映画「ノマドランド」〜漂泊する車上生活者

撮影と音楽が秀逸で、極上の美術作品を見ているようだ。全編に抒情が漂い、深い余韻が残る。主演のフランシス・マクドーマンドのただならぬ実在感を伴った演技とともに、クロエ・ジャオ監督の演出が鮮やかな切れ味で、彼女の存在を世界に刻みつけた。

石膏採掘で成り立っていたネバダ州エンパイヤの町がリーマン・ショックによる企業倒産の影響で消滅してしまった。仕事と家を失ったファーンは亡き夫との思い出などを詰め込んだキャンピングカーで車上生活者として漂泊放浪の旅に出た。

季節労働者として、アマゾン配送センターから、食堂、公園清掃などなど。これらの労働の描写の積み重ねが説得力を生んでいる。

格差社会の現実そのものだが、メッセージ性は裏に隠れ、ノマド(放浪者)の抑制された表情や醸し出される品性、人生の哀感が滲み出してくる。

車上生活者の互助団体や実在のノマドたちとの即興の会話を多く取り入れた手法は、スリリングな効果を生み、背景となるアメリカ大陸の自然描写の秀逸さとともにアメリカ社会の現実を浮き彫りにした。

アメリカの自然の壮麗な美しさと苛烈さに圧倒されながら、そこに生きるノマドの抱えるささやかな希望、辛苦そして寂寞感を我が事として考えさせる力がこの映画にはある。

好意を寄せる善意溢れる男や同居を勧める妹の優しさに接しながらも、漂泊の生活の中に生きる実感・確たる手がかりを掴んでしまった(かに思える)ファーンは旅を続ける。定住の論理から非定住の論理へ。

撮影監督ジョシュア・ジェームス・リチャーズ。空と大地の構図の切り取り方、くすんだ色調の夕焼けなど、照明ではなく自然光を生かして抑制されたカメラワークが生み出す息を呑むような自然の美しさは一幅の絵画の連続だ。音楽も「最強のふたり」や是枝裕和監督の「三度目の殺人」の巨匠ルドヴィコ・エイナウディが流麗なメロディを生み出した。

撮影はコロナ禍の前に終了したらしいが、コロナ以降の地球上の様々なイメージが立ち上がってくる意味でも異色作だ。

ジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーの原作ノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」(春秋社刊)

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