■ギャラリー(中国・チベット篇):2010年初頭、中国最南西部の国境地帯を巡る

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2009年の末から2010年初頭にかけて、中国最南西部を歩いた。といっても昆明で車とドライバーをチャーターしての移動だったが。16年前に中国少数民族の民間芸能を映像で記録する仕事でこのあたりに滞在したことがあり、そのときに感じた南国的なイメージがなつかしく思っていた。当時からのスタッフである唐大堤(タン・ダーディ)さんも同じ思いでいたようで、久しぶりに感傷旅行をともにした。家族も加わり5人の旅になったが、宿も決めないで先々で対応するという旅も唐さんが一緒という安心感があってのことである。

昆明から大理を経ていったん北に向かい河西郷をめざす。そこは観光地として名高い麗江から大分西に位置する奥地である。16年前にチベット系のプミ族の取材で訪れ、日中のスタッフが取材中最大の難関にぶつかった地である。このときは私は行かず、市橋さんがプロデューサーをつとめた。険しい峡谷沿いに川がながれていたが、8月の大雨で決壊箇所が無数に出て、河西郷に閉じ込められてしまったのだった。結局、車両を残し、機材を村人たちに背負ってもらい40キロの山道を徒歩で脱出したのであった。とくに観光地でもない普通の町だが、唐さんは特に思い出が強烈だったようで、折にふれては話題に出る河西郷だった。

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河西郷に入る前に、わき道を大分入ったところにあるプミ族の村を訪ねた。幹線道路をそれてかなり奥に入った山ろくに突然美しい村が現れた。佇まいには日本人の我々の郷愁を誘うものがある。

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村に入ってすぐのところに校倉つくりの倉庫をめぐらす大きな農家の入り口。シックな配置に感心するとともに彼らの美的センスにも脱帽。

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中に入れてもらうと広い中庭。母屋の屋根瓦が絶妙な味をだしている。

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村の子供たち。少数民族は一人っ子政策の制限を受けないので、子供たちの姿が目立つ。今日は村で結婚式があるらしく子供たちもキレイなものを着ている。表情が生き生きしているのが,うれしい。

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近くの山で切ってきた材木を運んでいる。かなり良質の松材で山の保存という点からは気になるが、行政の指導もこのあたりまではなかなか徹底しないのではないかという、中国特有の問題が背後にあるようだ。

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河西郷の町。山並みに囲まれた町。スタッフは16年前にはここの人民政府の宿舎に泊まりながら、さらに奥地の村の先祖供養の儀式を撮影した。創世神話を語れる老人を探しての取材だった。

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唐さんは当時、スタッフが食事によく出かけた食堂を探そうと町にくりだした。彼の記憶で、その店を見つけた。昼時だったので食事をしながら、当時のことを記憶しているかを、たずねたら、若女主人がよく覚えていてくれた。当時、10名ほどの日中のスタッフは目立ったのだろう。彼女は小学生だったという。

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店の女子従業員と語らう。皆、よくころころ笑う。

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ここでも結婚式があるそうだ。そういえば今日は12月27日の日曜日だ。食堂の中庭では準備する人たちが集まりだした。

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河西郷から蘭坪(ランピン)に移る途中に出会った街並み。まさに山と川のある町。美しすぎる。

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菜の花の棚田。雲南地方の典型的な風景。

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保山市の騰冲県に和順という個性的な町がある。 田園生活の雰囲気があり、文化的な匂いが強い町だ。古い屋敷、祠、伝統的な門、東屋などが小路によってつながっている。この町の周辺はほとんどが水田で、湖もあり、蓮の田がある。

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裏通り。

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メインストリート

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目的地、ミャンマーとの国境の町、瑞麗(ルイリー)に入る。町のはずれに入管管理所がある。国境の町のショーウィンドウらしくぜいたく品を売るブランドの店が軒を連ねる。ミャンマーに対する中国の存在感を誇示する風景。

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ミャンマー人らしき仏教僧

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熱帯植物保護林に咲くブーゲンビリア。

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ルイリーの市場。中国はどこに行っても市場にみなぎるエネルギーは凄い。肉から野菜、果物 香辛料に至るまで商品があふれている。

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bigmoujin2.jpgのサムネール画像

マーケットの入り口付近で盲人の流し芸人に遭遇。まったく予想していなかったので、あわてたが、考えてみれば、人の最も集まる市は大道芸人、門付け芸人にとっては最高の職場だろう。しかもこの2人連れは盲人と手引き男という典型的な組み合わせだ。日本でも古来から盲人芸能者は平曲を吟じた琵琶法師の系譜、ごぜ唄など最近まで脈々と続いてきた。こうした芸能がミャンマーとの国境の町に存在するのもさすが中国の奥深さだろう。ビデオ参照

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ミャンマーとの国境の村の様子を見ようと、向かっていたとき、偶然、結婚式に出会った。聞けば、チンポー族の人たちとのこと。チベット系の少数民族でこの一帯に多い。ミャンマーにも多く住み、カチン族として有名だ。武勇を好む勇猛な民族としても名高い。

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楽隊と女性たちの唄で来場者を迎える。

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国境の村。以前住んでいた村を捨てて、この地に集団移住した。行政の補助を受けて、似たような家々が並ぶ光景は異様であり、整然としているだけうら寂しい

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帰路、大理に一泊して大理の町を散策。大観光地であるが、町の持っている雰囲気は落ち着いている。日向ぼっこの2人。

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午前中の町の様子

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昼近くなると観光客であふれ出す

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昆明に戻ってきた。中国でも有数の大都会だが、ちょっと外れると昔の家並みが見られる。しかしこの景観もあと数年で一変するだろう。

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古くからある古い漢方薬の店と背後に迫る巨大ビル群。こうした構図が今の中国の典型だろう。

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