「イエスという男」〜 田川建三著 その生と死

何というタイトルだろう。何か挑戦的で、決然とした雰囲気が感じ取れるタイトルだ。普通の宗教書ではなく、生身のイエスについて何かを示してくれるものなのか。キリスト教にはそれほど関心を抱けない者にも、イエスという存在には実在論の可否も含めて、関心、興味は幅広い。

そしてイエスはなぜ十字架上で殺されなければならなかったのか。イエスの死後、如何にして世界的大宗教となり得たのか。こうした素朴で本質的な疑問に真正面から答えようとしているのが本著だろう。

導入部から印象的である。「イエスはキリスト教の先駆者ではない。歴史の先駆者である。歴史の中には常に何人かの先駆者が存在する。イエスはその一人だった。最も徹底した先駆者の一人だった。・・」「先駆者は、自覚的にか直感的にか、その時代を拒否することによって、歴史の進むべきかなたを先取りする。したがって歴史の先駆者は、同時代の、またはそれに続く歴史によって、抹殺されようとする。多くの抹殺された先駆者は記録されない。」

だが歴史が先駆者の思い出を抹殺しきれずに残してしまう場合、それは先駆者の強烈な性格だった場合や何らかの偶然により、その者の記憶を後世に残す力学が働いた場合には、逆にかかえこもうとする。キリスト教がイエスを教祖にしたのはこうしたことであると著者は言う。

イエスの出生についても、「イエスという男がどこから来たのか、我々は知らない。『ナザレのイエス』と呼びならわされていたから、ガリラヤ地方の村ナザレの出身だったのは確かだろう。」というような調子である。

イエスについての言い伝えは口伝伝承として、あるいは噂話として、様々に伝えられ、様々に変化し、部分的に大きく改竄されたものもあれば伝説に創作されたものもある。イエスの死後20年以上経ってマルコ福音書とQ史料(「イエスは言った」という程度の発言を並べたもの。Q

はドイツ語の「資料」と言う単語の頭文字)にまとめられた。さらに3、40年して1世紀末にマタイとルカがそれぞれに福音書を書いた。こうしたイエスを知るための素材、マルコ、マタイ、ルカの福音書を古今東西の新約聖書学者が、一文、一句ごとに解釈する研究論文があまた存在する。本著もそうしたフィールドに著者の見解を詳細に展開するが、この辺りは一般読者には理解するにはハードルが高いのも事実だろう。

ガリラヤ人の大工であったイエスはなぜ殺されたのか。イエスの活動はユダヤ教と言う宗教的社会支配体制に対する逆説的反抗であり、根本的な徹底性で行われたが故に、社会支配の構造の中枢にまで突き刺さった。著者は言う。ユダヤ教当局とローマ帝国支配者が共謀してイエスの抹殺を計った。十字架刑はローマ帝国による正規の処刑方法であり、祭司を中心とするユダヤ教当局だけがイエスを殺そうとしたのなら石打ちにしたはずと言う。

十字架の死はキケロによれば、最も残酷で最も恐ろしい死刑だと言う。

「我が神、我が神、何ぞ我を見捨て給いし」(マルコ)    」

このあまりに赤裸々な断末魔の姿に神学的解釈者はイエスのこの言葉を歴史的事実ではないと解釈したが、著者は「一人の人間がこれほどの恐ろしい弾圧と虐殺にさらされ、断末魔の苦しみの声をかろうじてあげているのを前にして、その前に慄然として頭を下げるのではなく、それどころか、いろいろと屁理屈を弄して、これは断末魔の悲鳴ではないの、神の救済計画のお有難い成就であるなどと、平然とうそぶくことのできる神学者どもは、いったいどういう精神の持ち主なのだ。」と言う。

著者は繰り返し問いかける。「イエスという男がどのような男だったのか。どうしてこの男から、あるいはこの男にもかかわらず、キリスト教なるものが生じたのか」

「歴史を描くことが所詮現代に生きる行為であってみれば、イエスのために現代の問題に取り組むのではないにせよ、現代の問題に取り組みつつイエスを描くのでないと、イエスを描く資質は持ち得ない。少なくとも1968年以降、私はイエスを描く人間として 生きようとしてきたつもりである。」

こうした著者の内的切迫感とでも言えるものが通奏低音として本書を貫いているところが、単なる研究書を超えて読む者の心と響き合う。古代と現代が常に対話・呼応しているダイナミズムが、イエスという生身の人間を単なる歴史上の人物から、血潮溢れる人物像として成立させている。

(本著は1980年3月三一書房より刊行された「イエスという男ー逆説的反抗者の生と死」を増補改訂したものである。)(作品社刊)

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