イラク戦争の実態を暴く・・・「ルート・アイリッシュ」

「エリックを探して」で中年男の哀歓をコメディタッチも交えつつで鮮やかに描いたイギリス映画界の名匠ケン・ローチ監督がイラク戦争に対して痛烈な内省と批判を込めた作品を提示した。これまでも一貫して社会の底辺に生きる人間に共鳴し、テーマとしてきた制作姿勢はここではさらに深化し、より熟成を増したように感じられる。商業主義に左右される映画界にありながら、終始一貫,低い視線から人間を見つめ続ける姿勢を貫く精神に脱帽。
ルート・アイリッシュとは、イラクのバクダッド空港と市内の米軍管理区域(グリーンゾーン)を結ぶ12キロの道路で米軍によるイラク侵攻以降、米軍や政府の要人を襲撃するテロが頻発したことから「世界一危険な道路」と呼ばれる道路である。
主人公ファーガスは多額の報酬にひかれて民間警備兵として親友のフランキーを誘ってイラクにやってくるが、ファーガスの帰国中にルート・アイリッシュで親友のフランキーが無残な死を遂げる。その死因について当局の発表に納得がいかずに真相究明に乗り出す。

 
その過程からイラク戦争の実態である戦争請負業の存在があぶりだされてくる。それは軍から委託された民間軍事会社、「民間兵(コントラクター)」をはじめて描いた映画としても興味深い。この軍事会社は戦後の復興事業による特需までも視野にいれるハイエナ的企業である。軍需産業とともに現代国家が抱える深い闇だろう。
イラクに派遣された民間兵がテロの恐怖に過度におびえ、ふとしたことから民間イラク人を次々と殺戮していくアリ地獄のような世界を当時の生々しい実写を交えながら、戦争の不条理を浮かび上がらせる。現在と回想を鮮やかに交えながら、ケン・ローチ監督は無二の親友を失った喪失感に苦しむファーガスの内面も描くことを忘れない。ファーガスの切迫感にあふれた表情と野卑な言葉使いが一層、彼の内面の焦燥感を際立たせる。演出の冴えとこれが映画初出演のテレビ俳優マーク・ウォーマックの好演が光る。
戦争の暗黒と人間の内面を分かちがたく描きつつ、映像表現は誠実でてらいがない。そこではイラクの人々への視座も届いている。サスペンス風な展開から現実世界の闇に切り込み、悲劇的な結末に至る展開には現実世界の揺るがない暗黒に抗するケン・ローチ監督の痛切な思いが宿る。
同じくイラクの戦闘を描いたアメリカ映画「ハートロッカー」がイラク(人)をただの背景大道具のように「処理」したのに比してケン・ローチのまなざしのなんと苦悩に満ちたものであることよ。