《ジェレム・ジェレム便りNo.53》インターネット時代のラジオ放送

ロマの社会は、かつて「パトリン(葉っぱの意)」と呼ばれる独特な情報伝達のしくみを持っていた。旅をする一族は、葉っぱや羽、棒切れのような身の回りのものを使って、同じ道を通ってあとからやって来る他の一族に情報を伝えたのだ。ラジオ・パトリンは、ロマ間、あるいはロマと非ロマの間の現代の新しいコミュニケーション手段である。
ラジオ・パトリンの中心的な事業は将来に向けた汎欧州向けのロマのラジオ・テレビ放送の開発である。元来オランダの非営利団体NEVIPEの一部門としてロマ語と英語の二ヶ国語の機関紙<パトリン>を発行し、1991年から96年までヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアに配布していた。NEVIPEではまたオランダのアムステルダムとスロバキアのプレショフにある拠点が中心となって社会活動や教育事業、ロマの状況の調査などを行ってきた。1992年<パトリン>はラジオ番組としてスタートした。
2009年以降<パトリン>はアムステルダムの公共テレビ局SALTOによって運営され、独立したロマ語放送としてロマ語、英語ほかの言語で放送されている。ラジオ・パトリンの番組はローカルニュースと国際ニュースの両方をカバーしており、ヨーロッパ、インターナショナル向けの一般放送とロマのジャーナリストや地域の通信社が制作した特定の地域向け放送の二つの系統に分けられる。
2013年4月からラジオ・パトリンはEBU(欧州放送連合)とEBUロマ・タスクフォースに加盟しており、ロマ語メディアやロマ・ジャーナリスト研修、ロマ文化の保存に関する様々な行事や会合に参加するなど活発に活動している。ロマ社会の代弁者として、ラジオ・パトリンは非ロマの聴衆とも連携し、ヨーロッパの言論機関からの支援をうけながら、EUやアメリカ議会、ヨーロッパ、ロシア、アメリカ、ラテン・アメリカ、オーストアリアのNGOなど世界各地の諸団体と協力関係を築いている。
ラジオ・パトリンと提携したインターネットラジオに、ウクライナの<ラジオ・チリクロ>(チリクロはロマの言葉で「鳥」の意)があり、ウクライナ(あるいはヨーロッパ)のロマと地元住民の相互理解を促進することを目的にインターネット放送を行なっている。
(市橋雄二/2016.1.16)