民俗芸能・祭りの最近のブログ記事

■2008.7.30  「山をあげる・・・」比類なき移動野外歌舞伎・・・山あげ祭(那須烏山)
○全国でも類例のない絢爛豪華な野外歌舞伎を栃木県の那須烏山で見てきた。住民が450年にわたり伝えてきた野趣の香り漂う野外歌舞伎そのもののおもしろさはもちろんのことだが、演じ終わるや否や舞台、背景などを迅速に解体し、荷つくりして、次の場所に移動してゆくダイナミックな一連の動きがまた素晴らしい。笛の合図で見事に統制の取れた若衆のきびきびした動きは日ごろの修練をものがたり、その背景にはこの祭にかける烏山市民の熱い熱情がしのばれる。
7月25日から3日間にわたり、烏山の市街地は完全に野外歌舞伎場として日常性から浮遊した空間と化す。
舞台の左右には囃子屋台と浄瑠璃屋台、そこから奥に向かって橋、館、前山、中山、大山と名づける張子の山が遠近良く立てられる。これを山をあげるという。これらの山には山水が描かれ、四季の情趣が表現されている。道幅8メートル、奥行き100メートル、高さ20メートルに及ぶ巨大な野外演舞場が街の若衆の手際よい段取りで見る間に出来上がる。館や橋が踏み板と呼ぶ板で舞台から前山までをつないで花道のように使用するという具合で、スケールが大きく、立体感あふれる装置ー仕掛けーを設営してしまう・・・舞台の組み立てから上演そして解体して、次の上演場所へ移動していく一連の野外劇はまったく類例なきパフォーマンスだ。ここで常磐津に会わせて、「将門」などの数演目が演じられる。
さらにこれらの野外劇は鳴り物がホンモノで、囃し方の笛、鉦は当然、浄瑠璃の演奏、常磐津語りなども地元のひとびとによって演奏されている。これは日ごろの修練がなければ実現しない凄いことだ。テープの鳴り物などとは縁がないのだ。
服部幸雄先生は次のように書いておられる。「・・狂言が終わると、山揚げの場合と同じように、若衆たちが大活躍して、30分とたたないうちにバラバラに細かく解体し、手際よく車に積み込む。そして、道具のいっさいを乗せた車が去って行ったあとは、まったく日常と変わりない道路になる。もはや音もない。ほんの先程まで、この<場>は感動のある劇場だった。日常性を転換した聖なるトポスであった。(中略)この<場>の瞬間的なコード変換が、非常におもしろく思われる。」(音と映像と文字による大系日本歴史と芸能 第10巻「都市の祝祭」平凡社)
この山あげ祭の様子をビデオレポートにアップする。

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ビデオレポート

■2007.9.25  西馬音内盆踊りと花輪ばやしのビデオクリップアップ
○8月に取材した西馬音内盆踊りと鹿角ばやしのサンプルビデオを紀行コメントにアップ。

     ■2007.8.29  往く夏を惜しみ、逝ったものを偲ぶ・・・東北の西馬音内盆踊りと花輪ばやし
nisimonaiamigasa.jpg    ○今までに仕事の関係上、日本各地の盆踊りなどの祭りを様々見てきたが、どれも、風土に根ざした忘れがたいものだった。中でも特に印象に残り、いつかまた来てみたいと思い続けてきた盆おどりが秋田県羽後町西馬音内地区で行われる西馬音内盆踊りである。(8月16~18日の3日間)
この盆踊りは西馬音内地区の人々だけが参加できる地域密着の祭りである。中心街の通りを交通止めにして、通りの中心にかがり火が数十メートルおきに焚かれる。夕闇が迫るにつれて、かがり火の明るさが増して、まきがばちばちと音を立てる。夕刻7時半からこどもたちの踊りで盆踊りは始まり、次第に住民が踊りの列に加わり列が長くなっていく。野趣にとんだ歌詞の秋田音頭が三味線、笛、太鼓、鉦などの囃子に彩られダイナミックに歌われる。一方、踊りは対照的に優美・流麗・優雅そのものだ。踊り手(女性が8割)の顔は深くかぶった編み笠かひこさ頭巾でほとんど隠されており、幻想的な趣が漂う。女性たちの髪を結い上げた白いうなじがかがり火に映える。顔面に黒い布を下げる黒子風のひこさ頭巾は亡者を連想させるものがある。
9時を過ぎる頃から年配の踊り巧者が続々と加わり、熱気も上がり、囃し方と踊り手が一体化するかのような陶酔感が感じられる。踊りには音頭とがんけというものがあり、がんけには節回し、歌詞に哀調が漂う。11時過ぎまで盆踊りは続き、暑かった夏が過ぎ去るのを惜しむ東北独特の感情があたりを支配する。
この盆踊りには歴史的な文献資料が存在しないが、伝承では8世紀頃から始まり、江戸のころから今の姿になったらしい。おそらく豊年祈念と逝ったものを偲ぶための盆踊りだろう。西馬音内の人びとには、さまざまなことが起こる日々のもろもろを一時でも忘れ去り、ハレの感情に浸る至福の時だったのだろう。
○次の日、秋田南部から一気に北上して鹿角市に向かい、花輪ばやしを見た。この祭りは花輪の地元の神社に奉納される祭礼囃子で、この祭りにかける人々の情熱とエネルギーが炸裂するような迫力に富んだ祭りだ。10台の山車(屋台)が市内を巡り、最後は駅前広場で10台の山車が揃い大音響の囃子の競演が続く。山車は「腰抜け屋台」で床底がなく、太鼓の囃し方が歩行して演奏する独特の屋台である。屋台はケヤキなどを贅沢に使い、漆で豪華に仕上げられている。鉦を打つものが、音頭をとり、太鼓、三味線、笛が町内それぞれの囃子を奏しながら、練り歩く。魅力はなんといっても、若い人々が中心になっているダイナミックな囃子の演奏だろう。疲れを知らない力強く、歯切れよいリズムを刻む合奏が心地よい。祭りは8月19,20日の2日間不眠不休で続き、目前に近づいた秋の到来に抵抗するような熱気と自然の摂理を受け入れなければという諦観が交錯する。
○逝った人びとの魂を偲び、豊作を祈り、去り往く夏への惜別の情そして厳しく、長い冬の到来を待つ気持ち・・・過去延々と繰り返されてきた祭りには東北人の生活への様々な思いがこめられてきたが、この2つの祭りからはひときわ東北人の切なる思いうかがわれるのだ。
これらのレポートは紀行コメントでアップする予定。

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