「目撃 天安門事件 歴史的民主化運動の真相」加藤青延 著

1989年6月4日に中国で起きた民主化運動の武力鎮圧事件の注目すべき記録である。当時、北京の NHK特派員 として常駐していた著者が、ほぼ連日天安門広場の現場に立ち続け、目にした最前線の実態を系統的に記録した迫真に満ちたルポルタージュだ。これまでも幾多の類書・記事は出ているが、多くは伝聞などを交えつつ著者のバイアスのかかった中国感で纏いながら天安門事件の外郭をなぞるものが多かった。ところが、本著はジャーナリストとしては歴史的な現場に立ち会えたという最高の機会を、著者の足と目で直接捉えた渾身の記録になった。

事件から31年が過ぎ、当時の民主化運動に邁進したものの多くは50代になっている。彼らの日々の想いは如何なるものなのだろう。

天安門事件の権力内部のからくり、権力闘争の実態に切り込む難作業に著者は目撃談や、趙紫陽の「回想録」、李鵬の「日記」を読みこんだ上に、日々、学生たちのアジ演説、学内の立て看板、壁新聞などを総合しながらこの事件の本質に迫る。

 特に当時、世界中のマスコミが必死に探ろうとした中国権力者たちの権力闘争の実態・輪郭を鮮明にした功績は大きい。最高実力者・鄧小平、党総書記・趙紫陽、国務院総理・李鵬を中心とした多くの改革派、保守派の政治家が登場する。

 鄧小平は改革開放政策の生みの親だが、学生、市民たちの蜂起を弾圧し、リベラル派を失脚の追い込んだ。趙紫陽は学生たちの主張に耳を傾ける開明的な思考の持ち主だった。一方、李鵬は最後まで趙紫陽の開明的立場に反対する筋金入りの保守派だった。

 6月4日の天安門事件の勃発に至るまで、様々な節目があるが、中でも最も胸を打つシーンは著者が趙紫陽の涙ながらの学生達への説得の場面に立ち会っていたことだろう。

 5月19日未明、天安門広場に停められた2両連結のバスの中でハンガーストライキをしている学生たちのところに、突然、趙紫陽が現れ、学生たちに、広場を離れて大学に戻るよう説得を始めた。「私が来るのが遅すぎた。君たちはまだ若い。この先、長い人生がある。みなさんが求めている問題はいずれ解決されるだろう。だからひとまずハンガーストライキをやめて大学に帰って欲しい。命を粗末にしてほしくない」「趙紫陽の両眼から涙がしたたり落ちているのがバスの窓ガラス越しにはっきりと見えた。」

 歴史の変わる転換期のシーンに立ち会えたのは著者の幸運だけではなく、連日連夜、天安門広場付近を歩き回り、取材を重ねていた著者の行動力の賜物だろう。

 そして悲劇は起こった。今以て死者の数には様々なものがあるが、著者の取材によれば公安省の数字1000人弱が「実感に近い」としている。

中国14-5億人を束ねる政治家とは如何なる存在か。鄧小平の底しれぬ老獪、趙紫陽の開明さと脆弱、最後まで趙紫陽に敵対する李鵬の悪役?ぶり・・・。これからの中国を知る上でも、中国現代史の闇を明らかにする上でも、欠かせない生々しい資料になるだろう。(PHPエディターズ・グループ 刊)

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