■2008.1.29 映画「ジプシー・キャラバン」と「クロッシング・ザ・ブリッジ」をみて
○映画「ジプシー・キャラバン」はルーマニア、マケドニア、スペイン、インド、4カ国のジプシー音楽グループが6週間にわたり北米諸都市を巡るライブ・ツァーのドキュメンタリーである。
出演者は5グループ。ルーマニアのタラフ・ドゥ・ハイドゥークスはツィンバロムを中心に、バイオリン、ネイ(笛)、アコーディオン、ダブルベースなどが加わる弦楽器編成で、バンドの象徴的存在であった最長老ニコラエ・ネアクシュは映画編集中に死去した。ルーマニアからのもう一つのグループはブラスバンド、ファンファーラ・チョクルリーア。スペインからはフラメンコ・ダンサーのアントニオ・エル・ピパ。マケドニアからはジプシー・クィーンの異名をもつ大歌手エスマ。インドからは今やヨーロッパなどでの公演で活躍しているラージャスターン州出身のグループ、マハラジャ。ドーラク、ハルモニウム、サーランギそしてヴォーカルとダンサーという典型的編成だ。
いずれも国際的に活躍しているジプシー(ロマ)のミュージシャンである。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスは何度も日本公演を行っているし、エスマも2001年に来日して、強烈な印象を残している。
この映画の面白さは彼らそれぞれのオリジナリティある音楽を楽しむことはもちろんだが、彼ら同士が互いに感じる違和感・異質性を描写する場面だ。特にツァーの初期のシーンは興味深い。同じジプシーという出自を持ちながら異なった風土に育まれた彼らはそれぞれの音楽の違いに戸惑い、違和感を実感する。せっかく、ビッグなグループが共演するのだから、ジョイントするシーンを演出したいプロデューサーが仕組んでも強烈過ぎる個性集団は一つに同化できないのである。エスマの歌にはスペインのグループは乗れないし、ルーマニアのグループはたちすくんでいるだけだ。こうした描写は監督の意図を越えて、ジプシーミュージックの多彩さ・豊富さを物語るものとして興味深い。
さらにツァーの描写の合間に、それぞれの出身地を訪ね、出演者の育った風土と人びとをとりあげている。ここはやや月並みな描写ではあるが、ジプシーミュージックが育った背景を語るには重要なシーンである。マケドニア、スコピエのジプシー集落シュト・オリザリにおけるエスマの社会的奉仕活動、スペイン、アンダルシア地方でのアントニオ・エル・ピパの教室風景、ニコラエ・ネアクシュが故郷の村でのびのびと話す様子は心地よいシーンである。
6週間の長いツァーを経るなかで、徐々に彼らがお互いの同質性と異質性を冷静に認識し始め、それぞれに敬意を払うようになってくる。人間的には皆、解放的でざっくばらんな彼らが、同じジプシー(ロマ)でもいろいろ存在するのだということを、改めて確認する。これらのことを暗示する数々のシーンが丹念に挿入されている。
ただ、彼らの音楽を楽しもうとする人にとっては、少々欲求不満が残るかもしれない。せめて各グループの1曲くらいはキチンと聞きたい。ほとんどの曲が中途半端でカット変わりして飛んでしまうのが、わずらわしいし、疲れる。監督の製作意図は音楽自体よりジプシー(ロマ)の内包する多くの問題を盛り込もうとしたのだろうが、意欲倒れの感がある。
だが、これだけ豪華な出演メンバーのツァーのドキュメンタリーを企画し、長期にわたり撮影したことには敬意あるのみ。彼らの音楽に接することができたことは至福の時間であった。監督はジャスミン・デラル。
○「クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~」は題名の通り、東西文明の十字路イスタンブールに息づく多彩な音楽シーンのドキュメンタリーである。監督はファティ・アキン。「愛より強く」でベルリン国際映画祭・金熊賞を受賞し、今、油が乗っているドイツを代表する俊英監督で、自身もドイツ生まれのトルコ系2世。
「愛より強く」で音楽制作を担当したドイツの前衛バンド、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのギタリスト/ベーシスト、アレクサンダー・ハッケが自ら録音機材を携えてイスタンブールの実に多種多様な音楽家たちを訪ね、時には自らもセッションに参加しながら録音の旅を続けていく。出演するミュージシャンたちのジャンルには驚くべき多彩さ、広さがあり、東西文化が複雑に混在するイスタンブールの独特な魅力さをあらわしている。オルタナティヴロックからヒップポップ、スーフィー風、路上のミュージシャン、ハルク(民謡)、ジプシー音楽、クルド音楽、アラベスク(演歌)、ポップスなどなど驚きの世界だ。
どのミュージシャンも、個性的で魅力的だが、印象に残ったものは、1.エルキン・トライ:トルコ語のロックの先駆者、トルコ音楽を電子楽器で演奏した最初のミュージシャンの1人。異端者であり、新ジャンルの先駆者として、若者からも崇拝されている。2.セゼン・アクス:トルコポップスの女王。「イスタンブールの声」と呼ばれ、階層や世代を越えた国民的歌手。遥か昔のイスタンブールをテーマにした名曲「イスタンブールの思い出」を歌うが、言葉に込められた感情の深さが滲み出してくる絶唱である。3.オルハン・ゲンジュバイ:トルコ最高のスター、映画俳優でもあり、トルコの演歌であるアラベスクのビッグスター。また、サズというリュート属の弦楽器の名手。ライブをしない主義の彼が映画のためにサズを奏する。
その他10グループ(人)を越える個性的な音楽家が出てくる。その中にはクルド民族出身の歌手アイヌールも出てくる。この方面の音楽に関心のあるものには見逃せない貴重な情報がぎっしり詰まった内容だ。全体はアレクサンダー・ハッケの視点で統一されており、映画としての完成度も高い。