出される。捜査員は思わず見入ってしまい、それ以上詮索をせずに立ち去って行く。ここで重要なのは、この聖職者がこのシーンで描かれる事件の前年の1978年10月にローマ教皇に選出されたポーランド出身のヨハネ・パウロ2世で、教皇就任後初めて故国を訪問するという歴史的な一日であったことだ。映画では直接語られることはないが、教皇の言動はポーランドの民主化運動を後押ししたと言われている。
     映画館では上映前に支配人の岩波律子さんがあいさつをされた。それは岩波ホールとワイダ監督との長年の関係があってのことなのだが、その中で「この映画は中高年層にはたいへんアピールするが、残念ながら若い人たちへは十分伝わっていない。是非伝えてほしい。」とのメッセージを述べられた。細部に様々な歴史的な事実が織り込まれた映画である。あの時代に同時代体験のない今の20代の人たちには、独立自主管理労組「連帯」を率い、東欧の民主化への道を切り開いた偉大なる人物の「大きな物語」という視点からだけではなく、細部にこだわって当時の時代状況を掘り下げてみることで、この映画がより一層楽しめるのではないだろうか。妻や家族を中心に据えて本作のような等身大のワレサを描くことができるのはワイダ監督をおいていないことだけは確かだ。
    (市橋雄二/2014.4.6)
    (参考資料)
    "WORLD RADIO TV HANDBOOK 1981"(Billboard)
    『DX年鑑1981』(日本BCL連盟)
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    2年前に大学をやめたことを父に秘密にしたまま宙ぶらりんな生活を送っている青年ニコ(トム・シリング)のついてない一日をモノクロ撮影で撮った小品だが、なかなか奥深い味わいがあり、新鋭監督ヤン・オーレ・ゲルスターのデビュー作を歓迎したい。
    朝からのコーヒーを飲み損なってからの、コーヒーにまつわるエピソードを散りばめながら、売れない俳優、ダイエットに成功した同級生の女性、不思議な老人などとの短い出会いを通じて、青年ニコの戸惑いや気の弱そうな雰囲気は草食系の男子を思わせる。しかしながら、こうした若者像は先進諸国に共通した気分を抱えており、一見頼りないが、人間の多彩な感情のうごめきにたじろぎながら、人に寄り添う優しさも身につけているのである。このあたりの人間のかかわりを絵空事ではなく、多彩な人物像を実在感を伴いながら描く演出力は見事である。
    特筆すべきはモノクロで撮られたベルリンの町の息をのむような美しさだ。歴史的な出来事に遭遇してきたベルリンの息吹が画面から漂い、なんとも心地よい。通常、大都会の描写にはともすれば無機質で硬質なイメージが多く見られるが、本作では透徹したカメラワークがベルリンの奥深いたたずまいを余すところなくとらえている。
    2013年ドイツ・アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・助演男優賞・音楽賞の6部門を受賞している。
    蛇足ながら邦題 「コーヒーをめぐる冒険」は良くない。現題の「Oh Boy」のほうが映画の気分を伝えている。
  • 素の表情の品性:映画「鉄くず拾いの物語」

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    旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナのボーリャ村に暮らすロマ(ジプシー)の一家を記録した本人出演による再現ドラマである。
    ナジフは一家を鉄くず拾いで養い、妻、セナダとの間には二人の女の子がいる。ある日、セナダが腹が痛いと苦しみだし、病院に行く。診断は、流産して、5ヶ月の胎児はすでに死んでおり、手術しなければ危険だと言われる。が、保険証がないため、980マルク(500ユーロ)もの高額な手術代を請求され、泣く泣く諦めて戻るしかなかった。ナジフは治療費を稼ぐため、鉄くず拾いの精を出し、懸命に働く。
    物語は大きな起伏がある訳でもなく、あるロマの集落の日常を描いた一コマのスケッチだ。この映画の成立のきっかけは、この事実を地元の新聞で知った監督のダニス・タノヴィッチが義憤に駆られて、村の二人を訪ねたことから始まった。当時のことをナジフとセナダに再現してもらい、村人たちも本人が出演し、手術を拒んだ医者などは友人に依頼したという。そして1万3000ユーロの資金で、わずか9日間で撮りあげたと言う。
