《ジェレム・ジェレム便り⑫》~カナダ紙のガトリフ監督新作批評

 カナダ、モントリオールの英字紙<ガゼット>2010年5月7日付け。
トニー・ガトリフ監督の最新作「自由(原題:Korkoro/仏語題:Liberte)」は野心作である。アルジェリア出身でフランスを拠点に活動するガトリフ監督は、仕事の大半を世界のジプシーたちの文化や歴史を描くことに捧げてきた。この意味で最も有名な作品は1993年の「ラッチョ・ドローム」である。最新作である本作では、彼らの歴史の最も暗い部分を描こうとしている。
 この美しくも感動的な作品の最後に流れるテロップで、ガトリフ監督は風化してしまいがちな悲劇を観客に突きつける。第二次世界大戦中ヨーロッパにいたおよそ二百万のジプシーのうち25万から50万人がナチスによって強制収容所で虐殺された、という事実である。この数字が物語る惨事こそが監督を奮い立たせた。暗澹たる状況を単に重苦しさだけではなく映画にすることはたやすいことではない。この作品が成功しているのは、ガトリフ監督が暗闇のなかに喜び、躍動感に満ちた物語を作り出そうとした点だ。そしてこれが映画の最後で、それでもへこたれないコミュニティへの賛辞となっている。
 ガトリフ監督が、フランスのヴィシー政権がゲシュタポのロマ、ジプシー一斉検挙に協力していた事実を正面から取り上げている点も見逃せない。ジプシーを積極的に助けようとするフランス人の男女二人が主役だが、映画は同時に多くのフランス人憲兵がドイツ人のために汚れ仕事するのをいとわなかったことも描いている。これは力強い映画であり、去年のモントリオール世界映画祭で観客賞、エキュメニカル審査員特別表彰と併せて、最優秀作品賞を獲得したのもうなずける。
 1943年、フランスの田舎での実際の生活をもとに描かれる本作は、村にジプシーの一団が到着するところから始まる。村長と獣医のテオドア、そして町からきた学校教師マドモワゼル・ルンディは一生懸命この新参の訪問者を助けようとする。警察に捕まらないために必要な手続きをしたり、ルンディの場合は子供たちが学校に通えるようにしたりした。孤児のクラウドは、新参者の風変わりな風俗習慣に魅せられ、ジプシーの家族の一員になりたがる。中でもまぬけでいかれたバイオリン弾きのタローシェと仲良しになる。しばらくの間、ジプシーの一家はテオドアとマドモワゼル・ルンディのお陰でこの危うい状況の中でも生き延びることができた。しかし、フランスとドイツの当局は引き締めを強化し、もうこれ以上ジプシー一家が平和に暮らすのを手伝うわけにはいかないことは誰の目にも明らかだった。
 この映画は一人の主役によるのではなく三人の秀逸な役者によるアンサンブルキャストになっている。ガトリフの映画にはつきものの陽気なジプシー音楽が全編にあふれ、日常生活の細部やニュアンスを巧みに描き出している。
ただ、映画祭で賞をも獲得したこの映画がただの一館でしか上映されないのは悲しむべきことだ。英語字幕版さえ作られていない。
さて、本作は、IMDB(Internet Movie Database)で調べると、カナダ、フランス、スイス以外ではオーストラリア、トルコの映画祭でしか上映されていない。日本ではどうだろうか。上映が叶うことを願うばかりだが、一方で今日厳しさを増す独立系の外国映画の配給事情を考慮すれば、無責任な期待論だけを述べるわけにはいかない。(市橋雄二)