映画「旅のおわり世界のはじまり」〜前田敦子の歌唱、黒沢演出の冴え

  • 世界的に注目を集めている黒沢清監督の新作。黒沢ファンはこれまでのスタイルとはガラリと趣を変えた映像世界に驚くのではないか。
    伝説の怪魚を探すためウズベキスタンを訪れたテレビクルーのレポーター葉子(前田敦子)、クルーはカメラマン(加瀬亮)ディレクター(染谷翔太)AD (柄本時生)。1ヶ月にわたるオールロケ撮影の成果が素晴らしい。カメラはベテラン芦沢明子。中央アジアに生きる庶民の日常が鮮烈に等身大でとらえられ画面に吸い寄せられる。
    クルーは番組を成立させるため様々な苦労を重ねるが、こうしたテレビの裏事情を通して葉子の心持ちの揺れ具合、希望などを丁寧に、時にはひだをめくるように浮き上がらせていく。未知の土地での新鮮で驚きの体験、バカバカしいが、愛おしい小さな冒険の数々。
    監督は俳優としての前田敦子の中に非凡な個性や実在感を感じているようだ。彼女がタシケントなどの街角を彷徨する数多くのシーンは、その頼りない細身が砂漠の民の末裔たちの民衆の中で際立ち、印象的だ。彼女を追うクルーのメンバーとのやりとりも何気無く、自然なリアルさに満ちており、そのことが加瀬・染谷・柄本らの俳優としての真の実力を浮かび上がらせる。バザールを自らもカメラを持ちレポートするシーンは迫真性に満ちて、こうあたりはクルーが黒澤組の撮影隊と入れ替わるかのごとく錯覚するほどだ。バザールの喧騒などを抜けて葉子な壮麗な劇場にたどり着く。かすかに聞こえてくるアリア。ここで「歌う」という陽子の夢が幻想的に語られる。ラストシーンとともに葉子の歌唱シーンは黒沢演出の白眉だろう。
    ロードムービー的な解放感をたたえつつ、従来のホラーやサスペンスといった定型を離れて夢と現実を行き来する自在さ・練達の芸に驚く。