世の中を見る目を鍛える〜映画「i −新聞記者ドキュメント−」の言論空間

今年6月に公開された映画「新聞記者」(監督:藤井道人)は、政権中枢で行われているとされる情報操作の裏側を描く問題作で大きな反響を呼んだ。筆者の周りでもこの映画を見て購読する新聞を変えたという人がいるくらいで、長期化する自民党安倍政権下のただならぬ社会の空気に危うさを感じている人々が多いということだろう。本作は官房長官記者会見での忖度のない質問で一躍有名になり、同映画の原案の作者でもある東京新聞の望月記者の行動を追ったドキュメンタリーである。本作を監督した森達也はオウム真理教や佐村河内守ゴーストライター事件など同時代の社会問題に結論有りきではなく斬り込み、数々の優れた映像作品を残している。注目すべき作家の一人だ。

映画は、手持ちカメラで追う望月記者の日常をベースにしながら、記者が取り上げた事件や問題の当事者に監督自身がインタビューを試みるという手法によって作られている。そこにニュース映像や説明テロップが加わって、映像による一つの言論空間が成立している。籠池夫妻、伊藤詩織、前川喜平の各氏ら時の人が登場するが、総理官邸前の警備の警官や官邸の記者会見を取り仕切る官僚といった普段メディアに登場しない人たちの言動や生の表情、そして事実上フリーが参加できない総理官邸での内閣官房長官記者会見に何とか入ろうと試みる森監督自身の闘いも見どころだ。

本作ではまたカメラの力を改めて思い知らされる。籠池夫妻へのインタビューの終盤、本人たちが思いの丈をしゃべった後で、森監督が「補助金の詐欺はしてないですよね?」と庇うかのような質問を投げかける。その聞き方に虚を突かれたのか、籠池氏の妻が一瞬戸惑いの表情を見せる。あたかも何か後ろめたいことがあるかのような。しかし、それをどう受け止めるかは見る側に委ねられている。同様に意図せずカメラが捉えた映像が、何かその事件の本質的な部分(それは誰も口にしないのだが)を伝えている、と思わせる箇所がある。

総じて本作は観客の一人一人が映像からそれぞれにとっての何かを感じ取れるように材料を提供する、ということに主眼が置かれている。映画の後半に何度かインサートされる、群をなして一方向に泳ぐ魚の映像は、今の日本社会のメタファーであろう。そうならないためにメディアを通じてもたらされる情報を受け取る力を身に付け、世の中を見る目を鍛えることが今まさに必要だ。

ところで、映画に映る望月記者はガッツと行動力の人であることは勿論だが、写真うつりの良さが並外れている。新聞記者という器を超えた何か、人前で表現し、それによって輝きが増すようなスター的要素が備わっているようにも見えるのだが、これも監督のメッセージなのか、あるいは単純に魅了されただけなのか。

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