『人新世の「資本論」』〜斎藤幸平 著」=環境破壊、気候変動時代への理論的・実践的な提言

人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受章者パウル・クルッツェンは、地質学にみて、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新世」と名付けた。人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味。

序論から「SDGs(持続可能な開発目標)」はアリバイ作りのようなものであり、現代版「大衆のアヘン」だと喝破する。

「現代の深刻な環境破壊は単に技術発展によるものだけではなく、資源採掘やごみ処理など経済発展に付きまとう否定的影響の少なからぬ部分を、グローバル・サウスという外部に押し付けてきた結果にすぎないからだ。」グローバル・サウスとは、グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住民を指す。以前なら「南北問題と呼ばれていた事態だ」

例えば、アボガド。欧米人のヘルシーな食生活のため、つまり帝国的生活様式のために、輸出向けのアボガドを栽培してきた。「森のバター」とも呼ばれるアボガドの栽培には多量の水が必要になる。土壌の養分を食い尽くすため、一度アボガドを生産すると、ほかの種類の果物などの栽培は困難になってしまう。チリは自分たちの生活用水や食糧生産を犠牲にしてきたのである。

つまり資本主義のシステムが人間だけでなく、自然環境からも略奪するシステムだと規定する。

経済成長によって環境負荷は増大する。こうした増大したものを、新しい技術によって切り離そうとするデカップリングは幻想だとも言う。

今から100年後に排出量ゼロを達成することは可能かもしれないが、科学者たちの警告「2030年には二酸化炭素排出量を半減させ、2050年までにゼロにしなくてはならない。」という主張には応えられない。

電気自動車のコストについても。リチウムイオン電池の製造には、さまざまなレアメタルが大量に使用される。リチウムの多くはアンデス山脈沿いの地域に埋まっている。アタカマ塩原のあるチリが最大の産出国である。リチウムは乾燥した地域で長い時間をかけて地下水として濃縮されて行く。それゆえ塩湖のちかから、リチウムを含んだ鹹水をくみ上げ、その水を蒸発させることで、リチウムが採取されるのである。リチウム採掘は地下水の汲み上げと同義である。その量は一社だけでも、1秒当たり1700ℓもの地下水を汲みあげる。元来乾燥地帯における、こうした大量の地下水のくみ上げは、地域の生態系に深刻な影響を与えざるを得ない。

つまり先進国における気候変動対策のために、石油の代わりに別の限りある資源が、グローバル・サウスでより一層激しく採掘・収奪されるようになっているに過ぎないと言う。リチウムだけではなく、コバルト、鉄、銅、アルミニウムなども同様な構造にある。

IEA(国際エネルギー機構)によれば、2040年までに電気自動車は現在の200万台から2億8000万台になるという。ところが、それで削減される世界の二酸化炭素排出量は、わずか1%と推計されている。それはバッテリーの大型化によって、製造過程で発生する二酸化酸素排出量はますます増えて行くからだ。

脱成長資本主義は空想主義。著者が目指す解決策は脱成長資本主義ではなく、労働を抜本的に変革し、搾取と支配の階級的対立を乗り越え、自由、平等で、公正かつ持続可能な社会を打ち立てる・・・これが新世代の脱成長論だという。そして、カール・マルクスと脱成長の統合する必然性が生まれる。

大きく停滞している日本のマルクス主義研究。世間一般が抱くマルクス主義へのイメージは、ソ連や中国の共産党一党独裁、生産手段の国有化というイメージが強く、時代遅れで、危険なものという固定観念であろう。

しかしながら、世界では資本主義の矛盾が深まるにつれ、資本主義以外の選択肢は存在しないという常識にヒビが入り始めている。著者は、マルクスならば「人新世」の環境危機をいかように分析するかを新資料も使うことで新しいマルクス像を提示している。手がかりは新たなる全集プロジェクトMEGA 「マルクス・エンゲルス全集」であった。

「マルクス・エンゲルス全集」は筆者も含め世界各国の研究者が参加する国際的全集プロジェクトであり、注目すべきはマルクスの「研究ノート」であった。研究の際、マルクスが習慣とした徹底した抜き書きノート。これまで無視されてきた研究ノートを、読み解くことによって、現代の気候危機に立ち向かう新しい武器になると著者は確信した。「脱成長コミュニズム」という概念である。

マルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済であった。「生産力至上主義」、ヨーロッパ中心主義を捨てた晩年のマルクスのラディカルさは、一般に流布されているマルクス像とは全く異なったものだった。一方で脱成長というものを受け入れられなかったマルクス主義者が存在していた。

「たしかに、マルクスは脱成長コミュニズムの姿を、どこにもまとまった形では書き残していない。しかしそれはMEGAが収録する多数の文献に散らばるマルクスの自然科学研究と共同体研究をつなぎあわせていくことで、おのずと浮かび上がってくる晩期マルクスの到達点である。」著者の確信である。

「資本論」に秘められた真の構想は以下のものに要約される。

1・「使用価値経済への転換」

「使用価値に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する」

「使用価値」を犠牲にした結果、パンデミック発生時に不可欠な人工呼吸器やマスクなど不足したなどの例。

2・「労働時間の短縮」

労働時間を削減して、生活の質を向上させる。

3・「画一的な分業の廃止」

画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる

4・「生産過程の民主化」

生産のプロセスの民主化を進めて、経済を減速させる

5・「エッセンシャル・ワークの重視」

使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視を

現代の地球規模で現れている気象変動をはじめとする危機的な変化は誰の目にも明らかになりつつある。先日、テレビで放映された、海に沈みつつあるツバルの外相が海に浸かりながら、気候変動対策を訴えた映像は衝撃だった。さまざまな試み、提言がされているが、この斉藤幸平氏の提言は刺激的で、論理的で、説得力を持つちょっと驚きの書だった。ちょっと古臭いというイメージが漂っていたマルクスの最晩年の資料を読み解くことから、現代に有効な手がかりを論理的に構築する力量は学者としての本分だろう。

無い物ねだりを承知で言うと、中国大陸を支配する中国共産党の有り様と今後の地球に及ばす甚大な影響力について触れて欲しかった思いがある。

Karl Marx’s Ecosocialism :Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political  Economy ( 邦訳「大洪水の前に」 )によりマルクス研究界最高峰の賞「ドイッチャー記念賞」受賞。(集英社新書刊)

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