溢れる抒情とラストシーン〜映画「そこのみにて光輝く」

  • 本ブログの2010年12月28日の映画評に「海炭市叙景」という映画を取り上げているが、この映画も同じ原作者の今は亡き小説家佐藤泰志の唯一の長篇小説の映画化である。やはり函館を舞台にしており、函館の街の表情が生々しく、息苦しいほど現実感に富んでいる。前作について
    「地方都市の愛しい佇まいとそこに生きる人びとの息吹をケレン味なく描き、見るものに様々な感懐を抱かせる佳作である。ひりひりするような矛盾に満ちた現実に遭遇しながら、その土地で生きていく人々を暗く、静かな情熱で寄り添う不思議なムードが横溢している。」
    と書いたが、「そこのみにて光輝く」はそれに加えて、溢れるような抒情に彩られた恋愛映画としてまれに見る成功作だろう。
    採石場で働いていた達夫(綾野剛)は自分のミスで同僚を死亡させる発破事故をおこし、仕事を辞めてぶらぶら日々を過ごす。達夫はパチンコ店で仮釈放中の拓児(菅田将てる)と知り合い、彼の家に誘われ両親と姉、千夏(池脇千鶴)を知る。千夏は身体を売って家計を助ける一方、託児の保証人の植木農園を営む中島と不倫関係にある。或る夜、達夫はバーで働く千夏と再会し意識しあう。達夫は事故のトラウマに悩み、千夏は家庭のために身を捧げて、希望を持てない日々を送る。次第に達夫は千夏の存在に救いを感じ、託児とともに仕事に戻ることを決意するのだが・・・。
    まず何よりも俳優たちが素晴らしい。綾野剛、池脇千鶴はこの映画に出会ったことを感謝するだろう。それくらいのはまり役で一生に何度もない適役だ。伊佐山ひろ子、火野正平などみな存在感が見事である。
    監督、呉美保監督は「酒井家のしあわせ」「オカンの嫁入り」につぐ3作目だが、ここに才能が開花したようだ。なんといっても演出が正攻法で、変なてらいがない。人物像の造形が奥行きがあり、説得力に富んでいる。次第に引かれていく男女の思いが徐々に盛り上がってくるところなど、情感に溢れた描写だ。音楽の使い方も上手い。
    撮影がまた素晴らしい。陰影に富んだ画面構成。室内描写はもちろん函館の街の様子なども人々の吐息が聞こえるような湿気と匂いが充満する。撮影監督 近藤龍人の作品は「海炭市叙景」、「横道世之介」の2本を見ているが、今後も彼の撮るものを注意しようと思う。
    なんの希望も見いだせないかのような二人だが寄り添って生きていこうと決意する海辺のラストシーンは忘れらないほど美しかった。