2012年11月アーカイブ

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    香港映画といえば「欲望の翼」「恋する惑星」「インファナル・アフェア」などがすぐ脳裏にうかび、その独特の魅力を見せ付けられてきたが、この作品はこれまでとは一味違った成果と魅力を存分に示した傑作だ。
    香港のある裕福な家族のもとで少女時代から60年間メイドをしてきた桃(タオ)(ディニー・イップ)さんは、今は、その家の長男で映画プロデューサーのロジャー(アンディ・ラウ)の世話をしている。大家族のほとんどはアメリカなどに移住しているのだ。普段は空気のような存在だった桃さんが突然脳梗塞で倒れて、ロジャーははじめて桃さんの存在の大きさに気がつく。慎み深く、遠慮がちな桃さんを説得しながら、香港の老人ホームにコネを使って入所させることができる。ホーム内には様々な事情を抱えた老人たちが共同生活しているのだが、この描写は香港の高齢者事情が垣間見え、さらに中国人独特の人間関係がとても興味深い。
    監督(アン・ホイ)の視線は冷静ながら、温かみを帯び、人生の終着駅にいる人々を過剰ではなく、遠慮がちでもない絶妙な距離感で見つめている。舌を巻く練達だ。大した事件も起きず、普通の日常が過ぎていくのを、淡々と描いているが、目を離せないほど面白い。出演している俳優たちがみな個性的でなんとも人間的魅力にあふれた表情がいい。年輪が刻まれた顔のオンパレードは壮麗ともいえる。香港映画界の実力だ。ロジャーと桃さんの間に流れる控えめながら、心地よい濃密な感情の交流がなんとも好ましい。ちょっとした仕草や視線から2人が互いのこころのヒダまで分かり合えていることが伝わってくる。アンディ・ラウが"普通の人"を抑制の効いた演技で好演し、ディニー・イップの感情の起伏まで表現するまなざしがこころに沁みる。
    それでいながら、映画の底流にはアジア人に共通する無常観のようなものが情感豊かに漂うのだが、このあたりが香港映画に共通する伝統で最大の魅力だろう。ちなみに主人公たちはキリスト教を信仰するが、なぜか画面に漂うのは無常なる思いである。
    そして、桃さんは最後を迎える。
    この物語は回想シーンを一切使っていないのがポイントだ。回想シーンから、安易に情緒的な感情に訴える方法を選ばず、老いの現実を迎える人々と家族そして、それに関わる人々の現実模様を正面から見つめている。人間への深い洞察力、登場人物への目配りの妙、気をてらわない演出力など香港映画に新たな一ページを加えた作品だ。
    本作のプロデューサー、ロジャー・リーの実体験を共鳴したアンディ・ラウが共同プロデューサーになりノーギャラで出演したという。尚、桃(タオ)役のディニー・イップは2011年のヴェニス映画祭の女流主演賞を獲得したのも当然の栄誉だろう。
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