「熱源」川越宗一著〜スケール豊かなアイヌ民族誌

レニングラード大学で民族学を学んだロシア人女性伍長クルニコワが1941年、ふとしたことから耳にした1904年の録音から流れてきたアイヌの歌と琴の音から物語は始まる。この導入部はラストの大詰めに連関するのだが、巧みな構成だ。
大きな筋は、アイヌとポーランドの二人の青年のうねるような生きた歴史そのものだ。
樺太(サハリン)に生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。開拓使たちに追われ、疫病などで妻や友人達を失った彼は、やがて山辺安之助と名前を変えて、再び樺太へ。
一方、ブロニスラフ・ピウスツキはリトアニアに生まれたポーランド人。ロシア皇帝暗殺を謀った罪でサハリン(樺太)に流刑になった。
この二人を軸に物語が展開するが、舞台は北海道、樺太、東京、ウラジヴォストーク、リトアニアなど地球規模に広がり、それらの動きがアイヌの民族の歴史と有機的に連関しあい、共鳴する。
大国ロシアとの軋轢からなんとかポーランド人としてのアイデンティティを守ろうとするブロニスラフ・ピウスツキの苦悩と模索が見事に描かれており、アイヌとしての民族意識と和人に対する複雑な思いを抱くヤヨマネクフの心模様と見事に反応し合う様は、虐げられてきた歴史を共有する若者同士としての強い絆が伺われる。
若い日のアイヌ語研究者金田一京助、二葉亭四迷、大隈重信などが同時代人として現れるのも興味ふかい。
大河のような流れを設定しながらも、そこに生きる一人一人の思いを際立たせる作者の統率のとれた構成力は並外れたものだ。地球上の民族の歴史はあるときは過酷な運命に晒され、消え去りそうになりながらも、そこに生きるひとりびとりの個人史は脈々と息づいているのだ。
明治時代の富国政策による同化政策にあがなうアイヌの人々への深い共鳴と失われていった貴重な文化的遺産への洞察が深く深く通底している。
第162回直木賞受賞作品。

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