時空を超えた鎮魂   「貝に続く場所にて」〜石沢麻依 著

人間にとっての記憶・思い出・回想とは何なのかという疑問・戸惑いなどを突き詰めて考えさせる力を持った作品だろう。コロナ禍が世界を覆う現在に、2011・3・11の震災を体験した著者が失った友人・野宮や現在の居住地ドイツ、ゲッティンゲンの住民たちとの時空を超え多様性に満ちた交流・会話が全編を貫く。

仙台市の山沿いに近い実家で震災を体験した「私」は激しい揺れを体験しながらも、海から離れていたため津波の実相を体験しなかった。一方、友人・野宮は石巻で実家全員、津波に丸呑みされて行方不明。

9年後、行方不明の松宮がゲッティンゲンに現れる。そしてドイツの様々な人々やドイツ在住の日本人・寺田たちと交流が描かれる。松宮は学生時代から寺田寅彦の熱心な愛読者であった。コロナ禍に現れた寺田は100年前の寺田。物語は時空を超えた、人間の記憶・回想が飛び交い自在に展開して行く。そこに「私」が研究している西洋美術史の様々な絵画が織り込まれ、ゲッティンゲンの町並みの様相を浮かび上がらせる。

寺田寅彦と松宮との「交流」、「私」と松宮との会話などには時空を超えた人としての繋がりが窺われ、胸に迫る。(講談社)

第165回芥川賞受賞。第64回群像新人賞受賞。

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