映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」~スリリングで生々しい

  • キアロスタミ監督が「私の映画は始まりがなく、終わりもない」といったらしいが、ストーリーだけでなく、この映画のあらゆる要素には、順序だてたメソードというものがない。東京の風景は寸画のようだし、あらゆるシーンには浮遊感が漂う。しかしながら、この映画にはイラン人、キアロスタミの冴えきった眼が捉えた今の日本の真実の瞬間がまぎれもなく存在する。
    80歳を越えた元大学教授タカシ(奥野匡)はデートクラブを通して亡妻に似た女子大生明子(高梨臨)を家に招く。そして明子の恋人で、若くして自動車整備工場を経営するノリアキ(加瀬亮)もからんで、物語は進む。
    それぞれの人物はおおむね今の日本に普通に存在するし、似た様な話もあるだろう。キアロスタミ監督が日本を舞台にしてこうしたテーマを設定したのも、意外でもあるし、さすがともいえる。導入部から、ドキュメンタリー的な手法で、即興性を感じさせる演出がひきつける。あらゆるシーンがすこぶる魅力的で、スリリングに展開し、生々しい。演出家の透徹したまなざしが切り取った東京の姿のリアリスチックなことよ。己の感性のままに、現実社会を映し出す視線は深く、遠い。
    「トスカーナの贋作」では現実社会を虚実皮膜なものとしてほろ苦い感傷に浸ったが、「ライク・サムワン・イン・ラブ」にも手がかりのない現実をそのまま受け入れようとする東洋的な諦観が感じられるのが不思議だ。