映画「世界の涯ての鼓動」〜原理的な問いと痛切なメッセージ

  • 「パリ、テキサス」でロードムービーの最高の地平を切り開き、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で、ライ・クーダーとともに、キューバ音楽の古老たちの魂溢れる境地を記録しドキュメンタリー映画にも巨大な貢献を重ねてき、幾多の名作を生んできた真の巨匠ヴィム・ヴェンダース監督の最新作。
    「パリ、テキサス」が荒野の果てに何があるのかを探索する幻視的ロードムービーだとすると、「世界の涯ての鼓動」は地球と水という原理的テーマが通奏低音のように流れている映像美溢れるサスペンスドラマである。
    生物数学者ダニー(アリシア・ヴィキャンデル)とイギリス諜報員ジェームズ(ジェームズ・マカヴォイ)はフランス、ノルマンディの海岸のホテルで出会い、恋に落ちる。しかし数日後にはダニーには生命の起源を解明する任務でアイスランド沖の深海に潜る使命が待ち、ジェームズには南ソマリアでのイスラム過激派のテロ計画を阻止するため、ソマリアに潜入する任務が待っていた。
    ダニーは囚われの身になったジェームズと連絡が取れないまま、深海に潜り、操縦不能になった潜水艇に閉じ込められ、死を意識する。ジェームズは監禁された海辺の小屋でかすかに差し込む光のなかで、住民に幸福をもたらす水の存在、宗教上の戒律がもたらす過酷な現実に向き合いつつ、二人の愛の記憶を辿る。別れ別れの二人はそれぞれの運命に思いを馳せながら、懸命に己を生きる。
    二人の現実と回想を交互に織り交ぜながら、ヴェンダースの思いは、光と闇、宗教と信念、現実と理想そして生と死というような原理的な問い・テーマを浮かび上がらせていく。
    理念を言葉で語るのではなく、映像自体に語らせていくのだ。ここがヴェンダース映画の最大の見どころで、北ヨーロッパやアフリカの圧倒的で、古代的な自然美を背景に、ヴィヴィッドな重い現実を言葉で表現するのではなく、映像自体で語らせようとしているように思われる。
    言葉よりも映像自体により信頼を置いた姿勢。複雑怪奇な世界をトータルに認識し、把握する(したい)という懐の深さ・視座の長さがこの作品に類例のない彩りを帯びたものにしている。
    必ずしも、整理された視線ではないが、ありのままのヴェンダースの思いが込められたメッセージが痛切に響く。