オリンピックと少数民族と名作と〜映画『グラン・トリノ』を観る

東京オリンピック(第32回オリンピック競技大会)が佳境を迎えるころ、日本勢の活躍を伝える報道があふれる中、体操女子個人総合で優勝したアメリカ女子体操代表スニーサ・リー選手がタイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムの山岳少数民族であるモン族にルーツを持つことを伝える小さな記事が目に留まった。

モン族の人々は、その一部がベトナム戦争中、ラオスの共産化阻止を狙うアメリカに雇われ軍事作戦に従事した。アメリカが敗れ、1975年ラオスに社会主義政権が誕生すると、迫害を恐れた人々は国外に脱出した。多くが米国へ移住し、現在カリフォルニア州やミネソタ州、ウィスコンシン州を中心に二世、三世を含めて30万を超える人々が暮らすという。モン族と言語的に同系統とされる中国の少数民族ミャオ族は南部の貴州省、雲南省などに約900万人(2010年)が住み、歌垣や芦笙舞などの芸能や銀の装身具で飾る民族衣装など豊かな文化を伝承している。

さて、そのアメリカに移住したモン族が登場する映画があると知り、動画配信サービスを利用して観た。その映画とはクリント・イーストウッドがプロデュース、監督、主演を務める『グラン・トリノ』(2008年)で、公開当時から名作としての呼び声の高い作品だが、これまで観る機会がなかった。

朝鮮戦争から帰還した退役軍人コワルスキー(イーストウッド)は、戦場で負った心の傷がもとで周囲を遠ざけるように敢えて振る舞う頑固者で身内からも疎まれている。最愛の妻を亡くし一人で暮らし始めるコワルスキーの隣に住んでいるのがモン族移民の一家で、生活習慣の違いから距離を置こうとするが、ある事件をきっかけに交流が始まる。

映画の中では、モン族の親類縁者が集まるパーティーでシャーマン(呪術師)が占いをする場面や客人に食べきれないほどの食事を振る舞うところなど民族独自の習俗が丁寧に描かれ、せりふの中に歴史を織り交ぜるなど単なる異国趣味ではないディテールの描写が映画に誠実さをもたらしている。脚本のニック・シェンクは、イーストウッドの近作『運び屋』の制作にも参加しているが、ミネソタ州の出身ということからおそらくモン族の移民コミュニティを間近に見てきたのだろう。なお、映画の舞台は物語の中で重要な役割を演じるフォード製のアメリカ車<グラン・トリノ>の工場のあるミシガン州に設定されている。

終盤、いつしか心を許すようになった隣家の息子タオを救うことで自らの魂の救済を成し遂げようとするコワルスキーが、滋味を帯びたイーストウッド本人と二重写しになって観る者に迫ってくる。ここではもはや民族も年齢も関係がない。人の心を動かすものを美と呼ぶならば、実に美しい映画だった。

民間芸能の調査のため貴州省のミャオ族の村を訪ねた経験から、モン族と聞いて素通りすることができず本作にたどりついた。リー選手の活躍が記憶に残る名作に出会う機会を与えてくれた。

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