公演ライブの最近のブログ記事

■2008.6.28  したたかな生への渇望、リアルな生への執着~<エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ>来日コンサート雑記
○2005年5月、買い付けの仕事でカンヌ映画祭に参加していたときのこと。世界中の映画関係者でごったがえすクロワゼット大通りに面するグランド・ホテルのカフェでたまたまエミール・クストリッツァの一団と隣り合わせになった。この年審査委員長を務めていたクストリッツァ氏は数多くの試写や打合せをこなしていたはずで、つかのまの休息をとっているかのようだった。あの大柄な体格でソファーに沈み込むように腰掛け、ゆったりと葉巻をくゆらせていた。
そんなクストリッツァ氏のバンドが、ノー・スモーキング・オーケストラというのだから、もうコンサートを見る前からアイロニーとユーモアに満ちたステージになるだろうことはじゅうぶん想像がついた。しかし、今回会場を埋め尽くした3000名の観客の熱狂ぶりは、予想をはるかに超えるものだった。
ヨーロッパを中心に絶大な人気を誇り<世界90カ国、500公演以上のライブで奇跡的な大成功を収めてきた>彼らの今回は初来日コンサートである。定刻を少し過ぎた頃、コンサートの開始を待ちきれない一部の観客が大声を上げはじめ、会場にやや張り詰めた空気と人々のはやる気持ちが漂う。そして客電が落ちいよいよメンバー登場か、という段になってイントロダクションとしてテープで流された曲がまずふるっていた。ソ連時代のモスクワ放送でよく耳にした曲だが、国歌だったか共産党あるいは赤軍の歌だったかはっきりと思い出せなかった。あとから確認したところやはり旧ソ連国歌だとわかった。(強いロシアを目指すプーチン大統領の肝いりでこの同じ曲が2001年から新しい歌詞をつけて現在のロシア連邦国歌に制定されていることも今回調べてみて初めて知った。)ユーゴスラビア時代から体制に異を唱えてきた彼らのコンサートを共産主義のシンボルとも言うべき曲で始めるあたり、おもわずにんまりしてしまった。
メンバーはボーカル、ギター×2、ベース、バイオリン、サックス、アコーディオン(曲によってチューバに持ち替え)、ドラムスの計8名編成で、リーダーでボーカルのネレ・カライリチが、ステージ上だけでなく客席に飛び降りてはアリーナから2階席まで縦横無尽に走り回って、観客を乗せていく。ステージでは映画「ジプシーのとき」「アンダーグラウンド」「黒猫・白猫」のテーマ曲、2000年のアルバム「Unza Unza Time」収録の同名の代表曲など約20曲を休憩なしで2時間ぶっ続けで演奏した。まさに<独自のアップテンポの2ビートに乗せたジャズ、スカ、ハードロック、そしてジプシーミュージック等をすべて飲み込んだミクスチャーロックサウンド>なのだが、ステージ上でピンク・フロイドやディープ・パープル、ブルース・スプリングスティーンといった70年代ロックの名曲のリフを繰り出す当たりに、あくまでもロックサウンドにこだわろうとするメンバーの音楽のルーツを見る思いがした。
ステージでは、ギターを頭の後ろに抱えて演奏したり、3メートルはあろうかという巨大な弓にバイオリン本体の弦をこすりつけて演奏したり、それにクストリッツァがギターを同じようにこすり付けて掛け合うなどの曲芸的なパフォーマンスも随所に織り込まれ、ボディーに電飾を施したギターをおなかの前でグルグル回してみせるころには観客はその豪放なステージングに興奮の頂点に達していた。
それにしても、こういっては失礼だが頭が禿げ上がり、おなかの出た決してかっこいいとは言えないルックスの中年おやじのバンドがかくも若者を熱狂させるのはなぜか。クストリッツァはTシャツ姿、リーダーはサッカーユニフォーム、あとのメンバーはテカテカ光るシャツに白のスラックス、へたをすると場末のキャバレーバンドかとも思えるいでたちで、メンバー紹介ではエリック・クラプトンです、とか、プラシド・ドミンゴです、とか、はたまたリーダーは自分のことをデヴィッド・ベッカムです、と紹介するベタなやりとり。しかし、そうした一連の振る舞いからは、混沌とした時代を肯定的に楽しむんだ、権力に屈することなくしたたかに生き抜くんだという強烈なメッセージが伝わってくる。
彼らの音楽にはロシアや中国などにも共通する冷戦下の共産主義社会を生きた人々特有の、自由が制限された不条理な体制を生き抜くために育まれたしたたかな生への渇望、あるいはリアルな生への執着といった臭いを感じないわけにはいかない。あらゆる要素のミクスチャーから紡ぎだされる新しいビート感もさることながら、まさにこの部分が価値観を喪失しつつある今の旧西側世界の人々を引き付ける力になっているのではないだろうか。
最後に、今回のコンサートではクストリッツァ自身が語る場面がほとんどなく、唯一言葉らしい言葉を発したのがコンサート終盤の観客とのこんなやりとりだった。
クストリッツァ:Are you ready?
観客:Yeah!
クストリッツァ:Are you ready?
観客:Yeah!
クストリッツァ:Are you ready to make a revolution?
観客:Yeah!
クストリッツァ:OK. Next time...
・「エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ」コンサート
2008年6月26日(木)/主催:カンバセーション/後援:セルビア共和国大使館 J-WAVE/企画制作:カンバセーション/会場:JCB HALL(東京ドームシティ内)
(市橋雄二)

