ラジャスタン・ルーツ(Rajasthan Roots)東京公演コンサートレビュー

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8月3日から2日連続で、すみだ川アートプロジェクト連携プログラム、ロビーコンサート×Super July!!: TALK & DEMONSTRATION「放浪芸をめぐる旅‐インド~アルメニア~日本」と第113回アサヒビールロビーコンサート「小沢昭一が語る、夢のすみだ川‐第1部‐インドの芸能集団、ラジャスタン・ルーツのスペシャル・ライブ‐第2部‐」というイベントが東京・浅草のアサヒビール本社ビルで行われ、インドのラージャスターンの音楽芸能集団<ラジャスタン・ルーツ>が来日し2度の公演をおこなった。
「放浪芸をめぐる旅」ではサラーム海上さんの司会で本HP主宰の市川捷護さんがゲスト出演した。ジプシーとの交流を求めて訪ねたインドとアルメニアへの旅と放浪芸についての話は、日本にジプシーがやってきていたらどうなっていたか、や今の世界にジプシーの人々の生き方が訴えかけているものとは、などのテーマにも及び熱のこもったトークが繰り広げられた。ここでは<ラジャスタン・ルーツ>の公演について感じたことを少々まとめておくことにしたい。
近年の世界、特にヨーロッパの音楽シーンの中で、決して派手さはないが、じわじわとその評判が広がりつつあるのが、インドの北西部、パキスタン国境に位置するラージャスターン州のローカルな伝統音楽である。かつて流行したエスニック・ミュージックやワールド・ミュージックといったジャンルや単なる異国趣味を超えたところで生きたエンタテインメントとしてコアな音楽ファンだけではなく幅広い聴衆を魅了している。この流れを受けて、3年前には同地域から<ムサーフィル>という音楽芸能集団が来日公演を行っている。
ラージャスターンの伝統音楽の魅力については、その時のコンサート評でも触れているので併せてご覧いただければと思うが、一言で言えば「プロの芸人による本物の芸能の持つパワー」ということになろうか。<ラジャスタン・ルーツ>はそうした魅力を世界に広める伝道師ともいうべき音楽家集団で、2006年にラージャスターン州都ジャイプルで活動を開始した。ラージャスターン州とその周辺地域から各地の伝統音楽の担い手である楽士や踊り手200人あまりが参加しているそうで、インド国内をはじめヨーロッパを中心に海外公演を積極的に行っている。派遣メンバーは公演の内容やスケジュールなどに応じて柔軟にその都度編成される。今回の来日メンバーは、男性の楽士6人、女性の踊り手4人の10人編成だ。
<ラジャスタン・ルーツ>のステージは、口琴(モールチャング)やラージャスターン独自の一弦楽器バパング、二枚の板を両手にそれぞれ握って鳴らすカスタネット(カルタール)といった珍しい楽器のソロ、賑やかな合奏、厳かな曲調の宗教歌、女性たちのアクロバティックな踊りなどバランスよく構成されていて、それぞれについてバンドリーダーがインド英語の訛りのない発音の平易な英語で解説を加えながら進行した。3年前に見た<ムサーフィル>が泥臭い力強さを有していたのに対してとても洗練された美しさを感じた。もちろん、樽型の両面太鼓ドーラクが打ち鳴らす強力なビートは体を貫かんばかりで、そのノリは変わらないのだが。
圧巻はアンコールで演奏した「ダマーダム・マスト・カランダル」という、今日ではパキスタン領のスィンド地方からインドのラージャスターンにかけての一帯で伝承される遊行の聖者ラール・シャーバーズ・カランダルを讃える歌。歌が進むうちに次第に高揚感が高まり、聴いているものをもある種の恍惚状態にいざなう、そんな歌である。カッワーリの大御所でかつて何度も来日公演を行った故ヌスラット・ファテ・アリ・カーンが歌ったこともあり、日本人の間でもファンが多いと知って、この曲を最後にもってくるという心憎いステージングを見せてくれた。二日目の会場を埋め尽くした観客は、小沢昭一さんの講演とセットであったこともあって年齢層が高めで、多くの方にとって初めて聞く音楽であったと思うが、おそらくそのステージには誰しもが圧倒され、魅了されたのではないだろうか。人々の表情からは生きるエネルギーを与えられたかのような満足感が感じられた。
実は、今回の来日メンバーの中のカルタール奏者クトゥレー・カーンさんとは10年ぶりの再会になる。2001年、市川さんとラージャスターン州のジャイサルメールを訪ねた際に初めて出会い、われわれのレコーディングに協力してくれて、若いながらも見事な演奏をみせてくれた。当時はまだあどけなさの残る17才の若者だった。人懐っこいところもあって自宅にまで招いてくれたのだった。久しぶりに会ったクトゥレーは恰幅もよく、立派な口ひげを蓄え、すっかり大人びた姿になっていて、まぶしいばかり。しかし、話していくうちに当時の感覚がもどってきて、10年ぶりの再会を喜びあった。クトゥレーは、ジャイサルメールで会ったときに幼い子供たちを集めて歌や楽器を教えていた姿が印象的で、今やこうして世界に自らの音楽を広める役割を担っていることも彼にはふさわしい。ここ5、6年で40カ国を回ったという。今や二児の父親になったクトゥレー。奥さんや子供が寂しがっているのではと訊くと、はにかんだ表情を見せながら、その目はこれが今の自分の仕事だと言わんばかりに自信に満ちていた。(市橋雄二)
写真は8月3日の公演。