《ジェレム・ジェレム便り51》〜スロヴァキアのアーティストが試みる移民問題への挑戦

  •  今まさに欧州諸国を揺るがしている中東などからの難民・移民大量流入問題、あるいはスロヴァキア主流派住民のロマに対する態度が、一つのアート・プロジェクトによって試されようとしている。
    プロジェクトは、「共感」をテーマとする<ニトラ国際演劇フェスティバル2015>(スロヴァキア・ニトラ市にて9月24〜29日開催)の一環としておこなわれる。
     「われわれはどの程度まで自分たちと異なる民族を受け入れることができるのか」これは、視覚芸術のアーティスト、イロナ・ネーメトによって提示された疑問の一つである。フェスティバルの開催期間をはさむ9月15日から10月15日まで、四つの言語で書かれたテキストを印刷した看板がニトラの街の通りに掲げられる。これは一部の住民を刺激することになるかもしれない。
    たとえば、スロヴァキアの国境のすぐ向こう側で冷凍車に乗せられた71名の移民たちを死に追いやったような人々、あるいはパブやレストランでロマの入店を断るような人々である。
    今回のインスタレーション芸術は、いわゆる<ボガーダス尺度>理論でいう公共空間への挑戦でもある。ボガーダス尺度とは、1926年アメリカの社会学者エモリー・ボガーダスが人種差別や異民族への偏見を分析、記述するために考案した社会的距離を測定するための尺度をいう。
     イロナ・ネーメトは、交通標識に似た看板を信号柱に取り付けることによってインスタレーションをおこなうことにした。フェスティバルの実行委員が地元紙に語ったところによると、看板には社会学的な調査によく用いられる質問が四つの言語、すなわちスロヴァキア語、ハンガリー語、ロマ語、そしてベトナム語で書かれるという。これらの言語はいずれもニトラに住む少数派住民の言語と主流派の言語で、それぞれの質問がそれぞれの言語で表示される。
     質問はどれも、通行者にそれぞれの少数派住民を受け入れるか否か、受け入れるとしたらどの程度までか(配偶者、親族、友人、隣人、共同居住者、同僚、同じ市民、旅行者など)を考えさせるように作られている。
    このプロジェクトは以前スロヴァキアの他の二つの都市とハンガリーのブダペストでもおこなわれたことがあるが、ブダペストでは24時間以内に中止された。また、このプロジェクトは開催地の市当局(主に建設局)との間で問題を起こしてきたが、いずれも技術的な事柄で中身に関することではないという。ネーメトのもとにはインスタレーションで取り上げた少数派住民からさまざまな反応が寄せられた。中には反対するロマ住民もいたが、話し合いの結果、全ての関与者にとって有意義な成果が得られたという。
    ※演劇フェスティバルの詳細は公式サイト(スロヴァキア語/英語、//nitrafest.sk)で見ることができる。
    (市橋雄二/2015.9.23)