ジム・ジャームッシュの新作「リミッツ・オブ・コントロール」

この映画はジャームッシュを知らないものにとっては茫然自失、入場料返して・・という類の映画かもしれない。それほど徹底的な説明不足、劇的クライマックス皆無等々およそ普通の映画つくりの常識的文法を無視した映画つくりである。
ところが、ジャームッシュの過去の映画に慣れ親しんできたものにとっては、ジャームッシュ健在なりを確信させた作品だろう。
“孤独な男”というコードネームの殺し屋が、ある任務を遂行するためにスペイン中をさまよう。その任務とは「自分こそ偉大だと思う男を葬れ」というもの。そんな彼の前にさまざまな仲間たちが現れて、一様に謎めいた言葉を残していく。そして任務は実行される。その間、登場人物や背景への一切の説明はなく、奇妙な静けさを伴った緊迫感が漂う。こうした味わいがジャームッシュの独自性だろう。

通常の批評をしてもあまり意味がないと思われるので、以下、箇条書き風に気がついたことを連ねよう。
① 小津安二郎の映画にある反復性と非ドラマ性(とにかく盛り上がらない)。ジャームッシュは小津映画に親しんできたらしいから、画面から受けるリズミックな反復性は興味深い。起床後の太極拳風なもの、眠りに入る行為、カフェで注文する2杯のコーヒー等々反復の日常。
② 小津映画にはない暗示性・イメージの飛躍がある。
③ 映画全体が寓話とも解釈可能。
④ 質感たっぷりな自然描写―スペイン独特の乾いた風土・薄汚れた街並みが素晴らしい ⑤ この映画のもうひとつの見せ場とも言える撮影監督クリストファー・ドイルの起用。ウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」「恋する惑星」「花様年華」などでドイルの映像に接してきたものにとってはジャームッシュとのコラボは最高の贈り物だろう。結果はドイルの融通無碍な才能を証明するものだ。
⑥ フラメンコを上手く使っている。全編、無表情の主人公が一瞬、表情がゆるむのがこのシーンだけというのがおもしろい。画面に湿気が漂う唯一のシーン。
⑦ そして日本の異色ロックバンド BORISが参加していることも注目。