エミール・クストリッツァ監督最新作 音楽あれこれ

  •  クストリッツァ監督の作品は音楽もまた楽しみの一つだ。1954年生まれのクストリッツァ監督は旧ユーゴスラビアのサラエヴォで60〜70年代のロック音楽の洗礼を受けて育ち、その後映画の道に進んだが1994年以来<エミール・クストリッツァ&ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ(TNSO)>のメンバーとして精力的にワールドツアーをおこなう現役ミュージシャンでもある。
    そんな監督の音楽スタイルを決定づけたのは、1989年のカンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞した『ジプシーのとき』で、70年代ユーゴ・ロックの旗手であり作曲家としても活躍するゴラン・ブレゴヴィッチを音楽監督に起用したことだった。
    ブレゴヴィッチはバルカン地方の民謡の旋律や民族舞踊のリズムにジプシー音楽やラテン音楽の要素を取り入れた独特のサウンドを生み出し、その後の『アリゾナ・ドリーム』(1993年)と『アンダーグランド』(1995年)でその音楽世界を確たるものにした
    1997年の映画『黒猫・白猫』(日本公開は1999年)ではTNSOのリーダー “ドクトル”ネレ・カライリチが音楽を担当し、テーマ曲「ジンジ・リンジ・ブバマラ」を作曲、TNSOが演奏した。
    彼ら独自の音楽スタイルはこの曲で一つの到達点に達し、アルバム『ウンザ・ウンザ・タイム』(2000年)に収録されると楽曲として一人歩きし始め、コンサートのクライマックスに演奏される定番のダンス・チューンとして観客を熱狂させるに至っている。
     最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』では監督の実子でTNSOのドラマーを務めるストリボール・クストリッツァが音楽を担当している。自らのバンドで活動するかたわら、2007年の『ウェディング・ベルを鳴らせ』以降、父親の作品に音楽担当として参加している。セルビア地方の「コロ」と呼ばれる2/4拍子の舞踊音楽とルンバをミックスした独特の高速ビートを「ウンザ・ウンザ」と称してTNSOのコンセプトにしたのはストリボールだとも言われている。本作で流れる音楽には既存曲も一部に使われているがオリジナル・サウンドトラックも実に多様で素晴らしく、「ウンザ・ウンザ」以降のストリボールの成長を感じさせるエモーショナルな楽曲を含めて音楽だけでも十分楽しむことができる。
    なんとかCDで聴けないものかと思いサウンドトラック盤を探してみたが日本盤はおろかインターナショナル盤も発売もされていない。世界最大と言われる音楽専門のマーケットプレイスサイトでようやくセルビア盤を見つけ注文した。送られてきた紙ジャケットのCDを見ると発売元はRasta Internationalと表記されている。これはクストリッツァがセルビアのベオグラードに設立した映画制作会社だ。つまり、制作会社自らの自主制作盤ということになる。CDには箱型の打弦楽器ツィンバロム(セルビア語でツィンバロ)の静かなソロ曲、ブルガリアン・ボイスとして世界に知られる女声合唱曲、打楽器奏者としてのストリボールの本領発揮の大小のパーカッションを現代音楽風にアレンジした曲、セルビアのお隣のダンサブルなルーマニア民謡、ラテンの王様ティト・プエンテの演奏で有名なサルサの名曲、そしてウンザ・ウンザのノリのいい曲、哀愁漂うワルツ曲など実に多彩な全16曲が収められている。セルビア語(ロシアのキリル文字を使用)で書かれたクレジットを読み解くと、演奏しているのはTNSOのメンバーとストリボールのバンドメンバーのほかルーマニア民謡ではルーマニア人のミュージシャンを起用しているのもわかる.
    また、本CDでは各曲フル尺で収録されており、テーマに続いて各楽器のソロを回すジャズの流儀なども聴いていて楽しめるものになっている。自主制作盤にしておくには惜しい1枚だ。
     映画では白黒のテレビ画面からユーゴスラビア時代の懐メロが流れるシーンがある。映画パンフレットからSilvana Armenulicの “Sta Ce mi Zivot”という曲だとわかったので、今度はiTunesで単曲購入してみる。オリジナル発売は1966年。ジャケットにはユーゴ版いしだあゆみといった風情の女性歌手が写っている。この地の民族楽器タンブリッツァと思しき弦楽器のイントロから始まるマイナーコードの気だるい歌声が実に心にしみる。充実したオリジナル・サウンドトラック群の中でキラリと光るこの1曲がさらにドラマに奥行きを与える効果をあげている。
    (市橋雄二/2017.9.10)