    再現ドラマで素人の本人たちが演じているので、演技以前の生身の人間の表情が不思議な感覚を呼び起こす。感情の爆発もなく、むしろ淡々と物事が進み、カメラの視線も冷静である。ことさらにロマ集落の貧困や荒涼とした風景に焦点を当てることなく、あくまで二人の夫婦に寄り添う。日常性に存在する生の重みや安らぎ、家族の実感などが画面に漂う。
    監督は二人がロマであることからの差別という視点はとらずに、むしろこの夫婦と子供たちに好感以上の感情が湧いて撮らざるを得なかったというスタンスが好ましい。特にナジフとセナダの素の表情には人間の性善説を信じたくなるような品性が垣間見えて清々しい。
    観ているうちにナジフの冷静な態度や演技を超えた柔和なまなざしに、彼の人柄に好感を抱いていき、セナダのたまに見せる恥じらいを含んだ笑みにほっとさせられる。
    ロマの主たる生業である鉄くず拾いを丹念に記録していることや、助け合う縁者間の絆の強さをさりげなく描いたショットに監督の視線の低さを感じるのである。
    もともとロマに関する知識や関心はなかったと、インタビューで答えている監督はユーゴスラビア解体にいたる激烈な民族間の憎悪などを体験しているはずで、今なお存在する多くの民族間の差別構造は体感しており、そうした体験がこの映画を生む潜在的な動機になったことは間違いないと思われる。
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    ペドロ・アルモドバル監督をして「最高のスペイン映画」と言わしめた本作は、モノクロ&サイレントという手法を用いて敢えて制作上の制約を課すことで表現力を研ぎすまし、撮影・編集という映像技術に加えて音楽や美術など多くのスタッフが参加して作る総合芸術としての映画の面白さを再発見させてくれる秀作だ。
    ブランカニエベス(スペイン語で「白雪姫」の意)というタイトルが表す通り、グリム童話を題材にしながら闘牛とフラメンコを生み出したスペイン南部アンダルシア地方の土着性と1920年代という時代性の中にひとつの寓話を紡ぎだす。
     土着性とは15世紀の終わり頃まで8世紀にわたって続いたイスラム支配の影響とちょうどその頃ギリシア、中東方面から流入し始めたジプシーがもたらした異文化が混ざり合うことによって醸成されたこの地域独自のものであり、そこに巡業の芸能一座や見世物小屋が娯楽として多くの人々を楽しませていた、ラジオやレコードが大衆化する前の時代を背景として、主人公である闘牛士の娘の数奇な人生の物語が展開する。
    また、音が重要な役割を果たすこの映画ではフラメンコの音楽、すなわちパルマ(手拍子)とカンテ(歌)が効果的に挿入されている。歌の中でもカンテ・ホンド(深い歌)と呼ばれる魂の叫びのような地声の歌が印象的に響く。そして、映画には白雪姫の小人をモチーフにした小人芸人の一座がやはり主人公を助ける役割として登場する。一座の中にはジプシーの踊りを踊る者もいて、こういった演出はやはりスペインの映画ならではであろう。そのほかにも非情な継母の役を演じるベテラン女優マリベル・ベルドゥの役作りのうまさや闘牛シーンでの牛の演技(?)、ひょうきんで哀しい役回りの雄鶏など、見所の多い映画である。色と台詞をなくしたことがこのような細部を際立たせる作用をもたらしている。
     アンダルシアの土着性の中に文化の混交を見出し、主流文化の中では埋没しがちな社会の周縁に生きる人間の生活の諸相を注意深く掬い上げて、現代の寓話を作り出すベルヘル監督の構想は、氏の出身がバスク地方であることと無縁ではないだろう。
    (市橋雄二/2013.12.23)
    映画『ブランカニエベス』は2013年12月7日より新宿武蔵野館ほか全国公開。公式サイトhttp://blancanieves-espacesarou.com
  • 映画「三姉妹〜雲南の子」雑感

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    この映画については、2013年6月7日付けで本サイトにアップされている市川捷護さんによる映画評に詳しく述べられているので、そちらをご覧いただくとして、ここではある一つのシーンについて、若干の感想を述べることにしたい。
