デビッド・フィンチャーの「ドラゴン・タトゥーの女」

スティーグ・ラーソンの世界的ベストセラーを映画化したスウェーデン映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」(2009)を、「セブン」「ソーシャル・ネットワーク」のデビッド・フィンチャー監督がハリウッドリメイクしたミステリーサスペンス。
以前、スウェーデン映画ミレニアム3部作については触れており、それを見て欲しいが、このハリウッド版を注目するのはデビッド・フィンチャーが監督だからだ。きびきびとテンポ良く展開する流れは鮮やかで編集技術の冴えはさすがである。しかしながら,
多くの複雑な登場人物の関係性がわずらわしく、原作を読んでいないものには筋立てを追うのに苦労するのではないか。読んでいた私でも細部を思い出しながら、やっとの思いで筋立てを追えたほどである。
とはいえ、寒気が伝わってくるようなスウェーデンロケの効果は素晴らしく、短いカットの積み重ねによる映像は美しく、カメラワークではスウェーデン版を凌ぐかもしれない。
さらに、この原作が造型した異形のヒロイン、リスベット(ルーニー・マーラ)はスウェーデン版のリスベット役(ノオミ・ラパス)に劣らぬほど魅力的である。このあたりは好みの問題だろう。この映画はリスベットの人物造型で成否が決まるほど、リスベットの比重が大きい。その意味では、映画は成功である。
ラストの処理も続編を意識させるかのようなつくりだが、商業主義の権化、ハリウッドでは当たれば、作るという姿勢だろう。
リスベットの過去が作品全体の大きなテーマになっているので、この「ドラゴン・タトゥ^ー」だけでは、そこまで描かれないのでやや食い足りない感が残るのである。
スウェーデンのミステリー、警察小説といえば〈マルティン・ベック〉シリーズを連想する。マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー夫妻が1965年から1975年にかけて10作を発表した同シリーズは、スウェーデンの社会を背景にした警察小説として多くのファンを獲得している。その後。ヘニング・マンケルの〈ヴァランダー〉シリーズはその現代版と言えるだろう。そしてスティーグ・ラーソンのミレニアムである。
いずれも主人公は若干、世の荒波に翻弄され、少々疲れ気味の中年が主人公である。彼らが、スウェーデンの風土のなかで人生の哀歓を感じながら、しぶとく生きていく姿勢が読者の共感を呼んできた。ヨーロッパの匂いとも微妙に違う匂い、どこか乾いて、冷気を帯び、それでいて熱い内面、こうした北欧の香りがスウェーデン小説の魅力だ。
昔、イングマル・ベルイマンの「処女の泉」「野いちご」などを見て、フェリーニなどのヨーロッパ映画人のテイストと違う透明感や土着性、神話性にひきつけられたが、このあたりがスウェーデンのミステリーの底辺に流れているものの古層にあるのかもしれない。