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■2007.7.23  7.03の更新記録でふれたムサフィール公演を市橋さんとみた。以下は市橋さんのレビューである。
<現業の芸人ならではのパワー!=ラージャスターンのジプシー"ムサフィール(Musafir)東京公演コンサートレビュー>
インドの北西部ラージャスターンから伝統芸能を携えてやってきたMusafirのステージは現業の芸人ならではのパワーに満ち溢れていた。伝統芸能というと何か過去のものというイメージがつきまとうが、彼らの演奏はそうではない。メンバーのミュージシャンたちはかつて王家や貴族などのパトロンに仕えて世襲で楽士をつとめてきたマンガニヤールという職能集団の出身だが、第二次大戦後藩王制が廃止され社会の仕組みががらっと変わったあとも、観光客や海外の聴衆をそのパトロンとして自らの芸を絶やすことなく保ち続けてきた。
2001年の夏にわれわれ(市川氏と筆者)がジャイサルメールを訪れた際、日々親から子、年長者から年少者へと芸が伝えられている様子を垣間見ることができた。マンガニヤールの中でも海外に出て演奏するのはごく一部でその背後には多くの現地ミュージシャンたちが存在する。そうした厚い層のなかから出てくるプロの芸人のステージが一級のエンタテインメントにならないはずがない。
7月18日東京渋谷のO-Eastで行われた公演は19時開始。10分ほど遅れて到着すると、ステージでは軽快なリズムの歌が響いていた。ジャイサルメール地方の有名な民謡「ゴールバンド」だ(*ビデオレポートの1曲目)。伴奏のドーラク(両面太鼓)の低音が腹に響く。あとで聞いたところではこの曲の前に<バパング>という一弦の楽器やたらいのような形の楽器を叩くシーンがあったらしい。音楽と大道芸を融合させた独自のパフォーマンスで新しいインド音楽の魅力を伝える彼らならではのオープニングである。
続いて長いボーカルの前奏部から始まる古典的な楽曲、そしてカルベリヤ・ダンスでは、手に持ったハンドシンバルで脛に結びつけた7個ほどのシンバルを順に打ち鳴らし、反り返って床に置いた指輪を両目ではさんでとるというアクロバティックな踊りを見せてくれた。
メンバーはタブラ、ドーラク、カルタール(口琴・バパング)、サーランギー&歌、歌&ハルモニウム、カルベリヤ・ダンサー、大道芸の総勢8名で曲に応じて出入りする。
その後、口琴のソロ、カッワーリの有名な曲「ダマーダム・マスト・カランダル」(*ビデオレポートの5曲目)を演奏したあと、自転車の車輪を頭や両手、両足にのせてくるくる回す大道芸と飽きさせることがない。オリジナルだという「旅人とラクダ」という歌の途中ではドーラクとタブラのソロを織りまぜていた。カルベリヤ・ダンスの2曲目は「カーリョー」(*ビデオレポートの2曲目)。黒地のスカートを広げて激しく回転し、体をくねらせ腰を斜め上にもちあげてぐんぐんと迫ってくる独特の動きは官能的ですらある。踊り子はすっかり疲れきって、踊りが終わるなり演奏者用の台に腰掛け息を切らしていた。しかし、続いてステージ最後の曲が始まると、そんな疲れをまったく感じさせず総勢8名が登場して、メドレーを演奏した。鳴り止まない拍手に応えてアンコール曲を披露。「ニンブラー」(注:オーディオレポートの2曲目にリンク)というノリのよい曲。2時間弱というコンサートとしてはやや短い時間設定であったが、会場を埋め尽くした観客は一様に満足していたようだ。
ムサフィール(Musafir)とは「旅人」を意味するアラビア語起源の言葉でペルシア語やヒンディー語でも使われる。実際にはムサーフィルと発音される。楽団を率いるウスタード・ハミード・カーンはラージャスターンの古典音楽家の家系に生まれ、パリでミュージシャンとして活動したあと1995年にこの楽団を作ったという。
そのハミード氏がMCでラージャスターンはジプシーの故地であり、自らをラージャスターンのジプシーだと名乗っていた。ジプシーという語は差別語としてタブー視されることが多いが、音楽の世界ではむしろ肯定的に捉えられることが多い。こんなノリのよいステージでロマなどと言い換えることは無粋というものだろう。そして、今回のコンサートの会場となったO-Eastは渋谷道玄坂上のクラブ・ストリートにあり最先端の音楽シーンのライブを提供している場所だ。そのことが今の彼らの音楽がどのような人々に受けているかをよく物語っている。インド音楽といえばシタール音楽という時代には瞑想しながら聴くものだった。そんな時代から遠く離れて、オールスタンディングで体を揺らしながら聞くインド音楽もあるのだということを改めて印象づけた今回の来日であった。(市橋雄二)