     幼い三姉妹、特に長女の日常が坦々とスクリーンに映し出されて2時間以上が経過し、主題歌もBGMもないこの映画の中で初めて節を持った旋律が劇場内に響いた。父親が畑仕事に行き、子守りの女と子供たちは川に洗濯に行くシーンで、次女のチェンチェンが突然歌を口ずさみだしたのだ。
     スクリーンには「世界で一番ステキなのは私のママ」という歌詞の翻訳字幕がついていたかと思うが、これは「妈妈好(または世上只有妈妈好)」*という中国人なら誰でも知っている歌で、乳飲み子をあやすときにもよく歌われる。オリジナルは1960年公開の香港映画『苦児流浪記』の挿入歌で、その後1988年に台湾で公開され母と子の愛情を描く感動作としてヒットした映画『妈妈再爱我一次』の劇中に歌われ、中国においてもテレビで何度となく再放送されたことから、わかりやすい歌詞と印象的なメロディーも相まって国土の隅々まで広まった。
    『妈妈再爱我一次』では、幼稚園の先生が子供たちにこの歌を教える場面がある。その日は母の日で「今日はお家に帰ったらお母さんにこの歌をプレゼントするんですよ」と。
     母親の愛情を知らずに育った次女が、この歌をどういう気持ちで歌ったのか。三姉妹の中でもやんちゃ娘の次女はこの歌を口ずさんでいる時もなにやらふざけている。まだ歌詞の意味もわからず、周りでよく耳にする歌として覚えたのかも知れないが、何とも切ない気分にさせられる。おそらくこの次女は歌い出ししか覚えていないのだろうが、この歌の2番は「母親がいないということは何という苦しみか」と続くのだ。
     こうして、映画は最後に来てこの三姉妹が母親不在のままこの先を生きていかねばならないという、貧困とは別のもう一つの現実を改めて観客に想起させることに期せずして成功している。このシーンの持つそういった意味合いがもっとも伝わるのは中国の観客のはずだが、この映画は中国政府の許可を得ずに制作されており、上映されることはないだろう。万が一その機会があったとしても、この種の映画に経済発展に沸き立つ今の中国の一般大衆が関心を寄せることはないと思われる。何とも皮肉な現実がここにある。
    ワン・ビン監督はただ自分が撮りたいと思う対象に真摯に向き合っているだけだと言うかも知れないが、中国にこのような社会矛盾が続く限り、それを創作エネルギーにかえて秀作を生み出す映画人が生まれ続けることだろう。
    (市橋雄二/2013.7.2)
    *)この曲は、夏川りみがアルバム『歌さがし〜アジアの風』(2010、ビクターエンタテインメント)の中で日本語と中国語で歌っている。日本語タイトルは「ママ大好き」。
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    カーネギーホールの上に住み、自転車でニューヨークのストリートファッションをとり続けるビル・カニンガム。ニューヨークタイムズの長期連載フォトコラムで世界的な影響力を持つ80歳すぎの「カメラ小僧」ぶりをドキュメントした傑作といえよう。
     安物の青い作業着を身に着け、ニコンを手に自転車でニューヨークの町を飛び回る。その身のこなしの俊敏さとかっこよさに見とれてしまうのだが、ビル・カニンガムは己の美意識に忠実にニューヨーカーのファッションを瞬時にカメラで切り取るのに無我夢中に没頭するのみ。
     このドキュメンタリーフィルムの最大の魅力と成果はまるでカメラ小僧のような躍動と撮る喜びそしてニューヨークの生々しい息吹を記録したことだろう。街とニューヨーカーの生きてるリズム感が弾ける。様々な市井の人々から、周囲のアーチストたち、社交界のセレブまで対象にしながら、透徹した視線で選ばれた素材は独特のカニンガムの世界となり、巨大な影響を持つ。
    しかしながらビルはそうした世俗的な評価や金銭的欲には無縁・無関心で、住まいや食事などにもこだわりを持たない質素を絵に描いたような男だ。
     この映画のもう一つの魅力はこうしたビルの無私無償にも見える行為が金まみれで欲望渦巻く街と一般的に想われているニューヨークで貫かれていることに驚くとともに、涼しい風が全編を流れるのを実感できることだ。
