現代日本の有り様を神話のごとく表現した堂々たる映画の登場である。日本列島に繰り広げられている幾多の無残な殺人事件をニュースで知り、その不条理さに戸惑いする日々を送りながら、日常性に埋没せざるを得ない我々に突きつけられた物語である。
両親と姉を殺された少女。行きずりに出会った女性とその子を殺した少年。少年への復讐を誓う夫。復讐代行屋をアルバイトにする警察官。若年性アルツハイマーの人形作家・・・・。約20人の人物が列島の風土に生きる10年間の軌跡を描いている。
それぞれが重い運命を背負いながら、のたうつように生きているが、希望のもてる解決策は見つからない。それは人を殺すという罪に関わる運命だから。
この映画の弱点を指摘して、否定するのは簡単だ。ストーリー展開の唐突さに戸惑いながら、全編を覆うまとわり付くような陰鬱な空気はみるものに腰を引かせるのに十分だ。
だがこの映画のテーマの構えは凡百の日本映画を遥かに超えるスケール感に満ちている。現実に起こった事件から喚起されながら、人間の「罪と罰」の問題にケレン味なく、正面から向かい、曼荼羅のごとき連環した人間模様をつむぎ出すことに成功したのである。4時間38分の長尺を忘れさせる緊迫感に満ちた展開だ。
朽ち果て廃墟になった山中の団地群、渡し舟のある団地、海鳥のいる海、桜咲く光景、横殴りの吹雪、病棟、アパート等々の舞台は今の日本人の心象風景のように寂寞としながらも、懐かしさを伴い、過ぎ去った風景を思い起こさせる。風土とともに人間が親和的に生きていた時代もあったことをしのばせる。特に、廃墟となった団地の風景は胸をつく映像だ。
出演者は皆、良かったが、人形作家の山崎ハコの存在感が他を圧する。彼女が画面に出てきてからは、その深いまなざしと明晰に通る声で一気に物語の中心に躍り出て、彼女から目が離せなくなった。彼女の表情がすべての登場人物の思いを凝縮しているようにも感じられるほどだ。歌手としての山崎ハコからは、想像できなかった大変身の姿だ。セリフも俳優術の臭みがなく、真実味にあふれ、無言の表情が不可思議な味わいをたたえている。
結末は暗示的でもなければ、希望的でもない。永遠に続いていく人間の業を見つめていくだけだという透徹した覚悟が垣間見えるのである。世界を、人間を総合的に捉えたい、描きたいという監督、瀬々敬久の姿勢がいさぎよい。