「湖のほとりで」カリン・フォッスム~北欧風土からの鮮烈な発信

  • ノルウェーの女性作家カリン・フォッスムが1996年に発表した「湖のほとりで」は北欧5カ国を対象に、その年のもっとも優れたミステリに授与される<ガラスの鍵賞を>受賞している。日本では初のノルウェー・ミステリの登場であるが、カリン・フォッスムは
    ノルウェー人なら誰もが知っている”犯罪小説の女王” とのことだが、その評価を裏付ける本格派の本邦デビューである。先般、イタリア映画「湖のほとりで」が評判になったが、その原作である。
    ノルウェーのある小さな村の湖のほとりで女性が死体で発見される。その女性は村の誰もがよく知る、聡明、快活で申し分ないほど評判の良い少女アニーだった。死体には争ったような痕跡もなく、丁寧な配慮すら払われたかのような様子がより事件の謎を深めた。犯人は村人の誰かか、それとも行きずりの人間による犯行か。
    地元警察の初老のセーフル警部と若い相棒のスッカレのコンビが捜査に乗り出す。その方法はあくまでオーソドックスであり、地道に村人に聞いて回ること。そのなかから、運動神経抜群で美しいアニーがある時点から性格が変わり、明るさがなくなり、寡黙になったという証言が浮かび上がってくる。
    こうしたアニーの変化がこの犯行に深くそ関係していると判断したセーブルはアニーにまつわるさまざまな接点をもつ村人に尋問を繰り返す。アニーのボーイフレンド、ハルヴォールはアニーとは不釣合いに見える男子だが、彼の背景にも深い謎めいた闇のようなものが覆っている。さらに子供好きのアニーは村の子供たちの面倒を良く見る側面も持っていて、村人たちにも歓迎されていた。さらにダウン症の障害を抱えるライモンという男も気になる存在だ。そのほかにもさまざまな困難を抱えている村人が登場する。それぞれが貧困・暴力・病・夫婦関係などが複雑に絡み合う問題のようだ。
    なんといってもセーヘル警部の人物像が魅力的だ。冷静沈着で、ユーモアもあり、弱者に対する目配りが身についている。妻を亡くした喪失感を感じながらの捜索活動から読者はこの警部に次第に共感と信頼感を感じるようになっていく。そして北欧の小村の各家庭・家族が抱えている諸問題があぶりだされ、それらが誰にも普遍的で切実な問題となって迫るのだ。
    なかでもアニーのボーイフレンド、ハルヴォールが過ごしてきた過酷な幼年時代は胸に残るし、彼の苛烈な運命にも深い思いにとらわれる。そして読者はアニーとハルヴォールの関係にも新たな視点を要求されるようになる。ふたりはどうして惹かれあったのか。
    捜査過程で明かされるアニーにまつわる衝撃的事実はこの犯罪に関係しているのか。
    などなど読み進めていくなかで北欧の風土に潜む人間の結びつきが解かれていく。全体的にミステリーによる謎解きというより、ある村の人生・人間模様を綴った良質な小説を読んだ印象が強い。作者カリン・フォッスムの人間への洞察の視座が広く、深い。
    アニーとハルヴォールの哀切な生に思いが残り、叙情的な気分にしばし浸るのである。