《 ジェレム・ジェレム便り42》 ~ロマ語:少数言語の驚くべき生命力

  • 2週間毎にひとつ言語が消滅する。2100年までには今日話されている6,000の言語の半分近くがなくなると言われている。国境を越えた、あるいは地方から都市への移住がひとつの理由だ。移住してきた人たちは普通母語にこだわるもので、少なくとも家庭内では母語を話そうとするが、その子供たちはそうではない。もうひとつの理由として英語の優勢がある。このような流れに対してふんばっているのが、世界におよそ1100万いるロマ(ジプシー)のうち4百万人によって話されているロマ語である。言語の健全さがアイデンティティを形作る上で重要であることは言うまでもない。
     多くの言語とは異なりロマ語には故郷と呼ぶべき国がない。ロマ語の起源はインドにあるが、10世紀以降その話者たちは拡散し移動を続けた。その結果彼らはどこへ行っても言語的少数派となり、また150もの異なる方言が使用されることになった。イギリスでは<アングロ・ロマ語>が話され、フランス、ブルガリアそしてラトビアでは方言間の差異が大きい。ニュージーランドのあるロマはかつてウェールズ地方でのみ聞かれた方言を話す。
     フィンランドに住む29万人のスウェーデン語話者が自分たちの言語を使わなくなる兆候はない。しかし、それはスウェーデン語がフィンランドの2番目の公用語になっていて、すべての学校で必修とされ、隣国の950万のスウェーデン人によって話されているという事情による。アイルランド語が何とか持ちこたえているのは、政府が道路標識や公文書における二言語表記や放送、教育に予算を使っているためで、学校の試験でアイルランド語を選んだ勇敢な生徒には点数が加算される措置がとられている。
     しかし、それを保護する政府もなく、ロマ語はおもに家庭で話されている。研究者や言語学者がロマ語を記述し、標準化しようとしてきたが、ロマ語話者の多くは読み書きができない。アメリカは2000年に行われた国勢調査の記入要領をロマ語でも印刷したが、これはまれなことであって、公的な文書に用いられることは皆無といってよい。書かれたものがないということはそれを教えることが難しいということだ。
    スウェーデンにあるロマ語の学校Roma Kulturklassは世界でも珍しい存在で、35人の生徒がスウェーデン語と英語を除く教科をロマ語とスウェーデン語の両方で学んでいる。しかし、教科書もほとんどなく教師たちが自ら翻訳したものを使わなければならない。
     このように言うとロマ語は死にかけているかのように思われるかも知れないが、少数派としての地位や散らばって話者が存在するという弱点が今やロマの言語を維持する力になっている。理由のひとつは、差別された民族にとってのプライベートなコミュニケーションの手段としての有用性である。イギリス系ロマで作家のダミアン・ル・バスは、警官が来てロマを居住地から追い出そうとする時などにロマ語が真価を発揮するという。慈善団体Human Rights Leagueによると、およそ2万人のロマが去年フランスのキャンプから追放されている。
     多くの方言があるといいながら、一方でロマ語は異なる国にいるロマ同士のコミュニケーションの役にもたっている。抑圧の激しかったところでは、移民することが言語滅亡の危機から逃れることにもなった。スペインでロマ語を話すのは75万人のロマの1%にも満たないが、これは18世紀にロマ語の使用が禁止されたことが影響している。しかし、東欧のロマ語話者はロマ語の再興を先導している。
     ロマ語の使用はインターネットによっても増大している。若者たちはメールやコメントをロマ語で書く方法を様々に編み出している、とマンチェスター大学のヤロン・マトラス氏は言う。ロマの間で福音派キリスト教徒が増えていることも言語使用の機会を増やすことにつながっている。イギリス・ブラックプールのイギリス系ロマとアイルランド系トラベラーのショーンとシェリーは、2001年に東欧からの移民が教会にやってきたときにロマ語を習い始めた。ロマ語は「福音書とともに戻ってきたのさ」とシェリーはいう。宗教的な情熱によってもロマ語は生きながらえることになるだろう。
    (市橋雄二/2014.2.17)