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浪曲師 国本武春のライブ

■2007.7.08  浪花節について考える=浪曲師、国本武春のライブ「どかーん!武春劇場~日本浪曲史と気さくな黒船~With The Last Frontier」をみて=
○現在は漫才系のお笑いタレントがテレビを席巻しているが、明治・大正そして昭和の初期までは浪花節・浪曲が大衆芸能の王者だった。桃中軒雲右衛門、広沢虎造をはじめとする幾多のスーパースターが輩出したのである。浪花節は日本芸能史を考えても重要な位置にいる。江戸時代・明治時代まで綿々と続いてきた大衆芸能の講談、落語、歌舞伎、義太夫、長唄など様々な要素が交じり合って浪花節が誕生したのだが、その初期の形はでろれん祭文、あほだら(阿呆陀羅)経、浮かれ節、ちょんがれなど大道・門付けの芸能であった。一種の差別・蔑視の中にいた浪花節が大道の門付け芸からよしづ張り小屋を経て、舞台(板)に上り、ついには劇場公演で数千人の観客を集めるまでに至る過程は近代日本の大衆芸能史でもある。
国本武春のライブは、そうした日本浪曲史を5日連続でたどる日替わりメニューを第1部に、国春がテネシーに留学していた時代に結成された三味線ブルーグラスバンド(ザ・ラスト・フロンティアー)のライブが第2部という構成である。
初日は浪曲の誕生篇で、でろれん祭文のほら貝から幕があがる演出。国春がでろれん祭文を演じる(語る)が観客のほとんどはでろれん祭文がどのようなものか理解できなかったろうが、苦労して再現していた。細かく言えば、右手に持っていた錫杖の形状が違っていたりしたが、やる勇気を買うべきだろう。それからあほだら(阿呆陀羅)経などを経て、浮かれ節を語るが、これはなかなかのものであった。浮かれ節独特の揺れる廻しや軽妙洒脱さがよかった。ここまでが第1部。
第2部は雰囲気が一変して、ブルーグラスのライブ。国春の三味線にバンジョー、マンドリン、ギター、ベースの5人編成で、次々と歌いまくり、演奏しまくる構成が心地よい。通訳を入れないのも正解で、曲の余韻を盛り上げ、舞台の流れを滑らかにしていた。三味線と洋楽器のアンサンブルが絶妙で、アメリカ公演でも受けているのが納得できる。
現在、浪曲という芸能が一般的には滅びかかっていると思われているが、国春の舞台は伝統芸能のあり方に多くの示唆を含む点で注目すべきものだ。芸能というものを大きくとらえれば、<ひとの前で何かをやって喜ばせ、何がしかのお金をいただく>ということに尽きる。その時代の人々の気分、傾向、思いなどにじっと耳を澄ませ、そこに合うものを提供することが何よりも時代とともに生きていく芸能者ということだろう。その精神があれば、なにをしても芸<浪曲>の本質を保ちつつ、21世紀の浪曲・浪花節は残るのだ。国本武春を応援したい。
○小沢昭一さんと浪花節の源流を探索したころ=
国本武春のライブを見ながら、かつて小沢昭一さんと1970年代から80年代にかけて、ともに夢中になって日本国中から韓国・インドにまで大道芸・門付け芸を追い求めていた風景が走馬灯のようによぎっていた。当時すでにこうした芸能は日本列島から絶滅していく瀬戸際にあり、小沢さんとの旅は万歳・浪花節・人形つかい・ちょんがれ・女相撲などなど実に多彩だった大道・門付けの諸芸能の臨終に立会う旅となり、墓標をたてる旅になったのである。
浪曲・浪花節は万歳とともに小沢さんが特にこだわった芸能であり、その源流への探索行は執拗を極めたものだった。
でろれん祭文は山形に行き、計見八重山さんと計見楽翁さんからほら貝を使った祭文を聞き、独特の錫杖の形をはじめて確認できた。あほだら(阿呆陀羅)経も市川福治さんが大阪の芸人長屋で、不自由な身体ながらも精一杯演じてくれた。浮かれ節は当時の浪曲界の重鎮、梅中軒鶯童師が昔を思い出しながら、角座の楽屋で再現してくれた。94歳だった広沢虎吉老(西南戦役時の誕生!)から浪花節創成期の生き証人として、宝物のような話をたっぷり聞けた。浪花節の源流をたどり、四国徳島にでかけ、訪ねた目当ての老人がうなぎ採りに出かけていると聞いて、田んぼの畔の小川にまで押しかけ、分けがわからぬままの古老に源流のひとつとされる<ほめら>を唸ってもらったこともあった。当時、大学を卒業して間もない私にはなにもかもが驚き、新鮮で目眩く(めくるめく)日々だった。

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