トニー・ガトリフ、ロマ送還問題を語る~《ジェレム・ジェレム便り⑮》

トニー・ガトリフは使命感の人である。アルジェリア人とジプシーの混血に生まれたガトリフは、ヨーロッパにおけるロマに関する映画を35年にわたって監督、制作してきた。ガトリフ氏曰く、ロマの人々は誤解されることが多く、差別の対象となっている。今年公開されたガトリフの最新作「自由(Liberte)*」は第二次世界大戦中に抑留、退去を強いられたおよそ3万人のフランスのロマ(ジプシー)を描いている。ガトリフはサルコジ大統領による追放政策とロマの不法キャンプ解体に怒りをあらわにするが、ただし今日起こっていることは第二次大戦時の国外追放と同じではないと言う。しかし、ロマ民族全体が対象とされれば、そうは言えなくなると警告する。ユーロニュースのヴァレリー・ザブリスキー記者がリヨン(フランス)で監督に話を聞いた。(euronews 2010.10.14付)
サブリスキー:ガトリフさん、あなたはロマ・キャンプの解体に強く反対されていますが、世論調査によるとフランス国民の60%がこの<解体>政策を支持しています。このことは驚きですか。
ガトリフ:それについては私にはなす術がありません。私にできる唯一のことは、移動生活者(travelling people)に関するこの問題について理解していない人たちに説明をすることです。移動生活者とは行政上の用語で、ロマの人々、つまりジプシーのことですが、とても長い間、フランソワ1世(在位1515-1547年)の頃からフランスに住む人々で、現在フランスの南部とスペインにいます。ただそれだけのことです。しかも、中世の時代からヨーロッパに住んできたこれらの人々はヨーロッパの文化やあらゆるヨーロッパ的なるものに貢献してきました。そして、今、私たちはこうした人々にいなくなって欲しいと言っているのです。しかし、一千万人の人々が突然存在をやめることなどできるでしょうか。ヨーロッパ各国の首脳が反ロマの法律を可決することを決めたために、ロマたちはもはや移動生活をすることができません。移動して欲しくないときには監禁するという意味です。これは戦時中におこなわれたことです。
サブリスキー:しかし、ルーマニアもブルガリアも今や欧州連合(EU)の加盟国で、移動を規制することはできません。誰でも他のヨーロッパ各国へ移動する権利があるわけですが、しかし3ヶ月後に仕事に就かず社会の重荷といわれる状況になると追い出されてしまいます。
ガトリフ:この法律は今おっしゃったような人々のために作られたのですが、すべての人が対象ということではありません。たとえば、パリの私の家のそばにドイツ人のホームレスがいます。そのホームレスは3年間もそこにいるのですが、この人物にドイツに帰らなければならないと注意した人は誰もいません。彼はホームレスです。ドイツ人だと私に言いました。つまり、この一連の法律はある特定の人々を対象に作られているのです。いわゆる「2級」市民と呼ばれるような人々です。そして、「本当の」市民に向けてはまた別の法律があるというわけです。私に言わせればこれらの法律はジプシーのためだけに作られたようなもので、法律を作った人たちはこう言いたのです。「気をつけろ。ヨーロッパの国境を開けば移動したがっているジプシーをすべて受け入れることになるぞ。」と。ジプシーの行動様式はわかっています。だから、3ヶ月後には彼らを締め出し、もといた場所へ送り返すと言っているのです。
サブリスキー:しかし、先月のEUサミットでのサルコジ大統領と欧州委員会委員長とのやりとりなどを見ていますと、欧州委員会がいわゆるロマ問題に注意を払うようになってきたといえるとはお思いになりませんか。
ガトリフ:欧州委員会はショックを受けたと思います。スペインもそんなことはやっていないし、他のEU各国もやっていない。ギリシアももちろんやっていない。ギリシアはむしろジプシーに好意的です。フランスが突然法律を整備して追放に乗り出したのです。どのくらいの期間かは知りませんが、多分3年か4年フランスに滞在しているロマの人々をです。そういう人たちを捕まえて、彼らの住む小屋から、板張りの家から、森から、橋の下から、高速道路の脇から追い払い、大勢まとめて運び出したのです。ショックなことに、母親の腕に抱かれた半裸の赤ん坊もいました。あちこちでパニックになりました。身の回りのものをまとめる時間すらないのです。もうパニックです。もちろん、第二次大戦中1940年の排斥、一斉検挙と同じとは言いませんが、のちに禍根を残すことは間違いありません。
サブリスキー:美しく装飾された幌馬車で移動するジプシー、ロマの人たちがいる一方で、同時に被害者の役を演じ、女性が子供を連れて通りで物乞いをしているなどと言って不満をもらす人もいますが・・・。
ガトリフ:リヨンの駅に着いたとき、私を呼び止めた女性がいました。その女性は青い目をしていて、外国人には見えませんでした。彼女はフランス人で、子供のためにと言って私にお金をねだりました。彼女は私の前でいかに困窮しているかをさらけ出しました。私は目を覆うことはしませんでした。しかし、ジプシーが物乞いをしたら、誰もが嫌な顔をするでしょう。どうしてそうなのでしょうか。身の危険を感じて不安になるからでしょうか。おそらく嫌な感じを受けるからでしょう。しかし、私はホームレスに対しても同じように嫌な感じを受けます。それは自然なことでしょう。何も言わずに目の前で死んでしまうかも知れないのです。しかし、これが今日新しい世界が直面している現実です。これが現代の世界なのです。
サブリスキー:しかし、この夏の追放関連のマスコミ報道が、ガトリフさんはそんなに楽観的ではないかも知れませんが、ヨーロッパの各国の首脳たちにこのヨーロッパ特有の問題について何か発言をしなければならないというプレッシャーを与えたということにはなりませんか。
ガトリフ:私はヨーロッパ各国の首脳のことは怖れていません。ヨーロッパを統治している人々のことも怖れていません。私が怖れているのはヨーロッパの普通の人々です。かつては人権の国としてヨーロッパのすべての国が尊敬していたフランスのような国が、弱い立場の人間をターゲットにし始めたのです。私が心配しているのは、これが連鎖反応の引き金になるのではないかということです。私は、他の国の人々が自分たちも同じことをやってもいいのだ、なぜならばロマはよくないからだ、と言いだすのではないかと心配です。それはまさにフランス政府が言っていることであり、フランスの大統領が言っていることです。いや実際大統領はよくない人々とは言いませんでした。問題がある人々という言い方をしました。そういう意味では、ルーマニアやブルガリア、ハンガリーといった国々でも、「確かにロマの人々との問題を抱えている」と言えるからです。
サブリスキー:今月(2010年10月)、ブカレストでヨーロッパにおけるロマの人々の統合に関するサミットが開かれます。このような形のサミットからどのような成果を期待されますか。
ガトリフ:問題は当事者を差し置いていることです。ロマの人々は何も要求しませんでした。彼らはこれまで戦争をしかけたこともなければ、武装したこともありません。爆弾を使ったこともありません。彼らはただただ生きたいだけなのです。だから、ただ生かしてあげればいいのです。そうするための援助方法を見つけようではありませんか。ヨーロッパのほかの人々に対してと同じように。そして、彼らの背中にレッテルを貼るのを止めることです。彼らの生き方に反するような法律を作ることを止めることです。(市橋雄二)
*映画「自由」についてはジェレム・ジェレム便り(12)2010年7月12日付に詳しい紹介があります。