《ジェレム・ジェレム便りNo.61》時空とジャンルを超える軽やかさ〜世界とセッションするインドの音楽ユニット<マーティー・バーニー>

新型コロナウイルス感染が世界的に拡大する中、音楽家の間ではそれぞれの自宅からインターネットを介して「リモート(遠距離)セッション」をおこない、動画を発信する動きが広まっている。遠隔地を結んでの演奏にはオンライン会議ソフトを利用したライブ演奏もあるが、使用する機器や回線速度が影響して微妙なズレが生じてしまうことから、参加者がタイミングを合わせて自撮りした映像を編集して動画共有サイトにアップする方法が主流になっている。また、最初に投じられた歌に「俳諧連歌」のようにコーラスや伴奏あるいはダンスの映像を重ねていき、二次創作、三次創作を楽しむ人たちもいる。ちなみに安倍首相の自宅で寛ぐ動画が顰蹙を買ったのは、こうした作法があることも知らずに人気シンガーソングライターが提示した「発句」を単なるBGMとして使用したことが理由で、若者にアピールするつもりがまったくの逆効果となってしまった。

実はこうしたセッション動画はコロナ前からさまざまに実践されてきた。たとえば、スタンダードナンバー「スタンド・バイ・ミー」をさまざまな国のミュージシャンがそれぞれの場所で演奏する映像をつなげて一つの曲として聴かせるテレビCMがあるが、これはアメリカの音楽プロデューサー、マーク・ジョンソン氏がストリート・ミュージシャンのドキュメンタリー映画の制作をきっかけに2002年に始めた音楽チャリティープロジェクト『PLAYING FOR CHANGE』が制作したもので、オリジナルの動画は世界で1億5千万回近く再生されている。音楽チャリティーと言えば、古くは1971年ジョージ・ハリスンが主催し多くの有名ミュージシャンが参加したバングラデシュ難民救済コンサート、また1980年代にはアフリカの飢餓を支援するバンド・エイドやUSA for Africa(”We are the World”)が思い出されるが、かつては当然のことながらステージやスタジオに参加ミュージシャンが集まることによって成立していた。

そして、このリモート・セッションをいち早く取り入れ2013年から世界各地のミュージシャンとのコラボレーションを続けているのがインドの音楽ユニット「マーティー・バーニー(Maati Baani)」だ。若き実力派女性シンガーのニラーリーと音楽プロデューサーにしてギタリストの夫カールティク・シャーのコンビで、これまでに30カ国の200人以上のミュージシャンとコラボレーションし、モンゴル、イスラエル、アメリカ、ヨーロッパ各国を訪問している。動画共有サイトにアップされている彼らのさまざまな演奏から伝わってくるのは、インド各地、とりわけジプシー(ロマ)の故地にして今も民謡の宝庫であるラージャスターンやグジャラートなど北西インドのローカルな楽士たちへの深い共感だ。「大地の声」を意味するユニット名からもその志が読み取れる。ヴェーダ時代に起源を有する北インド古典声楽を9才の頃から習い確かな技術を身につけたニラーリーの歌声とブルースからインド民謡まであらゆる音楽を弾きこなすカールティクのギターテクニックが織りなす高度なパフォーマンスが土着性の普遍性への昇華を支えている。そこに時空とジャンルを超える軽やかさが相まって世界のオーディエンスにアピールするに十分な魅力を備えている。

彼らはインド内外の音楽家との競演以外にも若い音楽家を育てるプロジェクトをプロデュースするなど多岐に渡る活動をおこなっている。特に天才奏者と呼ばれる子供たちを世界各地から探し出してマイケル・ジャクソンの追悼のために「Heal the World」をカバーした演奏はリモート・セッションの大きな可能性を感じさせてくれる。この映像には日本から今は高校生となったプロドラマー佐藤奏さんが参加している。最新映像の一つ、ロックダウン中の9カ国、17名の音楽家が平和と希望を願ってリモートでコラボレーションした「Karpur Gauram」はインドの宗教歌をアレンジしたものでニラーリーの古典声楽の妙技を味わうことができる。

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