     職人芸の潔癖さ、アナログぶりはデジタル時代にフィルムで撮ることやデジタル紙面編集における編集担当者とのやり取りに発揮される。一見、おおらかで、親和的な雰囲気が横溢しているが、彼の私生活は誰も知らないという。謎めいた彼の内面にはどんな細部も見逃さない研ぎ澄まされた感性が宿っており、休息することがないようだ。
     この映画をより傑作にしたのが、終盤近くのインタビューだ。答えなくなければ、答えないで下さいと、遠慮がちに、生涯独身のこと、恋愛経験の有無、家族のこと、そして信仰についてを尋ねるシーンは迫真に迫るものがある。信仰のくだりで突然嗚咽し、続く無言のシーンはビル・カニンガムの表面的には明るく、のびやかな表情の裏には経てきた人生の襞(ひだ)の深さが忍ばれ、感動的だ。
    完成までに10年、うち8年は映画を撮らせてもらう交渉に費やした、というリチャード・プレスの監督デビュー作は映像の持つ力を再認識させてくれた。
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    2003年、9時間に及ぶ3部作「鉄西区」で山形国際ドキュメンタリー映画大賞を獲得したワン・ビン(王兵)監督、注目の3作目である。
    舞台は中国の西南部に位置する雲南省のなかでも辺境の地、雲貴高原3200メートルにある洗羊塘村。5年前に電気が通じたというから、中国全土で最も『開発』が遅れた地域であろう。わずか80戸の家族が暮らしている寒村だ。この村はかつては少数民族イ族が住んでいたらしいが、漢民族同化政策でいまや漢族の村になったようだ。br> 雲南省といえば25の少数民族が居住し、多彩な民族文化と習俗に彩られ、他地域の中国人にとっても未知の魅力に富む憧憬の土地である。しかし洗羊塘村はそうした憧れとは縁遠く、中国経済の成長の恩恵からも無関係な辺境の村である。
    カメラが見つめるのは3人の姉妹と肉親そして村人たちの日常だ。彼らが暮らす村の家々の家並に目が奪われる。泥と藁と木で無造作に作られ、傷みも激しい。家の中の生活もごくシンプルにして貧しく、衛生的にも問題ありだ。家並の前のちょろちょろとした流れは家事の排水や時には子供たちの排尿の場だ。3姉妹の母親は家出して行方不明、父は出稼ぎで留守。近くの祖父や親戚たちの家に行ったりしながら、姉のが二人の妹たちの面倒を見ている。
    150分にも及ぶ長尺の記録は彼女たちの日常生活をひたすら追うのみである。豚、羊、馬などの世話、食事風景、学校の授業模様、家畜のえさの草刈り、そして燃料になる羊の糞の回収作業等々、次から次に仕事が待っている。
    これらの一寒村の日常を追い続けるカメラワークが意志的に固定された位置を守り、パンやズームやアップはまったく使わない。室内撮影では照明は使わず、自然光の木漏れ日のみに頼り、これが光と影の絶妙な効果を生み、画面はときおりレンブラントの絵画みたいに美しく、切実感で満たされる。
    こうした抑制された取材態度が映像全体に独特な格調と品格を生み出しており、はじめは 目を奪われがちな貧しい環境が次第に別な様相、色彩を帯びてくるとともに、いつしか人間の生きる原初の姿がくっきり浮かび上がってくるのだ。
    家々の泥壁やがたがたの石の道、豚や羊や馬などが圧倒的な存在感をもって迫ってくる。子供たちの顔や表情、祖父の風雪にさらされたしわだらけの顔が美しくなってくる。
    棚田の並ぶ雲南の光景もカメラは美学的に撮ることはせずに、つねにもやに霞んだなかからぼんやり浮かぶ風景として提示される。そして高原を吹き抜ける風の音が防風装置を排したカメラマイクを通じて生きているかのように響く。雲南の大地の咆哮だ。
    出稼ぎから戻った父と連れてきた子守り女と連れ子を交え5人の生活がこれからも続いていくことを暗示して映画は終わる。
    この記録映画からは安易に現実批判めいた告発は感じられない。もっと沈潜した、透徹した視座が感じられると同時に、観るものの視界の奥行きを試されるようでもある。監督の声高なメッセージがないだけ、ワン・ピンの意図を超えて問いの重さにたじろいだ。
    爛熟した、豊かな生活からではなく、貧しいながら働き続ける人々の姿を追うことから人間の生活の基本形が迫ってくるというのは何たるアイロニーだろうか。
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