ハンガリー国立映画基金は次回アカデミー賞にロマのアマチュア俳優が出演する”Just the Wind”(原題:Csak a szél)を代表出品することを決め、9月7日発表した。
ベネデク(ベンス)・フリーガウフ監督によるハンガリー・ドイツ・フランス合作の本作は今年のベルリン映画祭で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞したほか、パリ映画祭やチェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭などヨーロッパの映画祭にも出品された注目作で、先週9月6日から開催中のトロント国際映画祭でも、コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門で上映されている。
この映画は人種差別主義者による無差別連続殺人の恐怖におののきながら暮らすロマ居住地区のある家族の一日を描いている。2008年から2009年にかけて9つのハンガリーの村でロマの家族が襲撃された。その後、4人の男が逮捕され、現在公判中という実際に起きた事件を題材にしている。
この一連の事件では、6人のロマが撃ち殺された。その中には5歳の子供も含まれ、ほかにも多くの負傷者を出した。すでに4つの家族が犠牲になり、犯人は捕まっていない。次は誰が狙われるかわかならいという恐怖の中で送る不安な日常。映画ではそうした迫り来る恐怖とロマに対する根強い差別を描いたシーンが交錯する。
フリーガウフ監督は自ら脚本、共同プロデュース、音楽を担当し、映画にリアリズムを吹き込むためにハンガリーのロマ・コミュニティーから素人の役者を何人か起用した。
以上がニュース記事の内容である。筆者は実際に観たわけではないので推測になるが、この映画は社会問題を背景に描きながらサスペンス映画に通じる心理劇として成功しているのであろう。スピルバーグ監督の『激突』という映画がシンプルな設定ながら追い詰められる人間の恐怖感を見事に描いていたことを思い出す。また、ハンガリーのロマといえば、都会でジプシー楽団として活躍し地位を成した成功者のイメージが強く、農村部に暮らすロマの実体はなかなか窺い知ることができない。そういう点でも是非観てみたい映画であるが、日本で公開されるかどうかはまだわからない。
なお、日本ではアカデミー賞への出品は日本映画製作者連盟が選考することになっていて、今回はヤン・ヨンヒ監督の『かぞくのくに』が選出された。
(2012.9.9/市橋雄二)