「130年間解かれなかった縄文神話の謎」という副タイトルから、あの不可思議で神秘的で、超時代的なフォルムが何を意味するのかという定説が長年確立していなかったことを知った。縄文時代の奥深さについては、考古学などの様々な研究成果などから明らかになっているようだが、土偶についても実に多くの妄想を掻き立てられる刺激的な内容だった。
土偶に関する歴史教科書などに乗る通説には「土偶は女性をかたどっている」や「妊娠女性」など、また土偶の用途については「自然の恵み」のような生産力に関わるものとして説明されているようだ。さらには「土偶は人体をデフォルメしている」などの「俗説」が流布しているという。
こうした見解に違和感を持った著者が様々な思考や現地フィールドワークを重ねた結果、導き出した結論が「土偶は食用植物と貝類の姿をかたどっている」という新たな提示だった。縄文人の生命を育んできた主要な食用植物と貝類が土偶のモチーフだというのだ。そうした結論が以下のものだ。
1・ハート形土偶=クルミ科のオニグルミ
2・中空土偶=シバクリ
3・椎塚土偶=ハマグリ
4・みみずく土偶=イタボガキ
5・星型土偶=オオツタノハ
6・縄文のビーナス=トチノミ
7・結髪土偶=イネ
8・刺突文土偶=ヒエ
9・遮光器土偶=サトイモ
著者はこうした土偶と食用植物と貝類の相関関係を実証すべく、現地調査を重ね、縄文時代と食用植物の関係、出土した土偶と食用植物との分布の近接性などの実証を積み重なる。また土偶文化の盛行と消滅がモチーフされた食用植物や貝類の出現や消滅に符合することなどを実証して行く。
人類学者としての手法を中心としながらも、感性的手法を駆使しつつ、ソリッドな考古学で補完する。土偶は何らかの「呪術」において用いられたものであるとしながらも、著者は原始社会における「呪術」を「精神的なもの」というイメージから脱却して、共同体の主たる生業の遂行に関わる優れてプラグマティックな行為とみなした。そうした思考から「土偶は食用植物と貝類の姿をかたどっている」という結論が導き出された。
著者のこうした学問的業績については今後の推移に待たねばなるまいが、「土偶を読む」を読み終えた今の実感は、縄文時代、縄文文化の底しれぬ魅力だった。
おそらく「古事記」や「日本書紀」の記紀神話にも通底するアニミズムや日本文化の基層にも水脈が繋がるものが縄文時代に誕生していたと考えると日本列島の歴史への視座が拡大する。
(晶文社刊)