「21Lessons 21世紀の人類のための二十一の思考」と題されている本書は、イスラエルの歴史学者・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリにより、『サピエンス全史ー文明の構造と人類の幸福』と『ホモ・デウスーテクノロジーとサピエンスの未来』に続いて発表されたものである。共に世界的なベストセラーになり、最も注目されている人物の一人である。
著者は、1976年、イスラエル、ハイファ生まれ。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻。現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教える。
『サピエンス全史』では人間の過去を見渡し、ヒトという霊長類が惑星・地球の支配者となる過程を考察し、『ホモ・デウス』では生命の将来を探究し、人間が神となる可能性や、知能や意識がどのような運命をたどるかについて考察した。
本書では、今日の世界で何が起こっているのか、それらの持つ深い意味合いは何か、に焦点が当てられている。自由・平等・文明・ナショナリズム・宗教・戦争・テロ・神・正義といった原理的なテーマから雇用・コミュニティ・移民・世俗主義・ポストトゥルースなどの世界が直面している問題、そして謙虚さ・幻滅・無知・瞑想など内面世界の有り様にまで21のテーマについての考察である。
どのテーマを取り上げても、優に一冊の大著になるうるほどの、現代を覆う重要なテーマだが、これらをまとめて論考しようという驚くべき力業である。
膨大な情報の海で溺れかかるような目眩を感じる世界に存在する人々に、語りかける上で著者が、一番に掲げた要素は「明確さは力だ」という確信である。世界で日々起こりうる具体的な問題を取り上げ、その本質や背景を浮かび上がらせる。論旨の進め方は、明快で、具体的であり、著者の持つ圧倒的な蓄積からくる比喩・例証・対比なども豊富で鮮やかな明快さが全編を貫いている。
21世紀にITとバイオテクノロジーが人類に突きつけてくる課題は、蒸気機関や電気が突きつけてきた課題よりもはるかに大きく、文明の持ってしまう巨大な破壊力に対応できるだろうかという問いは今後数十年のうちに現実となるという。
そして、目立つのは、一方的な主張をするのではなく、押し付けがましくもない著者の姿勢であろう。
例えば宗教についても、著者の物事を相対化する姿勢は徹底しており、祖国イスラエルやユダヤ教に対しても冷徹な分析が際立つのである。
著者は言う、ユダヤ教が世界全体には比較的小さな影響しか与えなかったという考え方を(イスラエル・ユダヤ教徒は)なかなか受け容れられない。人類史の中ではささやかな役割しか果たさなかった。キリスト教や仏教のような世界宗教とは違い、一部族の宗教であり続けた。全ての人間は神の前に平等であるというキリスト教の考え方はユダヤ教の発案だとする根拠はまったくない。女性や同性愛を嫌悪するユダヤ教徒の態度は、その伝統や高潔な価値観とは相いれないものだ。などなど容赦ない分析を加えている。
また一神教よりも多神教により親和性を見出し、仏教思想を重視し、瞑想を実践するという。
ともすれば、今の世の中は、情報の海にどっぷりつけられ、物事を広く、深く考えることに縁遠くなっている。
「21Lessons」は日常性から一時的にでも脱却して、原理的、地球的、人類的といったテーマに思考を委ねることの大切さを示してくれるのである。